似たもの師弟⑨

リューセルから研究所へととんぼ返りしたミシアは真っ先に、軽く万をも超える数の蔵書を保有しているサリザド魔法研究所の書庫へと閉じこもった。彼女の身長の何倍も高さのある本棚に隙間なくびっしりと詰められた背表紙に書かれたタイトルがそれらしいものをつまみ取り、パラパラと流し読みで中身を確認しては本棚に戻す。それを四時間、目的の本が見つかるまで繰り返した。


「その本がコレだ」ミシアはまたもやベルトポーチから本を取り出し、二人に見せるようにテーブルの上に本を広げた。


それはフィンディラのように魔法が蔓延っていない異国の薬屋による実録だ。その国ではキュリオと似た効能のあるポピーシードが万能薬として常用されていた。

鎮痛剤をはじめとして、咳止めや伝染病の治療薬。夜泣きをする乳幼児にはポピーシード入りの蜜を飲ませていたのだ。それはもうポピーシードは中毒性という害をもたらすことを知られていながらも人々の生活から手放せないまでに。


「コレ・・・」実録書を眺めていたノエルが言葉を失ったのは、有毒植物であることを自覚しながらも薬屋は変わらず多くの患者にポピーシードを処方し続けていたことが綴られていたからである。

ポピーシードは薬屋の収入の大半を占めていたのだ。


「毒もまた薬。ボクたちだって同じように毒性のある薬草を処方することだってある。だからそれ自体に非は無い。薬屋かれらの罪は、副作用による嗜癖性アディクションの恐ろしさを理解していなかったこととそれに責任を持たなかったことだとボクは思う」


そうしてポピーシードに浸り続けた先は下流階級による暴動だった。

国でその有害性を懸念してポピーシードの常用を規制する動きがあった。

安価で容易に労働の疲れを癒せる嗜好品として愛飲し、その身を堕としていた数多の労働者は当然その動きに反発。元より重度の中毒者による粗暴行為は後を絶たなかったが、規制によりそれが顕著に表れたのだ。


「そしてなにより、中毒者の行き着く果ては廃人化だ」ミシアは珍しくも厳しい顔つきで断言してみせた。


「”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の件と結び付けるには些かこじつけとも言い切れないだろうが、もしもこのまま取引し続けばどうなるか分からない。だからボクは『こうなる可能性があるから規制した方がいい』と第三王子グリールに訴えたんだ」


「名前呼び・・・」


「いやちょっと待て。だからってなんでそこで急にグリール殿下が出てくるんだ」


確かに、他人に命を下す権威は上級であればあるほど融通も利きやすい。緊急性が伴うならば尚更。しかし、己の職務に王族を巻き込もうなんて誰が思おうか。

・・・彼女ミシアならば不遜による負い目引け目なんて感じないだろうが。

思い付いたとしてもそう簡単に実行できるものでもない。騎士団本部副団長のキーファですら王族への直談判には時間を要するくらいだ。


「・・・いや、可能か」


「マリアさん?・・・ああ、室長権限で?」


「それある。けど、マリアさんには頼んでない。二年前の”学院事件”で彼には貸しをつくってあったから」


「あんた、その件グリール王子に貸し付けてたのか・・・」


相変わらずの恐れ知らずに呆れながらもノエルは改めて師の偉大さを痛感していた。

初日に報告書を見ただけで要因を見極めていたのだろう。ノエルが要因を探るために何十時間かけて頭を抱えているうちに彼女は最短距離で最悪の状況に備えていたのだ。


全くその道を考えていなかった男子学生が魔法薬剤師を選ぶきっかけとなった天性の才は伊達ではない。

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