似たもの師弟⑧

ノエルこちらとしては”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の取引さえ打ち止めてくれればそれだけでよかったのだが、これ以上の言い逃れは不可能だと諦めたのか、メフェラム男爵はすべてを自白した。


メフェラム家は何代にもわたって世襲で爵位を継いできた小貴族であるが、年々膨れ上がる借金を返せなくなったことが要因で衰退しつつあり、まさに没落寸前だったそうだ。

そこへとある人物が男爵に接触してきたをきっかけに転機が起こる。それがおおよそ半年ほど前だ。


苦悩する男爵に占星術師コンサルタントを名乗る男はその地で醸造していた蜂蜜酒ハニーミードを”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”として売買することを奨めた。


『素材の入手ルートにはツテがあるんだ。こちらの言うとおりに酒を造ってくれさえすればすべてうまく行くさ』


もはや他に頼る当てもなく八方塞がりだった男爵はお膳立てされるがまま占星術師コンサルタントの指示通りに”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の売買を進めた。するとどうだろう。

とんとん拍子に次々と取引が成立し儲けが増え続けた。借金も減り、献上していた上流階級の伯爵からは領地を下賜されるまでに至った。男の言葉通り、すべてうまく事が運んだ。


男爵に幸運を運んだ”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”は『天上の至福を味わえる美酒』と謳われるまでに上流階級を中心に貴族の間で話題になった。それはもう大金以上に重きを置くまでに。だが、男からは”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の試飲すらもおすすめしない、と進言されていた。


『極上の美酒なのは確かだが、アレには魅了チャームの魔法みたいな効果があるそうだ。商売客あいつらみたくなりたくなきゃ口にはしない方がいいぜ』


なり行く先は薄れゆく理性の中で蜂蜜酒獲物だけを求めるようになる獣だ。

男の口から直接語られなかったが男爵も理解しつつあった。占星術師コンサルタントというのは偽りであり、”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”で荒稼ぎしているのだと。

しかし、利用されていると分かろうとも男爵はむしろ隠蔽しながら現状維持に努めた。彼には事がうまく運んだいまを壊すほどの正義感は無いのだから。


だが、幸運もそう長くは続かなかった。

二週間ほど前、とある屋敷で夜会が開かれたのだが、主催者の子爵がそこで愛飲していた”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”を振舞ったのだ。


『おお、これはうまい!』『ウチの酒もかなりの上物だと思っていたが・・・』『子爵、よければこの酒いくつか買い取らせてくれ!』


そのうちの一人がリューセルの領主であるベレンチュール子爵だ。

中でも一等酒好きなベレンチュール子爵はせっかくの収穫祭、”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”を民にも飲ませたいと大盤振る舞いで町民らに酒を出したのだ。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆




「__そこで大々的に被害者が発生したために露見した、ってわけか」


「そういうこと。女給が証言したという”謎の人物”とやらも子爵の妄想である可能性が高い。”誰かの視線を感じる”という幻覚や幻聴も酒や煙草の離脱症状の一つだから」


ミシアがリューセルに唯一ある診療所で調薬しているのは件の解毒薬だ。


「これが薬・・・なのか?」鍋を覗き込んだキーファが首を傾げる。

それもそうだろう。何故ならば、彼女がかき回していた鍋にはいっていたのは真っ赤なトマトのスープだからだ。

利尿作用のあるスープの中には四分の一に切った後たたきつぶしたオニオンと乾燥させたオニオンの花が入っている。

薬というよりは体内の毒の排出を促す看病食である。


「町民らは一回しか蜂蜜酒を口にしていないから看病食コレと別で症状に合わせた薬を処方するつもりだけど、貴族連中はそうはいかないだろう。こういった依存症の治療の本質は『嗜癖性アディクションをなくすこと』でそれは特効薬でどうにかなるもんじゃないから。時間をかけて離脱症状を抑えていくしかない」


「長期戦だな」


「そういうわけで、蜂蜜酒の解析は薬学室こちらでやるが治療の方は・・・」


「ああ、ちゃんと手配したよ。じきに本部の治療師が引き継ぎに来る」


「さすが。仕事が早い」


「お二人ともー。薬学室から蜂蜜酒の調査結果届きましたよー」


診療所の外に出ていたノエルが手に持っていた封筒から一枚の便箋を広げる。


「昨日の今日だというのに、早いな」


「この字ラウルさんだな。どーりで早い訳っすよ」


ノエルは便箋の文字を目で追いながら頭の中で調査結果を要約する。


「えーっと・・・。あ、やっぱキュリオを使った鎮痛薬と同じ反応を示したっぽいですよ」


ノエルはキーファや男爵に説明するうえでキュリオを例えに持ち出したが、実際にキュリオと同じ成分によって嗜癖性アディクションを引き起こされていたようだ。


「それで、なんであの蜂蜜酒だけそんな作用があるんだ?他の”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”と何が違う?」


「それについてはー・・・、書いてないか。__師匠せんせい」ノエルは報告書からミシアへと視線を移し説明を求める。彼女がそのことを知っているかは定かではないのだがノエルの中ではミシアが周知しているのは確定事項のようだ。


「多分、素材。正しくは”素材の組み合わせ”。__ほら」「うおっ」ミシアが答えながらほうり投げた一冊の本をノエルは危うげに受け取る。

それは少し古い時代の魔法薬について書かれた書物だ。栞の挟まったページには”黄金の蜂蜜酒ネクタル”について記述されている。


「・・・ふ、不老不死の妙薬!?”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”が!?」


「不老不死なんて、禁忌の代物だぞ・・・!?」


「落ち着け、二人とも。伝説だと書かれているだろう」


神話の時代の話。神々が飲む酒で不老不死をもたらすと伝承されていたのが”黄金の蜂蜜酒ネクタル”だが、あくまで伝説は伝説。少なくともその書が書かれた時代には”黄金の蜂蜜酒ネクタル”で不老不死を授かることはなかった。しかし、口にした者に幻視や予知夢の力を与える魔法薬とされていた。


「魔法使いが”魔術師”と呼ばれていた時代。魔力の持たない者に”ヴェールの向こう側”を視る力を与える魔法薬は禁忌まで言わずとも貴重なものだったろう。__ノエル、薬の材料を見てみるといい」


「材料・・・。・・・あ。あの”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”と五つ全部同じ材料だ・・・」


一つ一つに有害性はない。だが、魔力のこもった材料を混ぜ合わせる行為は魔法薬の調合と同じだ。

時代が移り変わり、記述通りの”黄金の蜂蜜酒ネクタル”と同じ薬効を持つかは定かではないが、件の”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”は強い嗜癖性のある魔法薬となったのである。


「”良いワインは良い血をつくる(酒は百薬の長)”ですか」


「まさにそう。薬酒もしかり。酒もまた使い様によっては薬にも毒にもなるということ」


「大方理解した。そうなるとメフェラム卿に接触した男は常習的にその手法で荒稼ぎしていた可能性があるな」


「どうだろう。そっからは騎士団そちらの仕事だからボクからは何も言わないけど。これ以上頭使いたくないし。・・・はするもんじゃないね」


「『慣れない事』って・・・、殿下の書状の事か?」


「あ、そうだ。ソレ!」ノエルははたと思い出したかのように勢いよく彼女へ問い詰める。


「なんで師匠せんせいが第三王子の直筆の書状なんて持ってんの?どうしちゃったのさ」


「自分で『慣れない事した』とは言ったが他人きみにそう言われると妙にイラっとする。・・・『なんで』といわれたら、それはボクが第三王子に頼んだからさ」


「えっ」


「それが一番手っ取り早かったんだ」


「あー、悪いミシア。順を追って説明してくれ。お前が研究所に戻って何をしていたのか」

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