似たもの師弟⑧
メフェラム家は何代にもわたって世襲で爵位を継いできた小貴族であるが、年々膨れ上がる借金を返せなくなったことが要因で衰退しつつあり、まさに没落寸前だったそうだ。
そこへとある人物が男爵に接触してきたをきっかけに転機が起こる。それがおおよそ半年ほど前だ。
苦悩する男爵に
『素材の入手ルートにはツテがあるんだ。こちらの言うとおりに酒を造ってくれさえすればすべてうまく行くさ』
もはや他に頼る当てもなく八方塞がりだった男爵はお膳立てされるがまま
とんとん拍子に次々と取引が成立し儲けが増え続けた。借金も減り、献上していた上流階級の伯爵からは領地を下賜されるまでに至った。男の言葉通り、すべてうまく事が運んだ。
男爵に幸運を運んだ”黄金の
『極上の美酒なのは確かだが、アレには
なり行く先は薄れゆく理性の中で
男の口から直接語られなかったが男爵も理解しつつあった。
しかし、利用されていると分かろうとも男爵はむしろ隠蔽しながら現状維持に努めた。彼には事がうまく運んだいまを壊すほどの正義感は無いのだから。
だが、幸運もそう長くは続かなかった。
二週間ほど前、とある屋敷で夜会が開かれたのだが、主催者の子爵がそこで愛飲していた”黄金の
『おお、これはうまい!』『ウチの酒もかなりの上物だと思っていたが・・・』『子爵、よければこの酒いくつか買い取らせてくれ!』
そのうちの一人がリューセルの領主であるベレンチュール子爵だ。
中でも一等酒好きなベレンチュール子爵はせっかくの収穫祭、”黄金の
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「__そこで大々的に被害者が発生したために露見した、ってわけか」
「そういうこと。女給が証言したという”謎の人物”とやらも子爵の妄想である可能性が高い。”誰かの視線を感じる”という幻覚や幻聴も酒や煙草の離脱症状の一つだから」
ミシアがリューセルに唯一ある診療所で調薬しているのは件の解毒薬だ。
「これが薬・・・なのか?」鍋を覗き込んだキーファが首を傾げる。
それもそうだろう。何故ならば、彼女がかき回していた鍋にはいっていたのは真っ赤なトマトのスープだからだ。
利尿作用のあるスープの中には四分の一に切った後たたきつぶしたオニオンと乾燥させたオニオンの花が入っている。
薬というよりは体内の毒の排出を促す看病食である。
「町民らは一回しか蜂蜜酒を口にしていないから
「長期戦だな」
「そういうわけで、蜂蜜酒の解析は
「ああ、ちゃんと手配したよ。
「さすが。仕事が早い」
「お二人ともー。薬学室から蜂蜜酒の調査結果届きましたよー」
診療所の外に出ていたノエルが手に持っていた封筒から一枚の便箋を広げる。
「昨日の今日だというのに、早いな」
「この字ラウルさんだな。どーりで早い訳っすよ」
ノエルは便箋の文字を目で追いながら頭の中で調査結果を要約する。
「えーっと・・・。あ、やっぱキュリオを使った鎮痛薬と同じ反応を示したっぽいですよ」
ノエルはキーファや男爵に説明するうえでキュリオを例えに持ち出したが、実際にキュリオと同じ成分によって
「それで、なんであの蜂蜜酒だけそんな作用があるんだ?他の”黄金の
「それについてはー・・・、書いてないか。__
「多分、素材。正しくは”素材の組み合わせ”。__ほら」「うおっ」ミシアが答えながらほうり投げた一冊の本をノエルは危うげに受け取る。
それは少し古い時代の魔法薬について書かれた書物だ。栞の挟まったページには”
「・・・ふ、不老不死の妙薬!?”黄金の
「不老不死なんて、禁忌の代物だぞ・・・!?」
「落ち着け、二人とも。伝説だと書かれているだろう」
神話の時代の話。神々が飲む酒で不老不死をもたらすと伝承されていたのが”
「魔法使いが”魔術師”と呼ばれていた時代。魔力の持たない者に”ヴェールの向こう側”を視る力を与える魔法薬は禁忌まで言わずとも貴重なものだったろう。__ノエル、薬の材料を見てみるといい」
「材料・・・。・・・あ。あの”黄金の
一つ一つに有害性はない。だが、魔力のこもった材料を混ぜ合わせる行為は魔法薬の調合と同じだ。
時代が移り変わり、記述通りの”
「”良いワインは良い血をつくる(酒は百薬の長)”ですか」
「まさにそう。薬酒もしかり。酒もまた使い様によっては薬にも毒にもなるということ」
「大方理解した。そうなるとメフェラム卿に接触した男は常習的にその手法で荒稼ぎしていた可能性があるな」
「どうだろう。そっからは
「『慣れない事』って・・・、殿下の書状の事か?」
「あ、そうだ。ソレ!」ノエルははたと思い出したかのように勢いよく彼女へ問い詰める。
「なんで
「自分で『慣れない事した』とは言ったが
「えっ」
「それが一番手っ取り早かったんだ」
「あー、悪いミシア。順を追って説明してくれ。お前が研究所に戻って何をしていたのか」
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