似たもの師弟⑤
騎士団が所有している竜船から降車してきた人物は驚いた事にもノエルにとって馴染みに馴染んだ同僚の二人、アシルとジィルであった。
「よかった、ノエルさん。探し回る前に会えた」
荷台から降りたアシルはノエルの元へ駆け寄る。
「俺に用事か、アシル__って・・・なんだ
アシルが何故自らの元へ駆け寄ってきたのか問おうとした本題も忘れてしまう”それ”は、彼が手に持っている鳥籠。そして、その中にいる真っ黒なカラス。
「カラス・・・?」
「カラスです。ミシアに一緒に連れて行くよう頼まれて」
「あれはもはや押し付けだったろ」
紙巻き煙草を吸いながら呆れたように言ったジィル。
「ってことは
極度に怠惰でプライドの高いジィルがミシアの頼みを聞き入れるとは思えない、とノエルは怪訝に彼を見る。
「安心しろ。俺はこいつの付き添いだ」
「君が誰かの付き添いとは・・・。気でも触れたか?」
「あんたも大概失礼だよなぁ、キーファさん」
「ははっ、冗談だ。大方マリアに頼まれたんだろ。相変わらず頭が上がらないと見える」
「そんなんお互い様だろうが」
口ぶりからしてジィルもまたミシア同様、マリアを介してビジネス以上のかかわりがあるようだ。
ジィルと(一方的な)談笑していたキーファは「そちらの青年ははじめましてだな」とジィルからアシルに視線を移す。
「騎士団本部副団長のキーファ・ヨエンだ。よろしく」
「よろし__って副団長!?」差し出されたキーファの手を取り握手しながら驚嘆するアシル。
「騎士団の上から二番目の立場にある人・・・ですよね?びっくりしたー・・・」
「そんな驚くことでもねーだろ」煙草を咥えたジィルが舌足らずで言う。
「いや、まさかこんなところで会うとは思わないじゃないですか」
アシルの言い分には納得できるが__
「__取り込み中悪いんだけど、そろそろ本題入ってもいいっすか?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アシルがミシアから頼まれたという
「ジィル、煙草は持ち込んでくれるなよ」
「あー、ハイハイ」
「う、死体・・・」職業柄慣れている三人とは違い、アシルは初めて目の当たりにする死臭に思わず立ち眩む。
「お前、なんで来た・・・。つーか、そのカラスいつまで連れるんだ?」
「ミシアからはずっと持っとけって・・・」
「お前も大変だな・・・」
「
三日前に亡くなったのは享年二十九の粉ひきの男。
妻子はおらず、この地で生まれ育ったまま出郷はせずこの地に骨を埋めるつもりだったようだ。想定していたよりもだいぶ早い最期だっただろうが。
「小さな町だからね。見知った顔はそこら中にいるけどこいつとは幼馴染で、よく三人でいたんだ」
そう証言してくれたのは彼と古くからの付き合いにあるという染物師。粉ひきと染物師と花売りの女は歳が近い事もあり幼い頃から三人でよく行動を共にしていた。それは十数年の時を経て染物師と花売りが縁づいても変わらなかったという。
「その日も夜に一緒に食事をする約束をしていたんだが・・・」
花売りが身籠った祝いに粉ひきが夕飯を振舞ってくれるとのことで染物師の仕事が終わった二十一時頃に彼が住まう
致命となるような目立った外傷はなく死因は謎とされていた。しかし、リューセルでは目下の騒動中。
何らかの関連性があるのは明白であった。
「どうだ、ノエル。何か分かりそうか?」
「・・・いや・・・」答えるノエルの声のトーンがブレているのは、それは否定の意ではなくキーファからの問いへの返答は上の空であったから。彼の心中は別の事に捉われていたからである。
__・・・根拠は無ぇ。でもこれは、
「・・・あ~、人物にかけられた呪いを読み取るのなんか
「お前それ、本気で言ってんのか?」
「・・・は?」
天を仰ぎながら参ったようにぼやいたノエルに訝しげそうに言い放ったジィル。
「なんすか、それ?」
「さぁてな」
「そこまで言って濁すのかよ・・・」
火をつけていない煙草を指の上で弄んでいたが痺れを切らしたジィルは結局答えずに外に出た。
「
「いや、だっていまの意味わからなさすぎでしょ!」
新人のアシルからすれば、二つしか歳の離れていないと言えどもノエルも大人びて見えたが拗ねるようにむくれる彼はまさしく十代そこらの青年である。
「しかし、ジィルの奴もなんでああいう捻くれた言い方しかできないかね」
「え?」
「えっと・・・、キーファさん?は、ジィルさんが何を言ってるか分かったんですか?」
「言い方はともかく、だな。要はアレだ。ノエルは弟子で見習いっていう立場にはあるが、『お前だって国一番の研究所の学者なんだから、しっかり仕事を果たすべきだ』って言いたいんだと思うぞ」
「そんな生易しい言い方はしてくれてないと思いますけど・・・__」
『弟子である立場に甘んじているのは
「__そーゆーことっすか・・・」
自分は所詮ミシアの代わり。その場繋ぎだと疑いもなく思い込んでいたが、見習いであろうと弟子であろうと魔法薬剤師として所属している以上己の責務は果たすべきなのは間違いないのだ。
ノエルが不機嫌なのはなにもジィルの言い分に腹が立ったからではない。むしろその
「けど、あの人に言われると素直に頷きたくないですよね」
「・・・・・・」そればかりはキーファもぐうの音が出ないようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「二つ目はコレです」教会を出たあたりでアシルは
「コレ・・・、報告書か?何の?」
「リューセル以外で同様の症状を引き起こしている患者のカルテです」
「!」それを聞いたノエルは手渡された報告書へ睨みつけるように目を通す。
ここ数ヵ月でリューセルから報告が上がっている症状と同じような症状を引き起こしている患者のリストとカルテのようだ。
これがミシアからのおつかいの一つということは調査の指示を出したのも彼女なのだろう。
__まったく、どこまで見通しているのか・・・。
ミシアの実力が生き年に結びつかないことは疾うに周知の身であるが、彼女の逸脱した洞察力と推察力の高さには何度も驚かされるものだ。
「同様の、とは言ってもミシアから聞いた症状って大方普通の体調不良と相違無いっていうか・・・。だから関連性があるのかは自身無いですからね!」
「そんなに強調しなくても分かってるよ。__・・・ちょっと、けむいんですけど」
「そりゃ、煙草吸ってっからな」
「んなの見りゃ分かるってんですよ」
報告書を眺めるノエルの肩に肘を乗せて一緒に覗き込むジィル。
__どうせ興味無いくせに。
「こうしてみると、患者ってのは大人ばっかりだな」
「え?ああ、言われてみれば・・・」顔を顰めていたノエルは彼の指摘に毒気を抜かれたようにカルテに視線を移したが、「性病か?」ジィルが続けた言葉にまた顔を顰めた。
「『セイビョウ』?」
「・・・さっすが娼館常連は言うことが違いますね。経験則ですか?」
「残念ながらどっちもちげぇなぁ。それに、可能性はゼロじゃねーだろ?」
「・・・・・・」
ノエルは同世代の中でも口が達者な方だと自負しているが、研究所や騎士団は聡明な者ばかりだからかどうも言い負かされがちなのは悔しい。だが、彼もまた聡い若者だ。拗ねはしつつも傲慢不遜ではない。
「『セイビョウ』が何か分からないですけど・・・、大人というか中流階級とか上流階級の人が多いですよね」
「そう、それなんだよなぁ」と頷くノエルも同様に気になったのは、患者の数は少ないものの一貫して富裕層が殆ど、という点。
平民の患者が多発しているリューセルとは真逆だ。
『俺たち平民の一生じゃ味わえないような美酒も飲ませてくれてな』
「・・・あ」
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