似たもの師弟④

翌日、ノエルとキーファは町民の診察がてら事情を聴取しにまわった。


キーファの言う通り、子爵と民の間に軋轢は全くといっていいほどなく、多くの民に慕われているようであった。

年に一度、町全体を上げて盛大に祝われる収穫祭では、屋敷の中庭を開放して料理を振舞っていたという。


「俺たち平民の一生じゃ味わえないような美酒も飲ませてくれてな。今年は特に盛り上がっていたんだが。・・・まさか、こんなことになるとは」


おおよそは治療師のカルテ通りの症状で、軽くて吐き気や腹痛、眩暈。更に進行したものだと継続的な頭痛と怠さ倦怠感、嘔吐。そして、人が変わったかのような落ち着きのなさ挙動不審

子爵ほどではないが町民にも数名確認されているようだ。

町民の手当てのため残っていた治療師も、症状が散漫でどう治療を施せばいいのか判断しかねると首をかしげていた。


「僕も集団的な中毒症状を引き起こしたんじゃないかとこの前の収穫祭で出された料理のメニューを見させてもらったんですけど特に怪しいものはなく・・・」


その上、屋敷で振舞われた料理はケータリング方式。誰がどの料理を口にしたかなんて共通点を見出すのは不可能だ。

彼も彼なりに調査していたがお手上げだという。


「あと、個人的に気になること、というか、心当たりがあるんです」


「心当たり?なんだ、それは?」


「僕の村に伝わる呪いの話怪談と似てて__」


それは辺境の農村地域に伝わる不吉な話。

魔法が現代いまほど蔓延っていないくらい前、とある平和な農村で一人の女が度々森へ姿を消していた。村人が女に何をしに行っているのか問うも答えず、回数を重ねるごとに様子が妙になっていったという。森から帰ってきた頃にはまるで夢心地に達したかのように上機嫌なのだが、しばらくすると一転、まるで悪魔にでも憑りつかれたかのように言動に過激さと奇妙さが増していた。そのうちそれが恐ろしく、村人たちはその女に関わることを止めて爪弾きにするようになったそうだ。それは女が原因不明の病に侵されるまで続き、ほどなくして女は亡くなった。

しかし、それから数か月後。村人が次々と死亡していった。それも驚くことに、あの女と同じような様子で恍惚と笑っていたかと思えば獣の理性を失い獰猛になるのだ。それに、気のせいだろうか。顔色や目や肢体までも女と似たようになってきているではないか。

そしてそのうち、『黄泉から蘇った女の悪霊が恨みで呪い殺しに来たのだ』そんな噂が方々の村にまで広がった。


「__それで、まさかこの町までも怨恨で呪い殺しに来ているって言うのか?」


確かに現状と情景描写が似ている。参考にするべき点はいくつかあるだろう。しかし、ソレを結論に据え置くのは些か早計。こじつけともいえるだろう。


それは治療師も分かっているようで「いえ、まさか」とその暴論については否定した。


「僕もそこまでは思ってません。ただ__」


「ただ?」


「どちらも、魔法ではなく”呪術”をかけられているじゃないかって、僕は思うんです」


呪術とは文字通りの呪う術のことであり、魔法とは異なる魔術の一種だ。魔法大国のフィンディラではあまり知られていない術である。

そのため学院カレッジにて教師が指導する項目には含まれていないが、治療師は怪談のこともあって個人的な興味本位で調べる事があったそうだ。


「呪術っていうと、確か”ポペット”がだったような・・・」


「ああ、そうです。さすが魔法薬剤師は術には詳しいですね」


「”ポペット”って身代わり人形のことか?」


木材や布でつくった人型ひとがたの人形のことを”ポペット”といい、ダメージや呪いを代わりに受ける身代わりの魔法の媒体として使用される。

現代いまではあまり多用されていないが、魔法薬剤師の施術としてもつかわれることがある。


「けど、ポペットに他人の爪や髪の毛、血液なんかを混ぜ込むと人形とその人物が繋がってリンクしてしまうらしいんですよ」


ノエルはその話をミシアから聞かされていたと記憶を呼び起こした。


「なるほど。人形が受けるダメージが逆に本体である人間の方に与えるという悪用をされてしまうわけだな。随分と恐ろしい魔術があるもんだ・・・」


「確実に成功させるためにはもっと複雑な手順があるんでしょうけど・・・、藁でつくったポペットと釘で木に打ち付けると相手を不幸にすることができる呪術があるみたいです」


毒や眠りといった一つの効果を付与する”呪い”と違って”呪術”であれば人によって症状が様々であることも頷ける。


「”不幸”に明確な定義はないですからね。でもやっぱりまだ断定はできねーよなー・・・」


決定打が欲しいと頭を悩ませていたノエルは「・・・あ」ふと思い至る。


「今回の件で亡くなった人の遺体を見せてもらう事って__」


三人が話し込んでいた、宿屋の一部屋。そこへ割り込むように轟くだ。「!?」

うめき声を耳にしたキーファは、騎士としての脊髄反射の如く素早く、咆哮でビリビリと震える水の入ったグラスを置き、外套と剣を手にして窓から宿屋から飛び出る。


「あ、キーファさん!」


そんな彼と、外から騒めき立つどよめきに釣られて、ノエルも急ぎ階段を下って外へ飛び出した。

駆けつけたノエル、キーファ、町民らの視線を集めるのは、古来より、魔獣のヒエラルキーの頂点に居続ける種、ドラゴン。たった一匹のドラゴンに破壊された町村は数知れず。なのだが、人々は逃げ惑わない。


「”竜船りゅうせん”?なんでこんな所に・・・」


ドラゴンの胴体には、物資や人を運ぶための荷台がベルトで括りつけられている。その名を竜船といい、国内のみならず国外への交易用途にも用いられる交通機関である。

竜船にも乗合馬車のように停留所が国内にあるが、リューセルの近くには無い筈だ。


「コイツは騎士団が所有している竜船だな。騎士団ウチの竜船だけは停留所以外での下降を許可されてるんだ」


「へぇー、初耳・・・」


「でも、緊急時以外はあまり使用されないんだが・・・。何かあったのか・・・?」


緊張感が走るノエルとキーファの前で荷台の扉が開かれ、乗車していた人物が二人姿を現した。


「うお~、なんかまだ揺れてる感じがして不思議な気分・・・!」


「はしゃいでないで、さっさと仕事終わらせろよ。__だりぃなぁ、付き添いとか。ガキのおつかいじゃねぇだろが」


「この人、着いて十秒で悪態ついてるよ・・・」


それは、ノエルにとって馴染みのある人物二人。


「お、いた!ノエルさーん!」


「アシル!?と・・・ジィルさん!?!?」


__ど、どういう人選だ・・・!?

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