似たもの師弟③ ※③~⑤くらいまで話が動かないので読み飛ばして問題ないです。

見習いでもこなせるような簡単な調薬や診察を、ミシアがノエルに任せることは今までも度々あった。彼女の事だ。面倒な事を押し付けているだけの可能性も否めやしないが、ノエルの経験値として糧になっているのは確かである。彼女なりに、師匠としての役目を全うしようとはしているのだろう。


「だとしても、一言くらい言ってけや・・・!」


ノエルは怒りのままに両の拳をテーブルに叩きつける。料理を盛った皿がガチャン、と音を立てる。


「荒れてんなぁ・・・」


それも致し方なし。

町中で合流したキーファの部下から告げられたのは、つい先ほどミシアが王城行きの乗合馬車で研究所へ戻った旨であった。


『我々と町民の様子を確認した後すぐに馬車へ乗り込んでしまわれまして・・・。てっきり、お二人には伝わっているものかと』


『・・・初耳だな。私も、ノエルも』


そして、今に至る。

町中にある酒場で少し遅めの朝食兼少し早めの昼食がてら、ノエルとキーファは情報をまとめる。


「三つです」豚肉とソラマメの炒め物を口に運びながら反対の手の指を三本立てる。


「一つ目は、毒。嘔吐や体の痺れといった症状は中毒状態に近しく見えます。小さな町とかだと食物を共有してることが多いので、集団で症状を引き起こした辻褄が合います」


食物の無害か有害かは先人たちの経験則が伝達してきたものだが、それにも限度はある。

なにより、毒性が見た目で現れるわけでもないので一目では判断できない。他の生物が餌にしている場面を目撃して見分けることもあるが、魔獣は毒耐性が強く、動物にとって無害でも人体には有害な植物はいくつもある。無毒を確認していても、環境の変化によって毒性を蓄える食物もあれば、無毒な植物と酷似している有毒植物もある。例えば、キノコがいい例だ。あれは見分けが難解である。


「魔法で毒の有無を判断できないものかね」


「そーゆー研究してるって話は聞きますけど、まだ実用に至ってないあたりうまくいってないんですかね。んで、二つ目は、生気を吸われているような様子から見れば、”エナジードレイン”が関係あるかと」


「となると、”アンデッド”か?」


「或いは”リャナンシー”、ですね」


”エナジードレイン”は文字通り、生命力を吸い取る術のことだ。呪いの一種でもあるが、妖精や人外が持つ特性を指す場合が多い。アンデッドとリャナンシーがその一例である。


「確かに、エナジードレインの症状に似てるが・・・、その場合、目撃者がいるもんじゃないか?」


「そうなんすよ。リャナンシーもこんな多数と契約するとは思えないんで、これはほぼ愚案です。で、三つめが・・・__」


「第三者からの呪い、か」当初から一番の候補に挙がっていた推測だ。


「です。も気になりますしね」


それは、帰り際に女給が二人にこっそりと明かしてくれた目撃証言。

『・・・旦那様が倒れた日、外に誰かいるって、・・・その、怯えながら言っていたんです。でも、確認しても誰もいなくて・・・』


それもまた、周囲の人間が『子爵の人柄が変わった』と失望した所以の一つである。


__もっとも、一番失望しているのは子爵自身だろうけど。


子爵が自己嫌悪に苛まれているのは痛いほど伝わっていた。


__早々になんとかしなきゃな。


仕事熱心ではないノエルにそこまで思わせるほどまでに。


「卿の言ってた『アイツ』ってのと同一人物にしろそうでないにしろ、第三者の存在が浮かんだ以上放っておくわけにもいかないですしねー・・・」


「お前、意外と顔に出やすいようだな」


目を細めてふてくされる様な顔をするノエルがうんざりしているのはあからさまであった。

手掛かりは有難いが、ヒントが集まり過ぎてどう線に繋げたらいいのか迷宮入りしつつある現状が気に食わないのだ。


「正直、どれも中途半端で結論に至らない感じが気持ち悪くって」ノエルはお手上げするように首をヤレヤレと横に振った。


「中途半端?」果実酒を飲みながらオウム返しするキーファ。


「中毒による不安で混乱してるんじゃないかって思うんですけど、それにしては過剰ですし。それなら治療師が気づかないとは思えませんし。呪いにしては効果にばらつきがありますし」ノエルは参ったように眉を寄せながら続ける。


「あんたの部下が言っていた『悪魔が憑りついたのかと思った』って表現が一番適当なんじゃないかとさえ思ってきますよ。・・・曲がりなりにも学者が神話の存在を持ち出すなんて、御法度でしょうけど」


こればかりはミシア師匠がいなくてよかったと先程の発言とは背反な思考をするノエル。


「それにしても、隊員帰らせて良かったんですか?」


「人数で解決できるものでも無いだろう」


ミシアがサリザドに戻ったと聞いたキーファは『ちょうどいいかもしれんな』と、任務を引き継いで(治療師以外の)部下を帰還させた。


「それにしたって、副団長が残るってのはイレギュラーでしょ。騎士団にもメンツがあるのは分かりますけど」


「その容赦のなさは師匠譲りと言ったところか。人を選んで発言している辺りはアイツよりいっそ狡猾だな。でも、少し見当違いだ。メンツがあるのは確かだが、俺が残ったのはほぼだ」


私情とは何か、キーファに尋ねようとしたところで「あ」思い当たる。


「貴族として交流があったんですか?」


「おお、そうだ。よく分かったな」


ヨエン伯爵家とベレンチュール子爵家は先々代から交流のある良家で、キーファの兄が当主を継いだ現在いまも子爵とは歳の近い者同士、個人的に交友関係を持っていた。

数ヵ月前にも屋敷に足を運んだばかりで、当時に比べて使用人が減っているどころか夫人と子供の姿も見当たらなかったことを不審に思っていたのだという。


__師匠せんせいの『なるほど』ってか。


若年ながらも現役歴が長いミシアと古株のキーファはマリアを経由して付き合いが長いらしい。友好関係を把握していたのだろう。


「それこそ、彼自身も人が変わったようだった。この上なく大らかな男でな__」

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