似たもの師弟②

「じゃ、子爵の方そっちは君に任せるから」


「・・・は?」


まずは領主である子爵へ話を聞きに行こうと計画していたところであったが、ミシアはそれだけ言い残すと、ノエルに有無言わさずすぐに屋敷とは真反対の方向へ歩行を進める。


「あっ、おいミシア!・・・あーあ、聞いちゃいねーな」


話を聞いていなかったのか、聞いたうえで無視しているのか__。


「あの人なら絶対後者だな・・・」


ミシアの傍若無人っぷりに困惑しつつももはや慣れっこなノエルは彼女を引き止める事はせずに当初の予定通り子爵の屋敷へ向かった。

領地のへり、一等地の高台にある領主館マナーハウス。敷地も狭く、(貴族とはいえ)元は農村が発展した町で財源も限られているので豪奢さは無いが、高級一軒家デタッチハウスのような厳かさはさすがである。


「ヨエン様と魔法薬剤師様でございますね。お待ちしておりました」


キーファが事前に面会の約束アポイントを取り付けていたようで、門扉の前で執事バトラーが二人を待ち伏せていた。

執事は来客を応接間まで通し、主人を呼びに退出。入れ替わりに入室した女中の淹れた紅茶を飲むノエルと同じソファに腰掛けているキーファはどこか訝しげである。


「・・・待たせて、すまなかったな・・・」


疲れきったような活力のない声と共に姿を現したのは、キーファと同世代くらいの男で、客前だというのに寝間着姿。顔色は青白く、眼窩は隈ができているうえに落ち窪んでいる。全身やつれて、まるで生気が限界まで搾り尽されているようだ。

確かに、報告書通りにかなり深刻そうだ。


「お休み中に申し訳ございません。先日書状にて申し送りさせていただいた通り、一刻も早い解決のため、こちらの者にご協力を賜りたく」


「・・・サリザド魔法研究所の、魔法薬剤師殿、だったかな。勿論。協力は惜しみません」


「い、一応・・・」ノエルが言い淀んだのは、彼はまだ正式な魔法薬剤師ではなく、半人前の見習いだからだ。だが、それを素直に開示していいものかノエルは戸惑う。

しかし、当の師匠からは子爵の処置は(勝手に)任されてしまった。ならば、いまは与えられた仕事をこなすしかないだろう。


「・・・ノエル・ディスタスと申します。一先ず、現状までの経緯についてお聞かせ願えますでしょうか?」


男の名はシシュリ・ベレンチュール。子爵にして、郊外にある小さな町・リューセルの荘園領主である彼は自らの身に起こったわざわいを理解していなかった。

原因や起因は勿論のこと、心身の異変がいつごろ始まったのかも不明瞭だという。


補足という形で代替に説明をする執事によると、明確に異常が起こったのは、子爵が原因不明の病を患ったかのように、食欲不振と吐き気を訴えた一週間前。だが、それ以前から前兆はあったという。


「その・・・、普段の旦那様よりも落ち着きがなくなってきていた、といいますか・・・」


「__気がついたら・・・、声を、荒げるようになってしまったんだ」


「旦那様っ・・・」


言葉を選択しながら歯切れ悪くも語るバトラーから、語り口は子爵へと戻る。


「些細な事に苛立ちを覚えたり、そこまで腹が立ってるわけでもないのに怒号を飛ばしていたり・・・。使用人のみならず、妻や子供たちにまで・・・!」


いまはこれ以上八つ当たりしてしまわぬように数人の使用人と妻子は別荘タウンハウスで別居しているとのこと。

子爵は自らの行動に失望するかのように、両の掌で顔を覆って震えた声で自戒する。どうやら、体内に宿る”何らか”によって本意ではない言動をとらされているようだ。

今回のノエルらの仕事はその”何らか”の正体を暴き、更に対処することである。

しかし、当人から事情を聞いても尚、正当には辿り着けそうになく、ノエルに一時いっときの焦燥を招く。

”一時”であったのは、彼には、自堕落で自由奔放でありながらも限られた分野では非常に頼もしい師匠がいるからである。彼女であれば知識の宝庫をいかんなく発揮して解き明かしてくれるだろう。


__二年前、俺が初めてあの人と出会ったときのように。


「・・・ノエル」


考え事をしていたノエルの耳元に顔を寄せて声を潜めるキーファ。


「ん?」


「どうだ、やっぱりなんかの呪いか?」


「そ、うですね・・・__」


結論には至らずも、彼も魔法薬剤師の端くれ。全くの心当たりがないでもなかった。


「治療師からの報告通り、病原菌による病ではなさそうってのは俺も同感です。それと・・・」


ノエルは少しばかり言い淀むと「これは憶測なんですけど__」と確証は無いのだと保険をかけてから続ける。


「眠りだとか姿を変えるだとかそういった呪いとは少し違う感じがするんですよね」


「違うって?」


「効果が散漫してる気がするんです。こう・・・魔法ってよりは魔術に近しい感じが」


「魔術?」


「これ、俺の私見ですからね。確定じゃないですからね」ノエルは発言に責任は持たぬと念押しするかのように繰り返し強調してから「どちらにせよ、”呪いの診療”なので魔法薬剤師俺たちの管轄なのは確かでしょうね」と言った。


魔法薬剤師と魔法治療師は同種の職業であるが、各々役目と専売特許がある。

回復魔法でけがを治し、病を診察するのが治療師。けがを治すポーションを作成し、”呪い”を診察するのが薬剤師。

学院カレッジでは呪いの解呪方法も学んだりするので、治療師も呪いを診察することは勿論できるが、先述の通り有効な解呪方法の一つが魔法薬であるために薬剤師が適任なのである。


__俺の推測が合ってるにしろ合っていないにしろ、聞けることは聞いといた方がよさそうだな。


「無礼を承知でお聞きしますが、この街や・・・その、貴方に恨みを持つものにご存じありませんか?」


「恨み、だと・・・?」息苦しさを覚えている胸を抑えながら質問の意図を聞いてくる子爵にノエルは「あー・・・」と迷いを現すかのように目を泳がせた。


「単刀直入に聞くと、呪いをかけてくるような相手に心当たりはないか、聞きたいんですけども・・・。些細な事でもいいので」


ノエルが珍しく萎縮した様子で言葉を選んでいるのは、単純明快な理由。相手が上流階級という高貴な御方であるからだ。

ミシアの弟子の立ち位置にあり続けるノエルが?と、彼を知る者ならば思うだろうが、学院カレッジの同級生や騎士団や研究所の同僚とはまた話違うのだろう。

しかし、貴族相手にも『恨みを買っているのではないか』と直球に尋ねる辺りはさすがの豪胆さといったところだろう。


「呪いを・・・」子爵は意識が朧気なのかあやふやな口調で呟くと「・・・ああ、そうだ」と心当たりを口にする。


が、そうかもしれな・・・!うっ、ぐっ・・・!」


突如として、呻き始める子爵。


「ベレンチュール卿?」


「旦那様!」


子爵は自らの胸ぐらを強く掴むと腹を抱えるように背を丸める。顔は苦痛で歪み、全身に鳥肌と冷や汗が迸っているほろばしっている


「申し訳ございません、ヨエン様。旦那様は・・・」


「ああ、全部言わずとも。すぐれない中、押しかけてすまなかった」



☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   



子爵の屋敷を後にした二人はキーファの部下から、つい先ほどミシアがとんぼ返りしたと聞かされ、ノエルの叫びがリューセルの町に響いた。


「はあああああああ!?!?」

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