似たもの師弟⑥

「さっそく取計ってくれてありがとうございます、キーファさん」


「礼には及ばない。俺ができるのはここまでだからな」


翌日、ノエルとキーファの二人がやってきたのはリューセルから馬で二時間。同じく郊外の村を領地とする領主の屋敷だ。目的は言うまでもなく、その領主への面会。


「お時間いただきありがとうございます。メフェラム卿」


「騎士団本部の副団長殿に面会を求められては応じぬわけにもいきませんからね。__それで、そちらの少年は?」


客間で男爵と対面するキーファの隣に座るノエルは彼の視線が自分に寄せられたことに気づいてさっそく本題を切り出す。


「サリザド魔法研究所魔法薬学室所属のノエル・ディスタスと申します。本日はメフェラム卿にお願いがありましてお手間をいただきました」


「お願い?」


外来時に調薬道具等を持ち運ぶ鞄として使用するベルトポーチから液体の入った酒瓶を取り出す。


「この”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の生産と流通を止めていただきたい」


ノエルからの単刀直入の申し出を耳にした男爵は途端に顔を顰めた。


__お、か?


「・・・ヨエン殿。これは如何おつもりで?」


ティーカップをソーサーの上に置いた男爵は足を組みなおし、ノエルではなくキーファへ問いただす。


「見たところ彼はまだ若輩者。せいぜい見習いといった者がそう軽々と口にしていい発言ではないのでは?」


何故自分ではなくキーファさんに聞き返すんだ?と疑問を浮かべていたがすぐに腑に落ちる。

一見、大人の領分に踏み込む子供に釘を刺すかのような発言であるがそこには私情が混じっているのだろう。


__要は『見習い風情が貴族に物申せると思うな』って言いたいんだろ。


彼なりの捻くれ補正もかけられているが的は得ているといえるだろう。おかげでノエルは自身の予測に確信を持てた。


「貴殿の申されることもごもっともであるが、とりあえず話だけでも聞いていただきたい。確かに彼はまだ半人前という立場ですが学者の一人としてここに来ておりますゆえ」


キーファがすかさず波を立てない物言いでフォローするがそれも意味をなさず男爵は未だへそを曲げた様子だ。


「昨今このあたりの富裕層らがこぞって買い占めているこの”黄金の蜂蜜酒”はこの村から各地へ流通していますよね。『天上の至福を味わえる美酒』だとか『一口飲めばたちまち虜になる』だとか」


「ああ、そうだ。領地うちの収入源の大半を占める重要な商品だ。それを止めて欲しいというからには相応の理由があるんだろうな?」


「ありますよ。『これ以上中毒被害者を出さない』という相応の理由が」


マルハナバチの蜜かハリナシバチの蜜、万年氷、シルフィウム、”サンダスト”の鱗を粉末にした肥料で栽培したサトウキビなどなど醸造所によって材料は異なるが希少な素材ばかりを混ぜ合わせ、アルコール発酵の段階で魔力を込めて醸造することでその名の通りに黄金色に輝く蜂蜜酒は高い値がつく。今回の件で被害が報告されている一帯だけでなく国内の富裕層に愛飲されている美酒だ。


「ははっ、酒を飲み過ぎると体に害をなすことは私が薬剤師殿でなくとも知っていますよ。しかし、酒に蝕まれたとしてそれを生産者こちらのせいにするのはあまりにも暴挙では?」


言っていることは頷けるものだがわざと煽る様な言い方をするのは相も変わらずノエルが気に食わないからだろうか。


「だが、メフェラム卿の言うとおりだ。今回の件がこの村の蜂蜜酒を過度に摂取したことが原因だったとして、ココだけ、というのは公平性に欠ける。国中の”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”を生産中止しなければなくなるぞ」


そこへ、実はまだ詳細を明かされていないキーファはノエルを諭すように男爵に同意する。だが彼らはノエルの発言を勘違いしているようだ。


「いいえ。問題なのはこの蜂蜜酒だけにある、強い嗜癖性アディクションを与える特性のことです」


嗜癖性アディクション?」


酒や煙草に含まれる”毒性”は少量であれば、害はない__とはいえないが嗜好品として楽しめる。たとえ過度に摂取して命の危機に瀕してもそれは使用者の自己責任。製造者に罪は無い。


「話が少し逸れるんですけど、”キュリオ”という植物知ってます?」


ノエルからの問いかけにキーファは「ああ、知ってるぞ」と答え、男爵は「その名だけ聞いた事は」と答えた。


キュリオの実は乾燥させると睡眠薬や鎮痛剤を調薬できるがその効能が切れると激しい憂鬱感や疲労感をもたらす、といった副作用が出る。


「毒の耐性は人によって異なります。耐性が殆ど無ければ身体が拒否反応を示して嘔吐や頭痛を引き起こす。だけど多少の耐性があればまずは多幸感を味わえます。・・・けれど、副作用が出ないわけじゃない。効能が切れれば強い不安感に駆られる」


そうなれば、喫煙者と同じように不安感から逃れるため多幸感を味わう”毒”を取り込むようになる。それがループとなって繰り返される。依存するようになるのだ。

毒は摂取し続けると体に耐性を生み出す。要は身体が慣れてくるのだ。そうなると効能が薄まるが副作用がなくなるわけじゃないために量を増やす。そして、果てには、毒に体を蝕まれるか致死量の毒をも躊躇なく取り込むようになるか、によって命を落とすのだ。


「それで話を戻しますと、この”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”にはキュリオの実と同じ特性があるんです」


「!」キーファは話の本筋を理解したようだ。「つまり、その嗜癖性アディクションとやらが『一口で虜になる』という謳い文句の正体、ということか?」


「その通り。今回の被害者らの病名は蜂蜜酒に依存したことによる中毒症状だったんです」


「・・・それで__」


ノエルとキーファの間を裂くような迫のある一声に二人の視線が男爵に集まる。


「私が被害者の彼らに毒を盛ったのだと?」もはや男爵に余裕がなく明らかな怒りを声色と表情に乗せていた。


「いいえ、まさか」それに対して、正当性を得たノエルは再三男爵に申し立てをする。


「こちらの要望は先程伝えた通り。『”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”の製造と流通の取り止め』です」


毒の呪いや一時の猛毒の摂取と違って、この件では少しずつ毒物を取り込んでいるためにその解毒は容易ではない。そのため優先される処置は毒物を摂取させない事だ。


ノエルは男爵が故意に悪用していたことを確信していたがいますべきことは彼の罪を暴くことではなくこれ以上の悪化と被害者を抑える事である。


こちらの要望は筋が通っている上に騎士団本部の副団長の立場にあるキーファもいる。これ以上男爵が異議を唱える事は無いだろうとノエルは踏んでいた。


「・・・申し訳ないがその要望には応えかねる」


だが、男爵の回答は意外にもノエルの予測から外れたものであった。


「確かに彼の弁には道理が通っている。いますぐに製造を止めるべきだろう。・・・彼の言うことが証明できるのならば」


たったひとつ。ノエルの誤算__危惧が一つだけあった。それは物的証拠が何一つない事だ。確実な照明が一つでもあればキーファの騎士としての権限で強制的に流通を止めることは出来たが、すべては調査結果から導き出した憶測と状況証拠でしかないのだ。


「先程も申したが蜂蜜酒は村を支える重要な収入源。それに酒を造っている酒場の仕事を奪うことにもなってしまう。いくら学者殿の進言といえど証拠もないのに鵜呑みにして私の独断で取り決めてしまってはそれこそ村の民たちに顔向けできないというもの」


ノエルとキーファ二人の目からしてもそれは苦し紛れの言い逃れであろうことは明白であった。しかし、だからといって戯言だとはねのけるわけにもいかない。


「・・・どうすんだ、ノエル」キーファは潜めた深刻な声でノエルに問いかける。


彼に求められる対処は物的証拠を突きつけるかなんとかして説き伏せるか。

しかし、キーファからすればどちらも最適解にはなり得ないと直感していた。どちらにせよ現時点での承諾は不可能。

いまでも蜂蜜酒は販路を拡大している。同時に被害者の増幅と悪化も現在進行形で拡大しているうえに証拠の抹消と対策を与えてしまうことになる。__それは、厄介だ。

しかし、手詰まりであればここは一度退くしか__


「そういうの、”保身”って言うんじゃないですか?」


ぽつりとノエルが呟き、キーファの思考が水を打ったかのように静まり返った。


「人はそうやって突発的な予防を嫌がる。『違うかもしれない』、『その選択をしたせいで不利益をこうむるのは御免だ』と。・・・命は失われてから取り戻せるわけじゃないのに」


それは学者にはあるまじき感情論だ。


『ボクたち学者はいつだって論理的ロジカルであるべきで憶測と感情論を口にするのは基本的御法度だ』


ノエルの師であるミシアはそう学者としての心得を教え込んでいた。もっとも、感情論で押し通すのはノエル自身も好きではない。


「そうなってからの対処療法では限度がある。だから、俺たち学者はいつだって最悪のケースを想定しなければならない」


だが、思わず口から零してしまうのだ。子供みたいに。


「いいからさっさと従ってください。俺の言葉が虚言だと分かったそのあとで、いくらでも詰ればいいでしょう」


「学者風情が生意気な口を・・・!」


互いに歯に衣着せぬ物言いで一触即発の均衡状態になりかけたところで客間の扉が音を立てて盛大に開かれる。


「それでこそ、ボクの弟子だな」

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