Lawul・Dista③
魔法使いにとっての杖とは三本目の手。魔法を使う為の手である。
杖は人によってその入手手段も異なる。
自ら自作する者。師から渡される者。売店で既製品を買う者。特に多いのは貴族がドレスを仕立てるように杖屋で仕立てる者。
城下町には至る所に杖を仕立てる店がある。貴族のような高い身分の者が贔屓にする高級なマガザンから小さな骨董屋まで。店の格式は職人の格式に準ずる。一等の店には一等の職人が経営しているものだ。
しかし国一番の魔法研究所に所属する魔法学者が選んだのは人の出入りが少ない通りに並び素通りしてしまいそうな程目立たない木造の小さな古びた店。
ドアを押すとドアベルが客の入店を知らせる。
窓が片開の扉についた小さなガラス窓のみで日光の射さない店内は天井からぶら下がったカンテラ一つの橙色の光が部屋中を満たしていた。
店の構造は扉入ってすぐの正方形の空間のみ。カウンターの奥に店員のみが侵入を許された工房でもあるのだろうか。装飾も広告の貼り紙も一つとして無い左右両面の壁には妙な圧迫感を感じる。
「どうも」
カウンター越しに深く椅子に座って新聞を読む白髭を生やした老人が「いらっしゃい」とこちらには視線を寄越さず挨拶したがラウルさんが声を掛けるとこちらに顔を向けた。
「お前さんか。杖の修理か?」
「いや__」
ラウルさんは懐からスカーレットの球体の鉱石を取り出す。
「その魔法石で杖の新調を」
「こいつはまた珍しい魔法石だな。加工が難しいものだ。時間かかるがいいか?」
「問題ない。前の杖は木っ端微塵になって直せそうもないんで」
「じゃあ
「それで」
注文を終えると店主の提示する料金を払い退店した。店の外で壁に寄りかかって煙草をふかしていたジィルさんが待ちくたびれたように「やっとか」と呟いた。
「前の杖なんで木っ端微塵になっちゃったんですか?」
「
「え?」
ラウルさんが指で示したのは隣を歩くジィルさん。
ラウルさんの説明によると、
ジィルさんと共に居た際に戦闘へと発展する。
ジィルさんがラウルさんの杖を武器として振り回す。
魔法使いの為の武器といえどそれは魔法という刃の為の柄。杖自体で刃を交わす程の耐久性は無く、ラウルさんの魔法の杖は木っ端微塵に。
「壊したのは俺じゃねぇだろ」
「どっちにしろお前が原因__」
一悶着に発展しかける寸前、ラウルさんの言葉が不自然に途切れた。
彼の喉元から淡い白い光を放つ鋭利な何かが突き出していた。
面食らっていた俺はその何かがラウルさんのうなじから突き刺し貫き飛び出したのを目撃していた。
ラウルさんの首から一筋の血液が伝い、直後前のめりに倒れる。
第三者からの魔法による襲撃だと瞬時に把握したジィルさんが俺の首根っこを掴み自身に引き寄せた。
「ラウルさんっ!」
「おい馬鹿、離れるな」
ジィルさんは俺の首根っこを掴んだままもう片方の手にいつの間にか握られていた槍を横薙ぎに魔法の追撃を防ぐ。
「でもラウルさんが!」
ラウルさんの下には大きな血のシミが広がり続けていた。医学を賜っていなくとも出血多量であることは明瞭だった。にもかかわらずジィルさんは奇妙な程取り乱しもせず冷静だった。まるでこの想定外の状況を予知していたのかとも思えるように。
「それよりも離れるなよ。お前の子守を頼まれているんだから__」
金属音。
「いっ!?」
黒い外套に全身を包んだ襲撃者の得物の短剣がジィルさんの槍とせめぎ合う。その身のこなしは戦闘に慣れた手練れのものであった。
「さっさと”指輪”を出せ。それともこの男のように殺されてからの方がお望みか?」
それは俺にとっては身に覚えのない脅しだった。
そして絶望的な事に襲撃者の仲間と思われる外套の人間がもう二人姿を現した。
『指輪』とは一体何のことだろうか。いや、それよりもこの隙にラウルさんを__!
そう思考を巡らせた瞬間だった。
「どの男のようにだ?」
不敵な笑みを浮かべたジィルさんが男に問い返した直後、男の足を掴む手。
それに不意を突かれた男は焦燥に駆られた様子で足元に視線を移した。ジィルさんはその隙を見逃さず男のこめかみに打撃を打ち込む。その衝撃でフラついた男の上半身と両足首に青白い光の輪が拘束され昏倒した。
それを目撃していた男の仲間一人が淡い白い光の斬撃を放ち、
斬撃の魔法は気づかぬ間に上半身を起こしていたラウルさんが展開した魔法陣が阻み、同時に術者の頭部を狙った攻撃魔法が命中し倒れる。
ハルバードは振り上げた際にジィルさんに隙を突いた槍の柄が脇腹を叩き吹っ飛ばされ、壁に背中を打ち付け気絶した。
「・・・これで全部か?」
落下した衝撃でヒビの入った眼鏡を拾い上げる。
「多分な。それらしい気配も無ぇ」
ジィルさんの手に握られていた槍はまたもや蜃気楼のようにいつの間にか消えていた。
しかし俺にはそれよりも更に奇怪で理解の追い付かない程突飛な事案が目の前にあった。
「あっ・・・なっ・・・!」
声も出ない程驚嘆した俺に対し「・・・まあ、そんな反応になるよな」と口から溢れさせた血液を真っ白な白衣の袖で拭った。
ネクロマンシーで蘇ったゾンビの様だった。それは確実に致命傷だったからだ。喉を裂き、人間ならば一瞬で死に至らしめる大量出血の致命傷。だがその傷はまるで最初から無かったかのようにラウルさんの喉元からは血の跡だけ残して消え失せていたのだ。
「安心しなよ。僕は
「半分?」
「そう、僕のこの血には半分の人間、半分の妖精の血が流れているんだよ」
まだ魔法使いや魔女が奇妙な術師として魔力の持たない人間と共存していた遥か昔、公にならずヴェールの向こう側の存在とされていた妖精の一種の水の精が一人の農夫と恋をした。その二人は三人の子宝にも恵まれるが時を経て夫は妻である妖精に手を上げてしまい彼女は夫の下を去ってしまう。
昔の史実なのか絵空事なのかも不明でそれは御伽噺とも呼ばれるお話。
その御伽噺と同様に妖精と結ばれた人間を父の持つとラウルさんは言った。
しかし人並外れた治癒能力を目の当たりにした以上虚言でない。
「さて、目論見通り釣りに成功したし
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