Lawul・Dista④

ラウルさんの一報で現場に合流してきたのは四人の騎士。率いるのは『Ⅱ』の数字が刻まれた半円のブローチを左胸の位置に着飾った、ベージュの蓬髪に猫目の騎士。彼はノエルさんとカルタさんと同じ学院カレッジ出身で彼らの旧友なため薬学室の面々との親睦も深い騎士なのだそう。騎士の中でも若年であるがその実力は称号を表すブローチで明らかだ。

騎士が装着しているブローチは騎士である証であり鳥と月が描かれているのだが位階によって満月、半月、三日月形とその満ち欠けが異なる。月が満ちる程魔力が増幅する月と魔力の関係を階級と結び付けている。ブローチに刻まれた数字はⅠに近づくほど位が上がる。半円は隊長クラスの部隊を率いる実力を持つ人物が付ける形状だ。

彼は隊員に転がっている襲撃者らを連行するよう指示を出す。


「__どうも、旦那。あと眼鏡くん」


『眼鏡くん』とあだ名で呼ばれたラウルさんが怪訝な顔をする。


「ああ、あんたが例の新入りか。魔力を持たないっていう」


俺に気づいた彼と目が合い反射混じりの半ば無意識に俺は一歩後退った。


「これでは果たしたぞ、『ユアン』」


煙管を咥えながらジィルさんが さんに一つ報告をした。


「約束?」


「ああ__」ラウルさんが懐から何かを取り出した。それは鉄の腕に中石は真珠の指輪。


「”ソロモンの指輪”だ。”グリモワール”の記述品って言えばお前にも分かるだろう」


俺はそれを聞いて目を丸くした。

”グリモワール”は神霊魔術や魔法陣の技術ノウハウなど多数の魔法や魔術が記載され、魔法の起源といわれる書物である。『神が下界の人間に”魔法”という術を与える為に”グリモワール”を書き、それを手にした一人の聖職者がいた。彼が始祖の魔法使いと呼ばれる人類で初めての魔法使いである』。子供でも知っている昔話。魔法との縁の希薄だった俺でも知っている代物だ。


「ソロモンの指輪は天使と悪魔を対価無しで使役できる”秘宝”といわれている」


”秘宝”は長年解呪も解析も不可能とされ、神々が作り出したとされる実在の有無も不明な魔法道具の名称である。


「__の贋作だよ」


「え?」


「んじゃ、捨てていいよなコレ」


「ダメです。一応上に報告しなきゃいけないんで」


ジィルさんがラウルさんの手から取り上げた指輪をユアンさんが取り上げる。


「秘宝は贋作が多い。オークションで高値で取引されても『偽物でした』なんてザラな位にね。ただこの指輪は中でも精巧に作られた贋作らしくて、本物だと謳われていたこれの直近の所有者はとある貴族だったんだけどそれを”強欲の蜘蛛”という盗賊団が盗んだという情報が入った。奴らは僅か数名で構成された少人数の盗賊団だったんだけど狡猾で周到で騎士団も捕らえれなかったんだよ。でもその一人を旦那が捕らえたと報告が入ったんだ」


ジィルさんが先日訪れた花街は最上級の公娼が揃えられた娼館がいくつも建ち並び、彼女らと一夜の夢を望む金持ちが足を運ぶ、夜の国で最も華やかで活気のある街であるが最も闇が潜みやすい場でもあった。花街の裏通りは職を失い苦渋で娼婦となった私娼、街娼が男を求め彷徨うが逆に金を持たない男も女を求め彼女らを襲う。物乞いも多く、法の番人も立ち入ることが無いので貧民街同様無法地帯に近しい。

常人ならば避けるそこによく足を運ぶというジィルさんは酒場で一人の客と一悶着起こしたらしい。遠慮と配慮と気遣いを持たず唯我独尊を貫く彼は一般的にいう暴力的な人間と問題を起こしがちであるが故珍しいことでは無いが、それが件のソロモンの指輪を盗み出した盗賊団の一人で容易く転がしたそいつはどういう意図なのかソロモンの指輪を懐に忍ばせていた。その指輪には追尾の魔術が後掛けされていたそうだ。


「そこで俺は旦那に取引を持ち掛けた。釣りをしてみてはどうかと。成功すればその魔術を辿って奪い返しに来るだろう盗賊を旦那なら捕らえられるだろうと考えたんだ。勿論正当な報酬も払うと添えてね」


「それを聞いた僕がジィルに一枚噛ませる様賭けの貸しを担保に言ったんだ。騎士団が最近討伐した魔獣から採取できる魔法石の特性を魔力の浪費を抑える作用に転じさせることができるのが杖にちょうどよかったから」


それが杖屋で店主に渡していたあの魔法石だ。市場にも出回らない希少なのだそう。

それでその作戦が今日決行されたというわけなのだ。

「万が一に備え再生能力の高い僕が指輪を持っていたがいきなり殺しにくるとは思ってなかった」と報酬に見合わぬリスクを背負ってしまったとラウルさんは、懐から取り出した、細かく砕いたアーモンド、クルミ、そしてカカオを混ぜ込んだエショデ(寝かせたパン生地を茹で更にオーブンで焼いた菓子)を口に放り込んだ。

昔”不老長寿の薬”とまで呼ばれたカカオには疲労回復からはじまり解熱、毒消しと様々な薬効がある。その中に貧血からの回復や予防も含まれる。傷が治っても失われた血液までは回復しないからだ。


ユアンさんは今回捕らえた盗賊らから情報を抜き出し彼らの根城を叩くと一度基地に帰還をした。


「あ、もしかして今朝レバーサンドを届けたのって・・・」


カカオ同様レバーにも血液に必要な栄養素を含んでいると聞いたことがあった。俺は苦手だが健康にいいからと養父に食べる様揉めた記憶があった。

それを尋ねるとラウルさんは「隠す事でもないし」と右腕の袖を捲って見せた。手首から肘に掛けて巻かれた包帯は所々血が滲んで痛々しかった。


「僕は薬の実験は自分の腕で試してるんだよ。それでどうもやりすぎてこうなる」


特異体質の自身の血液も魔法薬の材料になり得ると知ってからは自身の身体を使った人体実験まがいの実験をしているのだそうだ。薬学室の研究員は個人で実験室を所有していないので仮眠室や地下室を代替わりに占領して個人の実験を行うのだそう。


「相変わらずマゾなんだな」


「その言い方止めろ。僕は痛みをそこまで嫌悪していないだけだ」


ラウルさん本人はそう言うが、自らに毒を打ち込み腕を切り裂き実験をするその実験の様子を眺めた事のあるベルさんは彼を”マッドサイエンティスト”と呼んだ。


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