Lawul・Dista①

何気なく目が覚めた。

カーテン越しに空が白み始めたのが見えた早朝。

起き上がるにはまだ早い時間だったが眠気は無く目を閉じても微睡みもせず俺は寝間着から着替え、膨らんでは凹む動作を繰り返し眠り続けるマンドレイクを起こさぬよう物音を極力抑えて部屋から退出した。

空腹感があるが食堂が開くにはまだ時間があった。そうなれば俺の行き先は自然と薬学室に向いていた。

薬学室はまだ誰もおらず部屋は薄暗い。仮眠室ではミシアが眠っているのだろうかとふと部屋を見渡すと仮眠室と向かい側の扉、保管室の扉と壁の隙間から僅かに灯りが漏れているのが見えた。よくよく耳を澄ますと物音もする。誰かいるのだろうかと俺は何の躊躇いもなく部屋の扉を開けた。


「うおっ」


前兆もない扉の開閉音に驚きを示した人物が丸くした目で俺を見る。


「・・・アシルか。早いな」


「おはようございます。それはベルさんも。いつもこんな早いんですか?__あ、君もか。おはよう」


手の甲に柔らかくくすぐったい感触がして目を落とすと机の上で兎姿で丸まっていたブラウニーが俺を見上げていた。


「まさか。今日はをな」


ベルさんの手の中には片手に収まる程小さな小瓶。首を傾げる俺にベルさんは「お前も来るか?」と外出を促す。



__ベルさんに連れられたのは植物園外に隣接する畑。ここでは食堂で使用する野菜の他に薬草も育てているらしい。


「薬草を採取するんですか?」


腕の中にいたブラウニーがもがくように動いたので緩めると俺の腹を蹴って前足から地面に着地した。土から顔を出すジャガイモの茎に繋がった葉に鼻を近づけたブラウニーにベルさんが「食うなよ」と釘を刺した。


「いや」


ベルさんは短く答えると持参したガラス棒の先端を、白い楕円型の花びらがブドウのように茎にいくつもくっついたセネガの花に触れさせると花の先の宝石を滴らせ小瓶の中に落とす。

それを他のセネガからも集めるが数回繰り返してもせいぜい小瓶の底に広がる程度にしか満たない。


「パンジー・・・、も取っておくか」


新たな小瓶を取り出し、同様に花に成った雫を小瓶に落とす。


「花療法の一種で花の癒しの力が伝った朝の光を浴びた雫を集めて同量のブランデーと一緒に保存するんだ。こんな少ししか取れないが花を沈めて日光に当てた湧水の花療法とは効果も段違いなんだよ」


そこでベルさんは朝露が蒸発してしまう前にこんな早朝から活動を始めたらしい。


「それはまた仕事熱心__うわっ」


「お、日が出て来たな」


昇りだしてきた陽が見事に俺の視界に射し、耐え兼ねて目を瞑った。

一度研究室に戻ると朝露の小瓶に同量のブランデーを投入し花の名称を記載したタグを小瓶に紐で括りつける。量が少ないので多用はしないが即効性が高く有事の際に魔法薬の材料として使用されることが多いのだとか。

その仕込みを終えた頃には研究所内にはすっかり人々の会話が見え始めていた。特に東館から賑わいが見れた。食堂が開き始めたのだろう。俺とベルさんも食堂に朝食をとりに向かった。

ベルさんはチーズとほうれん草とベーコンのデニッシュ、俺は目玉焼きと焼いたベーコンを乗せたトーストに齧り付いていると同じテーブルに俺と同じトーストを持ったノエルさんが同席する。


「珍しく早起きだな。何の仕事だ?」


「キーファさんに呼ばれてんだ。ちょっと厄介だからって師匠せんせいを連れて来るよう言われてるんだが__」


ミシアあいつ、『天の啓示が!』つって一昨日から仮眠室占領しているな」


「そう。どうせしょうもない魔法薬作ってるか疲れ果てて寝ているか・・・」


ノエルさんは苦虫を嚙み潰したような顔で溜息を吐きながら言った。

ミシアは時折はたと思い付いたような衝動で仕事とは関係のない魔法薬を調合し始めるのだがそれが『服だけが透明に見える薬』だとか『発した言葉文字が物体として具現化する薬』だとか使用用途が不明のみょうちきりんな薬なのだという。

それも厄介な事にその時に彼女は薬の調合を終えるまで梃子でも動かぬ上終えたら終えたで疲れ果てて眠ってしまうのだ。


「『服が透明になる薬』は人間が着衣している衣服だけを透視させる術式ってのはなんとなく分かるが『発した言葉が物体として具現化する薬』はどうも俺にも分からん・・・。言霊に近いが、どちらにせよそれを魔法薬として製薬するってのがさすが『神童』と呼ばれただけあるな」


「天才の無駄遣いだろ・・・」


「お前も似たようなもんだろ。要領良いのに手抜きしたがるのは悪い癖だな」


「アー、キコエナーイ」


わざとらしく耳を塞いだノエルさんにベルさんは呆れた表情を見せた。


「ノエルといいミシアといい、やればできるのにやらねぇんだよな。ラウルさんを見習え」


『ラウル』の名を聞いたノエルがふと「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように紙袋を俺達に手渡す。


「ソレラウルさんに頼まれてたんだよ。渡しといて。俺はちょっと師匠せんせいと格闘しなきゃならん」


受け取った紙袋の底はほんのり温かかった。


「なんすか、これ?」


「・・・もしかして、レバーサンドか?」


「当たり」


ノエルさんが答えるよりも先にベルさんが紙袋の中身を当てる。


「・・・倒れてなきゃいいけどなぁ」


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