Jille・Marabawsa⑤

「何ですかこれ?」


俺の手の甲にジィルさんが指を走らせて星を囲む円を描きそれは紋様として残った。


「魔法が使えねーんだろ。だから”魔術sorcery”を施した。一度きりだけどな」


「”魔術sorcery”?”魔法magic”とはまた別なんですか?」


「知らん。他の奴に聞け」


(ですよね)


答えてもらえるとは思わなかったが俺の疑念は儚くもあっけなく切り捨てられた。

俺は彼の指示通りに植物園内にしばらく居座る。ジィルさんはどこか去っていった。


「『夕方くらいにサソリみたいな魔獣がその植物フォンメラに近づく筈だ。そいつを捕まえろ』って言われたけど・・・」


懐中時計を見る。時刻は十六時近い。植物園内は温室環境でよかった。少し湿っぽさが気になるが長い時間滞在していても問題ない気温だ。

俺は園内にあった木箱に腰掛けて待ち伏せをする。

魔獣は魔力に敏感だとのことなので念の為ブラウニーとマンドレイクは園外に。


「体よく押し付けられた気もするけど魔力がない俺が適材だってのはごもっともって感じだしなぁ」


・・・それにまるで自分魔力なしにしか成し得ない事のように感じてその実満更でもないのだ。


「あ」


三十分経つか経たないかくらいの時間が経過した間際、カサカサと草根を掻き分けてソレは遂に正体を現した。姿も大きさもサソリと類似している。

魔獣は俺に気づかずなのか気に留めない様子で尾の毒針をフォンメラの茎に刺した。するとフォンメラがみるみる萎びていくのだ。毒のせいか?


(いや、考え込んでいる場合じゃなかった)


俺の仕事は原因の追究ではない。引き受けたからには為すべきことを為さねば。魔獣に向けて手をかざし対象を強く念じる。


「えっと、『拘束魔術プダラ』」


呪文(魔術名)を唱え終えると同時に魔獣を青白い光が包み込み弾けた。サソリの魔獣は無重力の状態で青白い球体に閉じ込められていた。

ふと手の甲を見ると魔法陣の紋様はすっかり消え失せている。


「・・・魔法ってこんな感じで使うのか」


球体を手に取る。魔獣は球体の中で暴れるでもなく大人しくふよふよと浮いている。


「これ・・・、どうするんだろ」




__「それで持ち帰ってきたってわけね」


マリアさんが魔獣を閉じ込める球体を両手で包み込むと軽い音と共に魔術が解除されて魔獣は解放された。

ミシアとカルタさんは騎士団へ、ノエルさんはベルさんと共に食堂へ行った(ラウルさんは今日一日不在)らしく薬学室内にはマリアさんが書類業務を片付けているだけだった。


「か、解除しちゃっていいんですか?」


「うん、平気。これは尾の針で魔力を吸い取る魔獣でね、魔法植物や魔法生物、更には魔法使いと魔力の宿る物質から魔力を奪ってしまうの。魔獣にとって魔力は食料みたいなもんだし生きる上では当然の事なんだけど一定以下の魔力量しか持たない魔法使いだと命の危険にも及んでしまうから魔獣指定されたの。けど、従来なら敵意のない大人しい生物よ」


「魔力のない貴方なら無害でしょうけど。あ、でもマンドレイクには危ないからダメね」


マリアさんの手の中で穏やかにしていた魔獣を差し出そうとしてくるが両肩に乗っていたブラウニーとマンドレイクが身震いさせた。


「マンドレイクは魔法植物だから吸われそうですけど妖精も?」


「種族によっては妖精を狩る魔獣もいるけども魔法使い同様好んで魔獣も妖精を襲うのは本能的に避ける傾向があるのよ。何はともあれアシルくんが適任とはいえジィルの仕事の肩代わりご苦労様。ありがとね」


マリアさんは談話室から持ってきたティーカップに自分が飲む為に用意していた、ティーポットに残っていた紅茶を淹れ、手渡される。俺は木製のアームレスチェアに座ってから礼を言ってから受け取った。甘さのない上品な香りだ。


「騎士団本部には結界を張っているんだけどね、力の弱い魔獣や悪霊はから侵入してしまう事があるの」


「抜け穴?」


「騎士団に張ってある結界は使い魔を使役している騎士も多いから王城と違って外部からの強い魔力しか防がないの。だから力の弱いものに結界は反応しないってわけね。この魔獣然り昨夜アシルくんが襲われたという悪霊然り」


「へー、あれも・・・」


「そして植物園内の魔法植物は純粋な魔力の結晶。だから妖精や魔獣がよく好むの。妖精の力のおかげで魔法植物に良い影響を及ぼすこともあるから”妖精除けの香”や”冷たい鉄の柵”を施すわけにもいかなくて。でもそのせいで枯れてしまったり実を取られてしまったりしまうからその度にジィルくんに追い払ってもらっているのよ。魔法使いwizardは妖精に手出しできないけど彼は”魔術師magician”だから」


魔術師magician”。また聞き慣れない単語だ。


マリアさんは「少し魔法の勉強になっちゃうんだけど」と説明を始めた。


「”魔法magic”を使うのが”魔法使いwizard”。”魔術sorcery”を使うのが”魔術師magician”。”魔法magic”と”魔術sorcery”の違いはその過程にあるの。”魔法magic”は普段見ている様に術者本人が念じれば発動するの。対して”魔術sorcery”は呪文や魔法陣といった儀式によって魔法と同じ現象を引き起こすこと。ただ、その起源は魔法よりも古くてね。妖精の存在がまだ明らかになっていない今から遥か昔のことだからその術法もあって”魔術師magician”は”魔法使いwizard”と違って妖精を尊ぶべき存在だと認知していない人が多いの。つまりは妖精と”魔術師magician”は相性が最悪だから私たちの代わりに彼に任せているってわけなの」


「はー、なるほどー・・・」


口にしていた茶菓子のクッキーを飲み込んでから自分の手の甲を見る。魔法陣の紋様は消失してしまっているがあれが魔術だったのかと噛み締める思いになる。


「”魔術sorcery”の発展した術が”魔法magic”だから一見魔法の方が便利なように思えるけど、アシルくんに施したのが魔術なように他人に術を委託できたりするのは魔術の利点よね」


「なんか・・・、俺には難しい話ですね」


顔を顰める俺にマリアさんは「そうね、アシルくんには慣れない話よね」と苦笑いをして言った。


研究所に来て魔法使いの世界に足を踏み入れたとしても俺と魔法は平行線であることには変わりはないのだ。

大机の上で皿の上に並んだクッキーを眺めるブラウニーとマンドレイクに手に持っていたクッキーを割って一欠けずつ渡した。


「__ただ、もう”魔法使い”に嫌悪を抱くことはないですよ」


そう言った俺にマリアさんは「そう。そうね」と笑みを浮かべて答えた。

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