Jille・Marabawsa④

小植物園天井中心部に吊り下げられている一つのカンテラ。その中には光源となるロウソクではなく魔法石。従来採掘する魔力のこもる天然の魔法石とは異なる、特別な術式を施した人口の魔法石で、これによって園内の薬草、魔法植物にとって最適な気候を作り出すのだ。

カンテラを吊り下げているホックを繋ぐ鎖は天井から滑車を中継して壁際に垂れ下がっている。

ジィルさんが壁にある鎖の留め具を解除すると滑車が回転しガラガラと音を立てながら重力によってカンテラが落下を始める。

床とカンテラが衝突する寸前に鎖を掴んで落下を止め、再度留め具に引っ掛けた。


「これでカンテラの中に魔法石を、__ってあれ?」


四面がアイアンガラスのカンテラで一面に小さな取っ手がある。そこが扉のように開いて中心部のロウソクもしくは魔法石が取り出せるのだが鍵が見られるわけでもないのに取っ手が動かない。

錆びついて動かなくなったのだろうか、と思考が浮かんだがそういう訳でもなく「魔法で固定してるからお前じゃ開かねぇぞ」ジィルさんのフィンガースナップと同時に取っ手あたりで小さく光が弾け魔法が解除された。


「つか、さっきから何。お前の”その”頭」


「え?」


ジィルさんが”その”と指すのは頭の上に乗っているブラウニーとさらにその上に乗るマンドレイク。俺は意識して落とさないようにしているわけでは全く以ってないのだが接着剤か何かで固定されているのではないかと思われる程二匹(?)は頭から落下しないし降りようともしないのだ。

俺も邪魔ではないから放置しているだけなのだが、その旨を説明しすると「あっそ」ともう興味を失ったのか半ば投げやりに返した。

ジィルさんに指示される通りに(といっても「魔法石と中の石を交換しろ」と言われただけだが)魔法陣と青白い光を孕んだ魔法石とカンテラ内の魔法石の抜け殻となった灰色の石を交換すし、再度カンテラを天井に吊るせば完了だ。


「これで終わりですか?」


「ああ。この仕事はな」


「これだけ?植物園の管理っていうからもっと、こう・・・」


「知るか。俺は陰気な研究者共と違って理論だの生態だのはからっきしなんだよ。お前と違って興味もねぇ」


それはもはや管理者と名乗ってよいものなのか。


「そーゆーこった。悪いが案内だとかはできねぇの。あー残念だ」


ここまで感情と言動の相異があるだろうか。植物園から出たジィルさんは含み笑いをすると煙管に刻み煙草を詰めるとマッチを擦って火をつけた。


「あー、うめぇ」吸い込んだ煙を吐きながら人心地つくジィルさん。


「美味しいんですか、煙草って?」


「ガキにはまだ早ぇ」


「いや別に吸おうとは思いませんし・・・、ってかそんな歳離れてないでしょ」


「どーだろうなぁ」


ノエルさんが『さん』付をしているあたりからやはり彼よりは年上なのだろうが身長こそ高く彼が纏う妙に大人びた雰囲気の基となる蠱惑さがあるものの顔立ちは若々しく内面から滲み出る無邪気さが年相応に見える。

そうなると離れても五つくらいの差だろうと高を括っていた俺が再び含んだ笑いをしていたジィルさんの実年齢が三十を超えていたことに後日愕然とさせられる。


「__あれ」


用事がもうないならばと俺も植物園から去ろうと立ち上がってふと視界に入った植物に違和感を覚え二度見した。

凝固せずに液体の材質のまま球体の形状を保っているいわば水銀のような半液状の赤いプラムに似た実を実らせる魔法植物、【フォンメラ】。その実は半液状故に包丁でカットしようにも潰そうにも一瞬の形状の崩壊こそあれど完全な分離は特定の手順でなければ難しいもので実が果梗かこうから自然に切断され落下したものが収穫可能である。

しかし、俺が目にしたフォンメラは茎や葉が枯れ萎び実が溶け崩れた姿だ。


「枯れちゃってる」


マンドレイクを背に乗せたブラウニーが、さらに詳細に見る為に屈んだ俺の頭から飛び降りると枯れたフォンメラに寄ると匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせる。


植物園の外で喫煙していた筈のジィルさんが俺の手の中にあるフォンメラに目を落とすや否や小さく舌打ちをする。



「『』?」


聞き返す俺には答えず「さすがにそろそろ捕まえねーとうるさいよなぁ」と独り言を呟くジィルさん。


無視・・・。


「さて、どーすっか」俺と目が合う。


数秒お互い目の合ったまま俺から視線を逸らすこともできず森閑の間が流れる。


「何ですか?」と俺が問うよりも先にジィルさんは俺の肩に手を乗せた。


「・・・この植物が枯れた原因はな、人為的なんだよ」


肩に手を乗せるどころかもういっそ掴んでいるジィルさんの妖しげな笑みとに俺は問いを投げかけることもできず「はい」と相槌を打つしかできない。


「ただその犯人は人間じゃなくてな。捕獲しようにもそいつは魔力感知に優れてる上にすばしっこいから魔力持ちの人間だと逃げられちまうわけよ」


「はい・・・」


あとは言わなくても分かるよな?声には出ずとも目がそう訴えている。


「・・・何か手伝いましょうか?」


「そうか!そいつぁ助かる」


白々しい・・・。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る