Jille・Marabawsa②
「あらら、これはまた・・・」
「・・・すみません」
破壊されガレキや破片と化した窓壁にはさすがのマリアさんも思わず失笑する。
頭の上にいる、日が昇ったことにより兎の姿となったブラウニーも申し訳なさそうに耳がぺたん、と力なく倒れる。さらにそのブラウニーの頭の上に座るマンドレイクもまた委縮する。ただマンドレイクの場合は申し訳なくというより肩を落とす俺や耳を落とすブラウニーの真似っ子をしているのだろうが。
「怪我がないならそれでいいのよ。それより直すのが先」
マリアさんはそう言うと右手の掌を上に向けて下から上へすいっ、と空を持ち上げる。すると、ガラスの破片や壁のガレキが独りでに動き始め、それらは継ぎ目も残さず窓壁を形成していく。まるでそこだけ時間が巻き戻っているかのようだった。一分とかからずにヒビの一つも残さず元通りになった窓壁。それには思わず感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「やっぱマリアさんの修復魔法はすごいな」
その様子をこっそり覗いていたのであろうミシアが扉からひょっこり顔を出す。
「やっぱり今の魔法すごいんだ?」
「そりゃあね。それよりこれまた随分と面白い頭してるね」
ミシアは俺の頭の上を見て、愉快だ、と笑う。
「にしてもアシルくんは妖精に限らず悪霊までも惹きつけやすいだなんて。特殊な”
「からかわないでくださいよ。
「それはまあ地方と首都じゃ妖精の多さも魔力の濃度も比じゃないないからね」
サリザドに来たことにより開花したのだろうとマリアさんは言う。
「それで壁は壊されたけどアシルくんたちは襲われなかったんだっけ?随分と気まぐれな悪霊ねー」
「そっ!そうですね。おかげで助かったナー・・・」
俺同様事実を知るブラウニーとマンドレイクは汗を浮かべながらコクコクと激しく頷く動作をした。
(嘘は言ってない、筈)
『俺のことは誰にも言うな』って言われちゃったからにはあの人のことは話すわけにはいかないとなんとか誤魔化したけども、俺としてもなんであんな深夜に薬学室に居たのかは引っかかっていた。
(でも泥棒だったら報告した方が・・・。いや、でもだったら俺のこと助けないだろうし・・・。でも__)
だなんて心の中を悶々とさせていると、壁越しに隣の部屋から「ああーーーっ!!!」という女性声の悲鳴が聞こえた。薬学室の女性メンバーの内のマリアさんとミシアは同じ部屋にいるので悲鳴の主は自ずとして判明する。
何が起きたのだろうと悲鳴を聞いた俺とマリアさんは顔を見合わせる。お互い「何だろう」と考えているのが明瞭である表情をしている。
そこからバタバタとした足音、ガタンとした音からまたもや壁越しに「痛っ!」とした悲鳴と随分と物音が騒がしくなり、足音がこちらに近づいたと思ったら「マリアさん・・・!」という声が。マリアさんに呼びかけてる途中で扉が開けっぱなしなので部屋の外からミシアを見つけたのだろう、扉付近にいたミシアが「大丈夫か・・・?」と心配りを見せる。
「机に足引っ掛けて焦りました・・・。いや、それよりもっ」
と、カルタさんが談話室に入ってきた。
「地下室から出しておいた薬酒がなくなっちゃったんですよ!これから作る薬に必要なのに!」
「あ」
両手をぶんぶん上下に振って焦りをあらわにするカルタさんに相対してマリアさんは「あらら」と変わらずのほほんとしてる。
そして俺はピンとくる。もしその薬酒が盗まれたとすれば犯人は一人しかいないだろう。
・・・そうなると、やはり皆に告白するしかないのだろうか、と思い悩んでいた時、「アシル」とノエルさんに名を呼ばれ、つい体を跳ねさせる。
「はっ、はい!?」
「お前も一緒に来るか?__ってなんでそんなびっくりしてんの」
「い、いえ、なんでも・・・。・・・『一緒に来るか』って、どこに?」
ノエルさんとミシアが外出の為の支度を始めていた。
ノエルさんとミシアと共にやって来たのはサリザド内に限らず国内で最も魔法使いが往来するマーケット広場。ここでは昼夜問わず常に多くの店が商売に勤しみ音楽隊が通行人の足を止めさせ、劇場の終演時間が来れば一気に人がマーケットになだれ込む。特に年に数回行われる祭りの日には国外からも観光客でごった返しになる。
そして城下町であり”魔法の都”と呼ばれるこのサリザドでは何よりも魔法関係の施設が盛んだ。騎士団本部、魔法研究所から始まり国内外からの優秀な魔法使いの卵が集う名門
「で、この浩大な街から人探しするわけですか、
「癇癪を起したカルタの面倒くささはノエルだって周知済みだろう。とはいえさすがにボクでも街中から魔力感知で探すような芸当は難しいからね。
「『奴』?」
「ああ」ミシアは肯定すると自身の右頬を指す
「
確定だ。やはり昨夜のあの男の人が犯人だった。しかもミシアにバレている。
「いや、あいつのことだから酒場よりも宿屋か・・・?」
「
「しかし確率を考えると昼時に混み出す酒場よりも女を連れて宿屋でまぐわ__」
「
__一時間後噴水広場に合流しよう取り決めの下、手分けをして彼奴を探すことに。
昨夜既に俺と例の彼が遭遇していることなど露知らずである二人の指示で俺とノエルさん、ミシアは単独の二手に分かれることとなった。
若い看板娘が給仕をする酒場。騎士が任務明けに労いで呑み交わしている酒場。酒杯片手の客の手拍子に合わせて舞う踊り子。反対に客同士のコミュニケーションが殆どない閑散としたボロ酒場などなど。
人相の悪い客に睨まれ怖気づきつつ探すもどの酒場にも彼の姿はない。
後合流したミシアも見つけられなかったとあからさまな苛立ちを見せながら言った。
「やはり宿屋か?面倒な・・・」
「宿屋って、その人研究所の宿舎で住んでいるわけじゃないってこと?」
「いや女を宿屋に連れ込んで__あっ」
言葉の途中で何か察したように俺を見るミシア。
「ノエル、今度アシルに男の健全さというものを教えてあげなよ。君も同世代の男と
「その『気遣いしてあげてる感』滅茶苦茶腹立ちますね」
「あとその生温かい目も腹立ちます」とミシアに不快を面にだすノエルさんが「あ」何かを見つけたように声を漏らした。ノエルさんの視線の先は店外の雨よけのテント下でテーブルを挟んで酒を呑みかわす男二人組。酒場だ。
「
「ん?・・・いや、そういえばまだだったな」
噴水広場近くの二階建ての酒場。戸が開きっぱなしなので中がよく見える。繁盛しているようだ。あまりにすぐそばにあったがために捜索対象に加えることを忘れていたのだろう。
「__むっ」
「
ピタリと足を止めたミシアが「・・・居るな」と断定させた。
店内に入るとカウンターは一、二席残して、テーブル席はほぼ埋まった状態であった。人目引く赤のスカートを穿いた酒を運ぶ看板娘が「二階ならまだお席空いてますよー」と声だけで案内をする。
「__えー!じゃあほんとに彼女いないの!?」
「確かにお兄さんいろんな女の人遊びそうだもんねー」
「ひでぇなぁ。否定はしねーけど」
「しないんじゃん!」
アルコールが入っているのもあるのか上機嫌で会話を弾ませる三人組がカウンターに並んで飲んでいた。青髪の明るい女性を挟む形で右に短い赤髪の落ち着いた雰囲気のある女性。そして左には見覚えのある苔色の髪をした男。
「おい」
何の躊躇いも無く割り込むミシアに三人の視線が集まる。
まさかお迎えが来るとは微塵も思っていなかったのだろう、彼はミシアを確認すると表情は変えずに
飲み合いをしていた女性らは第三者の出現に「誰?」「まさか子持ち?」と声を潜める。
『子持ち』の単語が耳に入ったノエルさんが耐え切れず「ぶっ」と吹き出した。
ミシアの容姿が十六に見えずとも妹ではなくまさか子供に見られるとは。
その事がツボにはまったのか笑いを必死に堪えて肩を震わせていたノエルさんだったがミシアに睨まれて何事もなかったかのように姿勢を正した。
「
「ボクだって酒くらい飲めるの知ってるだろ」
「・・・とりあえず移動しません?」
いつのまにやら店中の視線を集めていたことに気がついたノエルさんの提案で一行は彼を連行して研究所へと帰還した。
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