Beltarle・Lulowa③

「失礼します」


「しまーす」


「ああ、やっときてくれたか」


ソファに座っていた男が部屋に入ってきた俺たちの姿を見て安堵するようにほっと溜息を吐く。

男は騎士団の白い制服を着た騎士兵の一人だった。その制服の捲り上げた袖から見える右腕が驚くことに人間の腕から明らかに変貌していた。上腕、前腕は直方体の木製のブロック、肘は木製の球体。と木製の人形の腕パーツの様だった。彼が体を捻る度に木製のパーツとパーツ同士がぶつかって軽い音が鳴る。


「腕が・・・!?」


「はー、こりゃまた随分と愉快な魔法を掛けられたもんで」


ベルさんは騎士とは向かい側のソファに座ると彼の木製の腕を手に取って診察を始める。

近付いて見ると本当に木製人形の腕そのものだ。


「おいおい、これが愉快なもんか。ちゃんと治るんだろうな?」


「治すのが俺らの仕事ですんで。あー、これはオイル・・・、いや軟膏か?」


木製人形の腕を触診、視診しながらブツブツと独り言をつぶやく。

診察が完了すると騎士の男は「それじゃよろしく頼む」と言入の言葉を残して一旦騎士団基地へと帰っていった。



ベルさんと俺はさっそく調薬に取り掛かった。


「あんなの治せるんですか?」


調薬に必要だと言われた乾燥した”カウチグラス”と呼ばれるハーブを渡した。以前乾燥前のカウチグラスを見たことがあるがハーブというより雑草に近い植物だった。

今回はこのカウチグラスを使用した魔法薬を調薬するようだ。


「珍しい魔法ではあるが治せる。ああいう人体の一部を変化させる魔法の解除はそう難しくはねーんだよな。あ、お湯沸騰したな」


(一見厄介そうな魔法だったけどそういうもんなのか)


ベルさんは火にかけた小鍋の蓋を取り覗き込む。小鍋の中に入っているお湯が沸騰して大泡がボコボコと音を立てている。


「カウチグラスと”スピニータ”の鱗、あとは__、」


カウチグラス、そして巨大なトカゲ型の魔獣、”スピニータ”の五センチ程の大きさの薄い鱗を指で細かく引きちぎってその鍋の中に投入する。


「__アシル、そこの小瓶取ってくれ」


ベルさんは俺の右側にある小瓶を指さす。小瓶には若干の黄色を帯びた液体が少量入っている。


「この瓶には何が入ってんですか?」


俺は言われるがままベルさんに小瓶を手渡した。


「毒蛇から採取した毒」


(え”)


思わず俺の全身が強張る。


「だから扱いには気を付けろよな」


「それ先に言ってくださいよ・・・」


そもそもそんな危険な代物をこんな執務机に無防備に放置しておいていいのだろうか。


(いや、どう考えても駄目だよな・・・)


「__って、薬に毒入れていいんですか!?」


ベルさんは小瓶を傾けていた手を止める。


「普通はそうなるよな。でもな、アシル。毒ってのは薬の一つなんだよ」


毒を小鍋の中に数滴垂らしてから小鍋に蓋をする。


「毒が、薬?」


白衣のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した後再びポケットに戻したベルさんは俺に説明を続ける。


「Contraries cure contraries《毒を以て毒を制す》っつーのかな。薬学には毒をさらに強い毒で解毒する治療法があるんだよ。そもそも魔法薬に毒を入れることは別に珍しいことじゃねーしな。とはいえ毒な事には変わらないからこんな場所に放置して置くもんじゃねぇモンなんだけどな」


「誰か置きっぱなしにしちゃったんですかね?」


大体想像はつきそうだけど。


「どーせミシアだろ」


やっぱり。


「あいつ魔法薬学の知識と腕は確かなんだがそれ以外基本ダメ人間だからなぁ・・・。さすがに危険なものは勘弁してくれっての」


俺の側に置いてあったが、もしも何かの拍子でぶつかって床に落としでもしたら__、と軽く想像して止めた。大惨事になっていたことは間違いないだろう。

ベルさんの言い草からするとミシアの放置癖は常習犯らしい。


(・・・気をつけよ)


「そろそろか」


再び懐中時計で時間を確認するベルさん。時間が経過したことを確認すると、火傷しないよう布巾で鍋の蓋をとった。

中身を覗くと柔らかい赤紫色の液体の中で投入された乾燥したカウチグラスと鱗の破片が踊っている。ぐつぐつと白い湯気を立ち昇らせながら煮立っている。


「うわぁ、中々に毒々しい色・・・」


「魔法薬としてはこれがスタンダードだけどな」


匂いもどこか鼻の奥をツンと刺激する酸味が強く長い時間は嗅いでいたくない香りだ。

水分を吸いにくい漉し布を被した空の容器に鍋の中身を移す。容器に液体だけが溜まっていく。

その後魔法薬の入った薬瓶を氷水を張ったバケツに埋める。

冷やした煎じ液を投入した湯船に患部含め全身を浸して魔法薬を体中に巡らせる”ハーブバス”という術法での治療を行うらしい。魔法と言えば飲み薬や塗り薬だけだと思っていたが魔法の治療は傷や病の治療とは異なる”ハーブバス”のような治療法もとい術法がいくつかあるらしい。

俺のパーカーの中に潜り込んでいたマンドレイクもついでに薬瓶と一緒に水に浸る。土の次は水か。

あとは冷えるのを待つばかりなのだが、魔法で冷やす方が早いんじゃないか?と問うたところ__、


「魔法だと”凍らす”ことはできても”冷やす”っていう加減は俺には難しいからな」


__とのこと。

魔法は念じるだけで発動できる魔術ではあるがなにも想像イメージするだけで万物の所業を成せるような代物でもないのだと言う。そうなのか。


「確かに『魔法は神から与えられた奇跡』って言われてるぐらいだし”魔力なし”のお前からすれば魔法ってのはそういう便利なもんだと思うのは無理ねーよな。けどな、その分”縛り”だってある。『魔力の消費』とか『大きな魔法を使えば反動もでかい』とかな」


「魔法でもハイリスクハイリターンなんですね」


「むしろ魔法の方が顕著に表れてるモンじゃねーか?『神から与えられた』ってことは逆に言えばその法則ルールは捻じ曲げれないいわば”絶対”だからな」


そう言いベルさんは氷が溶けて減ってきたバケツに氷を足した。


「・・・あれ?」


そこで気づく。マンドレイクがいなくなっていることに。


「__冷たっ!?」



それと同時にうなじあたりにひんやりと冷たいものが当てられた。すぐさまにその物体をうなじから引き剝がすとそれは予想通り冷えた水を足から滴らせたマンドレイクだった。つぶらな瞳と目が合う。

隣でベルさんが俺の方とは反対に上半身を逸らして肩を震わせていた。堪えきれていない笑い声が漏れているのが聞こえる。

俺はマンドレイクではなくバケツの中に入っていた氷を鷲掴みにしてベルさんのうなじに押し付けた。


「冷てぇ!?」







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