Beltarle・Lulowa①

植物園。研究所敷地内にある薬草、草木、花とあらゆる種類の植物を栽培している。

植物園は研究所や他の建物と違って日光が挿しやすいようにガラスと金属建築である。その建物がいくつか点在しており、それぞれお魔法で環境を作り出してその中で植物を栽培しているのだそう。

俺がいるのは温室の植物園。生温い空気は人間には適温なようで眠気を誘発させられる。

片手で掴めるほどの小さな植木鉢に詰めた多少の水分を含んだ湿った土に下半身(?)を埋めたマンドレイクの頭上にジョウロで雨を降らせる。マンドレイクはその恵みの雨を喜んで目を細めて上半身をゆらゆらとゆらした。


「よかったな、アシル。なんとか元に戻ったな」


「はい、ありがとうございます。ベルさん」


隣で一緒にしゃがみ込んでいるベルさんは俺の礼に「どういたしまして」と牙を見せて微笑んだ。

薬学室に所属して二週間近く経った。仕事や研究所の雰囲気にも徐々に慣れ始め、最初はたじろんでいたベルさんの容姿にもすっかりなんとも思わなくなっていた。


「俺はまだ植物園にいるけどお前は戻るか?」


「あ、俺も手伝いますよ」


すぐに薬学室に戻る用事はないし。俺は植物園の作業を手伝わさせてもらうことにした。

ベルさんから指示を受けていくつか薬草や花を採取する。指で茎から実を摘み取る。


「__それにしてもお前が血相変えていきなり植物園に飛び込んできたときはびっくりしたぞ」


ベルさんは苦笑まじりに言う。


「俺も朝起きたら枕元にしおれたマンドレイクが倒れてた時はびっくりしましたよ・・・」


そう、俺が植物園に来た理由。それはこの現在鉢植えの中で上機嫌に頭の実を揺らすマンドレイクが原因なのである。


__マンドレイクが枕元にいるのはいつも通り。マンドレイクは俺と一緒にベッドで眠る。

万が一寝返りで潰してしまったら大惨事だからと最初は布と綿で簡易的にマンドレイク用の小さなベッドを作ったのだがお気に召さなかったのかどうか朝起きたら俺のベッドで寝息を立てているのだ。

以来、幸い俺の寝相は悪くないようなのでベッドで一緒に眠るようになったのだが今日は少し違ったのだ。

そのマンドレイクがしおしおにしぼんでいたのだ。まるで枯れかけの植物のように。乾燥させた草花のように。

急いで水場でマンドレイクに水をかけたが元に戻る節はなかった。

そうなると対処法は自分にどうすることもできない。薬学室に助けを求めに行ったわけなのだが、そこには調薬中のラウルさんとカルタさんが執務室にいた。そこでカルタさんに、自分たちは今手を離せないからと植物園にいるベルさんに手を貸してもらったらどうかと。

そういった経緯である__。


「水分よりも養分が足りなかったのか・・・。何も食べないから妖精と同じで食事は必要ないのかと思ったけど、やっぱり植物なんだな、こいつは・・・」


この人騒がせめ、と人差し指でマンドレイクをつつく。マンドレイクは構ってもらえたのを喜ぶように笑うように目を細めた。


「マンドレイクは魔法植物だからな。正直俺も対処法は当てずっぽうだったから」


「そうなんですか?」


「当り前だろ。薬学室ウチじゃ、というか基本的にマンドレイクは魔法薬の材料とされるものだしな。そんな使い魔ファミリアやペットみたいに傍におくとか物好きにも程があるしな。枯れたマンドレイクを再生させる方法なんて尚更。やったことねーよ」


ベルさんは花壇にある白の花が付いた薬草の茎を一本鋏で切ると、切り離した茎を植木鉢の土に挿す。


「切ったものを育てるんですか?」


「ああ、これは『挿し木』っつって薬草を繁殖させる方法の一つだ」


「へー。種から育てるわけじゃないんですね」


「勿論その方法もあるけどな。他にも株を二つに分けて繁殖させるとかいろいろあるぜ、__っと、アシル、そいつ噛むから気を付けろよ」


「え??」


赤色の花をつけた薬草を採取しようとして手を伸ばした時だった。そう注意を受けて目線をベルさんから手元の花に移す。その瞬間、何の変哲もなかった四つの花弁がついた花が、がぱぁっ、と人間の口のように開いた。


「うわっ!?」


反射で手を引いたのと同時に花の口が閉じた。その花の口には犬歯のような牙がついており、もしそのまま指を噛まれていたらただじゃ済まなかっただろう。


「なんですかこいつ!?」


「花に擬態している肉食い植物だな。でもそいつの花弁は薬になるんだよ」


その植物は俺を威嚇するように涎を垂らしながらその牙を見せつける。


「その薬草はまだ必要ないからいい。人喰いや妖精喰いの植物はその口に何か加えさせると採取しやすいぞ。人間と違って手がないからな」


この植物の武器は牙だけだからか。というか妖精までも捕食対象の肉食植物もあるのか。


(恐るべし・・・)









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