Noel・Vistas/Calta・Yorsa③

「驚いた・・・」


目を丸くしたミシアが言う。


「本当に女みたいだな」


「俺も鏡見た時自分の顔か疑ったよ・・・」


俺は手持ち鏡を再び覗く。

そこに映っているのは顔全体に白粉を塗り目の淵に筆でマゼンタ色の粉をのせ、唇に薄く紅をさした化粧を施した女の子の顔・・・、もとい俺の顔である。

カルタさんは、


「我ながら中々に上々の仕上がりだと思うんですよ」


と、水場で軽く洗浄してきた化粧筆の水気を布で拭き取りながら上機嫌に言う。

カルタさんが俺を凝視していた理由。それがこれ。化粧である。カルタさんは一等化粧に対する熱が強くそれは化粧品や香の自作のみならず男女問わず好みの顔立ちの人物に対しては化粧を施したい衝動に駆られるという。そして俺は見事に獲物としてターゲット認定されてしまったらしい。


「とはいえ男用じゃなくてなんで女用の化粧・・・」


基本的に化粧を施すのは貴婦人や貴族令嬢が多いがならば男は化粧をしないかと言われるとそうでもない。女性程派手なものはしないが白粉で肌を白く見せることもある。

カルタさんから化粧をしたいと言われ、てっきり白粉を塗る程度かと渋々引き受けたがまさか女性と同じ化粧をされるとは。


「元から中性的な顔立ちだとは思ってましたけど・・・、まさか化粧だけで女性っぽくなるとは。・・・いっそ髪型とか服装も変えちゃいません?」


「嫌です」


カルタさんの嬉々としたお誘いを今度は丁重に断る。

両手の親指と人差し指でつくった四角形のフレーム越しに俺を見るミシアが、あー、と納得したような声を上げた。


「言われてみればアシルって顔だけだと男女か判別つかない顔立ちしているんだなー。体格もノエルやラウルに比べれば細いし」


「おかげで昔はよく女の子に間違われてはいたけどね」


顔立ちが男性にも女性にもよらない俺の幼少期はズボンを履いているのにもかかわらず女の子に間違われることがそれはもう多かった。今や服装や声の低さから女に思われることは少なくなったが。


「マゼンタの顔料が出来上がったから使いたかったんですよね。それにちょうどいいキャンバスがいてよかったです」


人の顔をキャンバス扱いかい。


「それにしてもすごいなその色板パレットは。また色数増えたんじゃないか?」


ミシアはカルタさんの”色板パレット”を手元に引き寄せる。そのパレットには何色もの固形顔料がはめ込まれている。この顔料を筆に取り粉を目元にのせて鮮やかに見せるのだ。


「ミシアにも化粧したいんですけど嫌がるんですよ。こんなに可憐な顔立ちなのに!」


カルタさんは、じれったい!、と言いたげにミシアの両頬をこねるかのように撫でる。ミシアはそれを鬱陶しげにカルタさんの手首を掴んで抵抗する素振りを見せる。


「だから髪の毛を結わくことを許してもらって我慢しているんですよ」


「我慢じゃなくて妥協だろ。今日だってまた好き勝手いじっといて・・・!というか、や、め、ろ・・・!」


「それミシアが自分でやったわけじゃなかったんだ?」


「ボクがそんな面倒な事すると思うか?」


俺を横目で睨むミシア。


(とばっちりやめてくれ)


普段ミシアは基本的に長い髪をそのままおろしたまま過ごしているが今日は珍しくその髪に編み込みが施されていたり簪が挿されていたりと飾られていた。カルタさんはミシアの髪をいじるのが好きらしく結わく以外にも湯浴みの際にミシアの髪に髪油で手入れしたりするらしい。


「だってミシア手入れだってしないじゃないですか。せっかく素敵なプラチナブロンズなのに」


そういってカルタさんはミシアの髪を一束手に取る。

こうしてみると二人は仕事仲間というより姉妹のような関係に近いのだろうかと思われる。


ついでにマリアさんにはどうなのかと問うたところ、


「室長は私が触れるのなんておこがましいほどお美しいですからね」


(なるほど)


「__アシルお前女みたいな顔にされてんじゃん!」


「楽しそうだな、ノエル」


仕事を終えたのか素材保管庫から戻ってきたノエルさんが俺の顔を見るや否やふき出した。


「カルタさん、ノエルさんが俺と同じ化粧して欲しいって」


「おい、言ってねーよ。カルタも筆を取り出すな。おい、やめろこっちくるな」

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