Noel・Vistas/Calta・Yorsa②
(見られている)
「ナツメの薬酒飲む人ー」
ノエルさんの問いかけに部屋にいたマリアさん、ミシア、ベルさんが手を上げる。その中でもミシアは嬉々として手を上げていた。
「お前さっきまで昨日飲んだ酒が残ってて気持ち悪いってのたうち回ってたばかりじゃねぇかよ」
「薬酒は別だろう」
その目は爛々と輝いていた。どうやらミシアはあの
「アシルは飲まねーの?十七だったらもう酒を飲める歳だろ」
「・・・俺は遠慮しときます」
俺はベルさんの問いに答えるが心中は別のことで気を取られていた。というのも先日から気にかかっていることがあるのだ。俺は視線の感じる方へと顔を向けた。すると視線の主は入れ替わるようにあからさまに顔を背け小走りで執務室を後にする。
「あれ、カルタどっか行っちゃった。薬酒飲まないのかな」
「あいつナツメの薬酒好きじゃなかったか?珍しいな」
「・・・・・・」
そう、先日からやけにカルタさんに見られているのである。視線を感じてカルタさんの方を見ると先程と同じように顔を逸らされてしまう。そんなことをここ数日繰り返している。本人に聞こうにも初めて会った日以来まともに話していないからなんとなくこちらから話しかけるのは躊躇ってしまう。
「お前カルタに目つけられたな」
「うわっ!?」
耳元に急に届けられた声に俺は体を飛び上がらせる。そこにいたのは酒の入った小さめのグラスを乗せたトレーを持ったノエルさんがいた。
「はい、これベルさんの分」
「おう、ありがとな」
「む。ボクの分が少ない」
「あんたさっきまで酒でダウンしてたでしょうが。それ以上は仕事に支障をきたす」
「仕事に怠惰な君が言うか?」
「怠惰でもノルマはきちんとこなしてますよ」
ミシアは渋い顔をしながらも大人しくグラスを傾けて酒を飲む。
「目をつけられたってどういうことですか?」
「そのまんまの意味」
(そのまんまって・・・)
カルタさんの気を害するようなことをした覚えはないが。
「アシルがカルタにか?ああ、確かにアシルってカルタ好みの顔立ちしてるな」
「え?」
ノエルさんもベルさんもそれ以上は説明することなく会話は途切れた。疑問を残されたまま。
「・・・え??」
なんとももどかしいので俺の方から追求しようと口を開いた瞬間ノエルさんにグラスを差し出されてタイミングが悪くもそれを塞がれる(ノエルさん本人は意図しての行動ではないだろうが)。
「これお前の分」
「え、でも俺酒飲めない・・・」
差し出されるがままグラスを受け取る。匂いは少し酸味のあるジュースのようだが”薬酒”という単語に飲むのが少々憚れる。
「安心しろ。アルコールなら薄めてある」
「いやそうじゃなくて・・・」
「苦そうってか?」
俺は肯定の意でうなづく。
「なら、尚更飲んでみたらどうだ?一口だけでも。無理ならボクが残りを貰うから」
「アンタ酒飲みたいだけだろ」
手の中にあるグラスを覗く。
「じゃあ・・・、少しだけ」
俺は意を決して酒を口に含んだ。すると、舌の上に訪れた味覚は苦みでなく砂糖のような甘味と少々の酸味であった。後味が若干苦みを感じるが嫌な感じはしない。
「あれ、美味しい」
「な、言ったろ?」
俺の感想にノエルさんは口角を上げる。
「薬イコール苦いっていう印象はどうしても拭えないものだからな。薬酒とか薬膳茶も好んで飲む人間は少ないんだよなー。こんなに美味しいのに」
勿体ない、とミシアはグラス底に残った僅かな酒を一滴残らずに口に流し込む。
「魔法薬も味より効能を優先して吐きそうな程不味いものもあるくらいだしな」
長時間の作業で水分を取っていなかったこともあり気づいたら空になったグラスを掴んでいた。
確かにこれは試してみて正解だった。
「__む」
その時、ベルさんが何かに反応したように顔を上げ獣が匂いを嗅ぐように吻を上下に動かした。どうかしたのかと問う前にふとどこかから薬草や薬とは異なる香りが風に乗って鼻腔をくすぐった。
「ん?いい香りがする」
「隣の部屋でカルタちゃんが調香してるのよ。香水発注の依頼がきてたからね」
少し離れた場所で話を聞いていたマリアさんが説明をくれる。
「薬学室って香水も作ってるんですか?」
「いや、これはカルタが半分趣味でやってるようなことだ」
マリアさんに続いてミシアが答える。
「ほら、仮眠室に置いてある香はカルタが調香してるって言っただろ?カルタは化粧品とか香とかが好きでさ。そんな要領で作ったものを騎士団とか知り合いのお店に置かせてもらって販売もしているんだってさ」
ボクたちも偶に手伝ったりするよ、とミシアは付け加える。
「俺がこの部屋にいるから隣の部屋にいったのか」
ベルさんがカルタさんがいる部屋を見つめながら独り言のように云った。その独り言に何も言わずに一人で首をかしげているとそれを察してくれたベルさんが自分の鼻を指さしながら「ほら、俺の鼻は利きやすいから」と教えてくれた。
「そっか。獣人って聴力とか嗅覚とかが
獣人の知り合いはいないが噂程度に特徴は知りえているつもりだ。
「
「へ?」
ふと思い出したようにベルさんが言った。
「ベルさんほど獣の血が濃い獣人は珍しいもんな。ここまで獣の姿に近いのは俺もベルさんが初めてだったし」
獣人とは獣の耳と尾を持った人間に近い姿をした種族のことだ。実際街で見かける獣人は人間の顔に獣の耳を生やしたのがほとんどだ。
俺もベルさんのようにほぼ獣の姿をした獣人を見るのは初めてだったがさほど物珍しいとも驚きもしなかった。獣そのままの姿に少々恐怖を感じて委縮はしたが。
「だろうな。親戚の中でもここまで獣なのって俺と
ベルさんが仕事を再開するのをきっかけにノエルさん、マリアさんと順々にそれぞれの持ち場に戻っていった。と思いきや執務室から素材保管室に消えて行った直後ノエルさんは顔だけをひょっこり覗かせて「見られるのが気になるんだったら一回あいつの好きにさせた方がいーぜー。あいつああ見えて粘着質だからさ」と謎の言葉を残して再び部屋へと引っ込んでいった。
「?」
疑問符を浮かべている俺の横でミシアが「それもそうだな」と呟いたかと思うと座っていたソファから立ち上がる。
「このままでカルタの仕事が滞るのも困るしな。少々付き合ってくれ」
「え、何が?」
そろそろ俺にもわかるように状況を説明してほしいものだ。だなんて内心悶々としていると
「呼びましたか?」
「わあ!?」
「お、カルタ」
声を上げてしまった反動で落下させてしまったマンドレイクを拾う。落とされたショックなのかそれとも痛みなのか分からないが震えているマンドレイクを謝罪の意を込めて撫でる。
薬学室の人はなんでこうも背後から声を掛けたがるのだろうか。
「君がアシルに熱烈な視線を送っていることだよ。彼が動揺しているぞ?」
それを聞いたカルタさんは、「あー・・・」と顔に少しの恥じらいの色を浮かべる。
「それはすみません。これでもバレないように脇目で見ていたつもりなのですが・・・」
「本当か・・・?」
「いや、でも、ね・・・?」
カルタさんは歯切れが悪そうにもじもじする。
「ほら、彼中々私好みの顔立ちでして・・・。その、うずうずしてしまって・・・」
「うん、だから、いいよ」
いいよ、という単語がGOサインのことなのだと気づいたカルタさんが溢れんばかりの満面の笑みに輝いた。
相も変わらず俺は自身の置かれている状況に理解はできないが何故か一瞬背筋が凍るような感覚に襲われた。たじろいでいる俺とは相対してカルタさんは酒に目を輝かせていたミシアと同じような瞳で嬉々として俺の手を握る。
「大丈夫です。悪いようにはしませんから」
嫌な予感しかしない。
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