Noel・Vistas/Calta・Yorsa①
「フロッグの目玉は、
俺は手元のリストにペンで”猫の爪”と書き足す。
「アシル」
素材保管庫の部屋の扉が開いた。
「どーよ、調子は」
「あ、ノエルさん。作業は単調だから問題ないんですけどね。その、リストの項目の量が・・・」
ノエルさんは腕に抱えていた酒の入った瓶と空の薬瓶を入り口近くの小さなテーブルの上に置く。
今日俺がしているのは魔法薬に使用する素材の在庫管理だ。
素材の期限切れがないか、量は足りているか等を確認する一見簡単そうな仕事なのだが驚くべきなのはその種類の多さ。薬草から魔獣や生物の身体の一部、魔法鉱石といった、病気を治すための薬の調薬に使用しないような材料まで魔法薬の素材となる。
保管部屋は広さこそ仮眠室と同じような小部屋ではあるが部屋を人通れる程度の隙間を残して敷き詰められた薬棚の数。生薬や日光に弱い鉱石の保管には正方形の引き出しが規則正しく並べられた薬棚を使い、小瓶に保存している素材は横に区切りの入った本棚に並べて保管している。
「多いよな。今はもう見慣れたけど俺も最初見た時は『これ全部確認すんのか!?』ってなったわ」
在庫管理の仕事は主にノエルさんとカルタさんが請け負っていて月に一度こうして確認作業を行うのだそうだ。
俺は素材の場所の把握も込めてそれに手伝いさせてもらうことにした。
「__さて」
ノエルさんは人差し指を立てた手をゆっくりと持ち上げる。人差し指の指す方向には薬棚。ノエルさんの指の一直線上にある一つの引き出しが独りでに引かれ、中からいくつかの乾燥させた小さな赤い球体の実が取り出されそれらは空中に浮かんだまま移動をはじめノエルさんの目の前で停止、テーブルの上に置かれた薬瓶の中へと落下した。
「何か作るんですか?」
「サンザシ酒」
ノエルさんは酒瓶のコルクを開けると酒をサンザシの実が入った薬瓶の中へと注ぐ。無色透明の酒がサンザシの実の赤色にほのかに染まる。薬瓶の蓋を閉めるとそれを抱えてノエルさんは部屋の端に行く。
ノエルさんの足元を見ると小さなアーチ状の金属取っ手があった。
「よ、いせっ」
床にある取っ手を掴み引っ張り上げると地下室への開口部の板が持ち上がる。
「うわっ」
こんな場所に地下室があったのか。
「俺が降りるから、アシル。瓶落とせ」
そういうと入り口に垂れ下がっているロープ梯子から降りる、と思いきやノエルさんはそれを使わずに入り口の穴に飛び込む。
「え」
ノエルさんの姿はあっという間に消え、俺が咄嗟に穴をのぞき込んだ時には既に着地を終えて地下室の中で平然と腕を広げているノエルさんの姿があった。
(三メートル以上は深さはありそうなのに・・・)
戸惑いながらも俺は薬瓶を地下室に
肩に乗ったマンドレイクが時々ずり落ちそうになるのをヒヤヒヤしながら降りた。日も当たらぬ部屋は湿っぽくひんやりと肌寒い。
ノエルさんが小脇に薬瓶を抱え、もう片方の手でランプを持ちながら部屋を徘徊する。ノエルさんが持っているランプで部屋中を照らせるほどの小さな部屋だ。
そこには長方形のブラックボードがくっついた壁と三段に分けられた物置棚に大小異なる薬瓶に液体の中に果実やら薬草といった代物が沈められたものが置いてある。ブラックボードにはおそらく薬の名前と日付が書かれていた。
要するにここは”熟成室”なのだろう。
ランプを受け取りノエルさんが薬瓶を空いているスペースにサンザシ酒の薬瓶を置く。
「これ全部薬酒ですか?」
「全部ってわけではないけどほとんどはそう。仕事で使うものだったりみんなで飲むものだったり。あ、持っていける分あんじゃん」
ノエルさんはブラックボードに『サンザシ酒』と二週間後の日付をチョークで書くと一つの薬瓶を手に取って地上へと戻っていった(薬瓶は魔法で浮かせながら)。
俺もランプの火を消し、急いで地上へと戻る。
「それは?」
ノエルさんが持っている薬酒は底に萎んだ赤っぽい球体の実とカットされたオレンジが入った
「ナツメの薬酒。お前も飲む?」
「あー・・・、俺はー・・・」
「酒飲めない?」
「飲んだことはないですね。あと苦そうじゃないですか、薬酒って」
A good medicine tastes bitter《良薬は口に苦し》という言葉もあるくらい薬とは不味いものが多いという。薬酒も似たようなものだろう。
「なるほどね」
それを聞いたノエルさんはそう呟く。
(今なんだか一瞬ニヤついた表情したような気が・・・?)
「在庫管理どのくらい終わった?」
「え、大体半分くらいは終わりましたけど・・・」
俺はノエルさんに在庫が少ない品目を書いたリストを手渡す。それを一読したノエルさんは、「よし」と呟くと「じゃあ休憩しようぜー」と保管庫を後にした。
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