少年と少年のプロローグ②

「黒い目・・・」


「あ、知ってるんだ?じゃあ分かると思うけど僕も君の黒い目を見て気づいたよ。黒い目は”魔力なし”しか持ってないからね。盗賊あいつらはそのこと知らないんだろうね、”魔法封じ”のロープで縛ってるし」


ロープに文字のような記号のような模様がはいっているなと思ったがこれは魔法封じの術式だったのか。


(じゃないと魔法使いだったら簡単にロープ外せるもんね)


「それはそうとして今はこの状況をどうするかだよ。このままじゃ僕もアシルも殺されるか物好きに買われるのを待つだけだよ」


どちらも御免だ。


「でもどうやって__」


馬車から飛び降りて無事でいられる保証はないしかといって盗賊らをどうすることもできないし。どうにか策を練れないものかと二人で唸っていたその時。


「うわあああ!!!」


馬車の外から男の悲鳴と馬の悲鳴が耳に飛び込んできたのと同時に馬車が急停止した。

俺とトールはその叫び声にとっさに反応して馬車の乗降口から身を乗り出した。

馬車の後方にいた盗賊の二人は顔を真っ青にして腰に帯刀していた剣を抜いた。マズイ、と一瞬背筋が凍ったが男の視線は勝手に馬車から降りた俺たち二人ではなく馬車の行く先を塞ぐように佇む四つ這いの巨大な__、


「魔獣だ!!!」


男の一人が叫んだ。

その魔獣は馬車の荷台より大きく熊のような体躯だがその体表に爬虫類のような鱗を生やし、尾は蠍のように尖っている。瞳孔は開いてライオンのような鋭い牙をむき出しすぐにでも飛び掛かってきそうだ。


「”アルクトス”だ」


「”アルクトス”?」


トールがポツリと言った。


「あの魔獣のことだよ。気を付けてね、パワーがとてつもないから」


「どのくらい?」


「それは__」


馬車の荷台が破壊音と共に大破し一瞬にして木材になる。アルクトスが馬車に突っ込んできたからだ。


「このくらい」


「・・・・・・」


アルクトスが突っ込んでくる数瞬前トールが俺を無理やり引っ張って馬車から離れてくれたおかげで木材同様になることは避けられたが盗賊の男一人は巻き込まれてしまったのだろう、見るも無残にその肉体は崩壊して木材と魔獣の頭部を真っ赤に染めている。絶句。それ以外になかった。


「こんぐらいの魔獣!!」


俺たちに火の魔法で脅してきた盗賊の男が魔獣に向けて掌を向けた。すると木箱同様魔獣を炎が包んだ。業火。魔獣はその身を火に焼かれ叫ぶ。


「グオオアアアア!!!」


しかし、それは悲痛の叫びではなかった。

炎に包まれたまま魔獣は男に飛び掛かってその手を振り下ろした。俺は咄嗟に目線を逸らした。


「ぎゃあああ!!」


「あーあー、怒らせちゃった。あのぐらいの魔法じゃアルクトスは倒せないよ」


トールは盗賊が落としたナイフで俺と自分の手首のロープを切った。

目の前で広げられる無残な光景と魔力を感知できない俺でも分かる程のプレッシャーに全身が恐怖の信号を鳴らし続けるのに、トールは何故かこの魔獣に詳しく、魔獣に対して恐怖心を抱いてないようだった。魔力なしならば騎士であるはずもない。

それなのに彼は決して取り乱したりしないのは何故なのだろう。


「アシル!」


「え?」


手が自由になった安堵も束の間。盗賊の腕が俺の首を固定し首元に刃を当てられる。


「おい、テメェら!」


「お前、囮になれ!じゃなきゃこの餓鬼を殺すぞ!」


トールに向かって恫喝した。


(まずい、魔獣がこっちを見てる・・・!)


怒鳴り声に反応した魔獣が俺たちをターゲットにする。このまま怖気づいてれば俺も盗賊もトールも死ぬ。そんなのは御免だ!


(俺たちを脅してるけど怯んでる。これなら__、)


「トール逃げろ!」


俺は男の腹に思い切りひじを入れた。


「ぐっ・・・!」


拘束が一瞬緩む。その隙に体勢を低くし男の腕から抜け出してから胸ぐらを掴んでその場から素早く立ち退いた。

その僅か数秒後魔獣が俺たちがいたその場に着地した。ずぅんとした衝撃と共に地面揺れる。魔獣の足元にはひび割れが入っている。

俺と男はなんとか間一髪回避できたらしいが切羽詰まった状況であることには変わりない。


「アシル!こっちだ!」


俺はトールと共に林の中に逃げ込んだ。


「__驚いた、君意外と動けるんだね」


トールが感心したように言った。


「うん、養父に鍛えられてるんだ」


元騎士の養父じいさんは見習いに稽古をつけるでもなく俺にも体術や護身術、剣の扱い方を仕込んだ。別に騎士になりたいわけでもないのに何の為に体術を身につけねばならないのだろうかと思っていたが__、


(__まさか役に立つ日が来るとは・・・)


走り出してから数十秒経っただろうか何の音沙汰もなく振り返ってみても魔獣が追いかけてくる気配はしない。あの盗賊の男も逃げられただろうか。悲鳴のようなものは聞こえなかったし殺されてなければいいが。


「置いてきた盗賊が心配?」


(本当に魔法が使えないんだよね?)


心の声を聞かれでもしたのだろうかというタイミングでトールが俺に問う。


「・・・囮にした感じになっちゃったからさ。死んでなければいいけどとは、思う」


「ハハ。君はお人よしなんだね」


「・・・そんなことないよ」


謙遜ではない。お人よしならば彼を置いて逃げ出したりはしないだろう。ただ、死んでいたら罪悪感が湧くというだけで後悔をしているわけではない。そう自身の心情を言語化して自分に少し嫌気がさした。


「アシルはこの後どうするの?」


「この後・・・」


どうやら逃げ切れたようだ。俺たちは一度立ち止まって息を整えたがトールにそう聞かれて魔獣から逃げきれた人心地が一気に吹っ飛んだ。

荷物をすべてあの馬車に置いてきてしまったのだ。正確にはあの木材瓦礫の中に埋まってしまっている。取りには戻れない。

つまりは一文無し。


「終わった・・・」


現状を把握して絶望中の俺を見かねたのかトールが口を開いた。


「・・・ねぇ、アシル。もしもアテがなくて困っているんだったら__」


そう切り出した矢先だった。ただならぬ圧迫感。危機感。全身が危険信号をだした。


「アシル!」


突如俺とトールの間を裂くような形で先程の魔獣、アルクトスが降ってきたのだ。俺とトールは一歩後退して寸前で回避する。


「なっ・・・!」


追ってきていたのか?いや、さっきの個体より一回り小さい。別の個体だ。もしかしてここはアルクトスの巣が近いのだろうか。いずれにせよなんとかして逃げなければ__、


そう思考を回していた。魔獣の向こう側にいるトールの体勢が崩れかけているのが見えた。トールが回避した先が斜面になっていたのだ。


「しまっ__」


「トール!」


手を挿し伸ばしたかった。だが魔獣が邪魔をしてできない。トールはそのまま落ちていってしまった。


「・・・・・・っ!」


この上ないくらい歯を食いしばった。だがトールの身の安全を気にかけている暇を魔獣は与えてくれない。焦点を俺に合わせる。俺の中で逃げ出したい衝動とトールを救えなかった無力感がぶつかり合った。


(足が、動かない)


その結果、無力感が打ち勝った。魔獣がその腕を振り上げた。俺は死を直感して目を瞑った。


「・・・?」


しかし、いくら待てど衝撃も痛みもやってこなかった。代わりに魔獣の「グ、オアアァ・・・!」という呻き声が聞こえた。


目を開けた。


「・・・!」


俺が目にしたのは魔獣の巨体を貫くいくつもの黒い槍のようなもの。


「なっ・・・」


魔獣はその槍により絶命したのかその身体を地面に伏した。

槍のようなものについてもトールの無事も詮索したかった。だが、限界がきていた俺の意識は魔獣が倒れたのと同時に途切れた__。




__魔獣の体を貫く槍のようなもの。アシルからはいくつもの鋭い槍頭が魔獣の体から貫かれているようにしか見えなかったがその槍の柄は魔獣後方長く長く伸びていた。槍頭と柄の境目、装飾も何もない真っ黒な槍、いや、槍のような物体は魔獣のアシルの意識が断たれた十秒後、霧散して消えた。

その後二つの足音がアシルと魔獣の元へと近づいてゆく。


「__急に魔法を発動したと思ったら、なるほど。・・・ここって民間人侵入禁止区域っすよね?」


「アルクトスの巣が近いからな。とはいえここまで降りてくるのは珍しいな。今のところ他のアルクトスの気配はないが早いところ離れた方がいい」


「じゃあ、騎士のやつらにこいつ保護してもらいますか。えーっと、閃光弾、閃光弾っと」


一人は黒髪の軽快な口調の青年。もう一人は小柄でウェーブのかかった金髪が特徴的な少女だ。二人とも胸元に鳥と月のシルエットが描かれたブローチが付いたローブを羽織っている。少女は黙ったまま少年を見下ろしていた。


師匠せんせい?」


「・・・騎士は呼ぶな」


「え?」


「彼の身は薬学室で預かろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る