そして少年は一歩を踏みだす①

ふと頭に重さを感じて意識が眠りから覚めた。小鳥のさえずりが聞こえる。甘く上品な香が鼻をつく。朝になった証拠だ。俺はゆっくりと瞼を開ける。俺の視界を埋め尽くす濃い茶色に浮かぶ二つの黒い点。それしか映らなかった。目覚めたばかりの頭ではその状況を理解できずにいたがすぐに異常な景色だということに気づいた。


「うわあ!?」


顔に何か張り付いている。ザラザラとした触感。鳥肌が立つ。


(なんだこれ!?)


「なーんだこの光景?」


扉が開く音と共に誰か男が部屋に入ってきた。


(ん?部屋?)


俺の顔に引っ付いていたナニカが剥がされる。晴れた視界。見知らぬ部屋。本が隙間なく並んだ本棚が壁となっており、窓側には素朴な机と椅子。机の上には積み重なった書類と本、インク瓶とペン。俺は二段ベッドの上段で寝ていたようだ。男は黒髪に白い肌が対照的でオーバーサイズのパーカーを着ている青年だ。トールや俺よりは年上だろうか。彼はベッドガードに肘を置き、「体調は?」と俺の顔色を様子見たので「・・・大丈夫、です」と返した。

そして彼の手に握られている__、


「それ・・・、”マンドレイク”・・・?」


「ん?そう、何故かお前の顔に引っ付いてた、マンドレイク」


釣鐘状の花弁の花と赤い実を頭にくっつけた濃い茶色の野菜のような生物、”マンドレイク”。


「マンドレイク?なんで・・・、というかここ・・・」


記憶がないのだ。思い出せる範囲の記憶で俺は魔獣に襲われたところまでは把握できたのだが。服は俺が着ていたものではない白いシャツとジーンズ。少々、サイズが合ってない。擦り傷も治療されている。


「説明してやるよ。お前が起きるの待ってたんだよ」




__「少年起きましたよー」


部屋を出るとそこは大部屋でまず先に入ってきた情報は薬草のような強い青っぽい匂い。

中心には木製の試験管立てに並べられた液体の入った試験管や乳鉢と乳棒といった実験道具ややたらと文字で埋め尽くされた紙やら魔導書やらで中々にとっ散らかった大机。

両開きの大きなドアの近くにテーブルとそれを挟んで対面するように置かれた二つのソファにはそれぞれ人が座っており、長い長い波打ったプラチナブロンズの髪。ガラス玉のような大きなルビーの瞳。等身大の人形のような少女はスティック状の焼き菓子をモグモグさせながら俺を見る。

もう一人はくせっ毛の濃藍色の髪の男で細めのフレームの眼鏡の奥の目つきの悪い細めの目がこちらに向けられている。

両開きドア反対側のガラスドアの前には魔導書や書類が積み重なっているものが乗っている執務机。そこには桃色の長い髪を後ろで一つに纏めた朗らかな印象の誰もが見とれるような美貌を持った女性。

以上の白衣を着た三名が俺を見る。朗らかそうな女性は俺の存在を確認すると温和そうな笑みでこちらに近づいてきた。すらっとした長身のスタイルの持ち主だ。


「あら、体調はもう大丈夫なの?」


見た目通りの温もりのある優し気な声だ。


「え、あ、はい・・・。なんとか・・・」


俺は戸惑いながらも答える。


「あの・・・、ここって__」


「”フィンディラ国営サリザド魔法研究所薬学室”」


俺が言い終わる前に冷淡そうな男が答える。


「まほーけんきゅうじょ・・・?」


「そう」


なんとか聞き取れた単語をインコのように繰り返す俺に朗らかそうな女性が肯定する。


朗らかそうな女性、”マリア”の説明によると、俺が倒れているところを人形のような少女”ミシア”と黒髪の青年”ノエル”に助けられたらしい。そして二人が所属する魔法研究所の薬学室に連れてこられたそうだ。

トールの行方が気になって聞いてみたが付近に俺以外に人はいなかったようだ。

状況を聞いた俺の内心は追い込まれたように焦っていた。

”魔法研究所”。”魔力なし”の俺にとって場違いにも程がある施設だ。しかも”サリザド”と言っていた。サリザドはこの国の王都の地名である。そこの研究所となれば間違いなく国内最大の魔法研究所。この人達ももれなく魔法使いの中でも有能な魔法使いであろう。


(俺が”魔力なし”だとバレる前に立ち去らなきゃ・・・!)


この国のほとんどの人物は魔法使いでありその大半は”魔力なし”を忌み嫌っている。法律上では”魔力なし”の迫害や差別は禁止されているがかといって国民の思想がそれに準ずるとは限らない。

実際”魔力なし”の国民の扱いは酷いものだ。俺もそれを経験してきた。良くしてくれた人間も俺が”魔力なし”だと知れば態度を急変させ罵声を浴びせてきた。

”魔力なし”というだけで腫れ物扱い。まともに職には就けないどころか”魔力なし”に対する血縁の断絶を推奨する国民は少なくない。異物を根絶するべきといったところだろう。この人達がその思想を持ち合わせているのかは定かではないがそう悠長に確認してから判断するわけにもいかない。


(”魔力なし”と魔法使いの区別は黒目であるかそうでないか。今ならまだバレていない・・・筈)


「じゃあ、俺行かなきゃいけない場所があるので__・・・ん?」


そそくさとその場から去ろうとした時ふと肩に違和感を感じてそこを見ると__、


「うおっ!?」


「あっ、いつの間に!」


先程のマンドレイクが俺の肩にちょこんと座っていたのだ。ノエルも今自分の手の内からマンドレイクが消えていることに気づいたようだ。


「お前少年に懐いているのか・・・?」


「あれ、それ薬学室のマンドレイクだったの?てっきり彼の使い魔ファミリアなのかと思ってたわ」


ノエルは俺の肩からマンドレイクを剥がす。マンドレイクは特に抵抗もしないまま再びノエルに捕まる。


「マンドレイクの使い魔ファミリアなんているわけないだろ。というか__」


冷淡そうな男”ラウル”が呆れたようにマリアに言った。


「彼、”魔力なし”なんだろ?」


「・・・・・・!」


俺は危機を感じてすぐに逃げ出そうと地面を蹴るが、足の付け根にズキリとした痛み。


「・・・っ!!」


「おっと」


バランスを崩しかけた俺をノエルが受け止める。


「お前の足治療はしたけどまだ完治してないんだから無理すんなよ」


「うるさいっ!余計なお世話だ!!」


俺はノエルを退けてドアへと向かう。この時の俺はただ魔法使いに対する嫌悪で頭が埋め尽くされていた。助けてもらった恩など忘れてその場から逃げ出したかった。自分が傷つく前に。しかし、それは許されず。俺の体はピタリと動かないのだ。足も縫い付けられたように床から離れない。


「え?」


指一本も動かせない。俺の足元に魔法陣が展開している。魔法によって動きが止められていた。


(くそっ・・・!)


「なんだぁ?急に態度変えやがって・・・」


「ノエルに受け止められたのが嫌だったんじゃないか?」


「ラウルさん殴りますよ」


「魔法使いが”魔力なし”を嫌悪するのと同時に”魔力なし”が魔法使いを嫌悪しているパターンも多いからね。彼が憤るのも当然よ」


「うわっ!?」


魔法が解けて支えを失った俺は地面に伏した。


「ぐっ・・・」


しゃがみこんだマリアが俺を見下ろす。


「貴方の名前、アシル・ローランで合ってるかな?」


「!」


マリアは名乗ってもない俺の名前を一言一句合致して言ってみせた。


「そして魔法使いを嫌悪してるってことはおそらく、聴いていないんじゃない?」


「・・・事情?」


「そう。貴方の養父、ドロリア・ローランから」


マリアは俺の名前のみならず養父じいさんの名前も口にした。


「本当に何も聞かされてないのね・・・。魔法研究所薬学。


「・・・・・・」


五秒くらいの間。

そののちにやっと俺の脳内の女性の言っていることが到達する。


『今日から貴方が働く場所』・・・?


さらに五秒の間。その間で女性の言葉を認知した俺の口からでた言葉は、


「・・・・・・え?」


だった。


どういうことなのかマリアに問おうと上半身を起こした直後、俺の後頭部にものすごい勢いで何かがぶつかってきた。


「だっ!!」


「なんか突っ込んできたぞ」


「これボクがドア開けなかったらどうなってたんだろ」


ミシアが開けたガラスドアから何かが飛び込んできたのだ。


「なんだこれ、トランク?」


「いったた・・・」


俺にぶつかってきたソレは両腕で抱えれるほどの大きさの古めのトランク。そのトランクに俺は見覚えがあった。トランクを開けるとその中には俺の服や生活品が一式入っておりその上に二つに折りたたまれた紙があった。


『薬学室でお前が働けるように手配してある』


書きなぐられたようなその文字は間違いなく養父じいさんの文字だった。


『good luck(達者で)!』


(あのジジイ!!!)



_______________________________


※本編に出てきた妖精(?)の解説です。


【マンドレイク】


別名、マンドラゴラ。魔法系の作品によく出てくる植物(生物?)の一種ですね。引き抜くと悲鳴を上げてそれを聞いたら死んでしまうという話が有名ですが実際のマンドラゴラを引き抜く際に出る音が悲鳴に聞こえるらしく根に含まれる毒性のせいで死んでしまうということらしいです。

作品によってマンドレイクの姿が異なりますがこの作品のマンドレイクはくりくりお目目のかわいいマンドレイクを想像してください。

















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