そして少年は一歩を踏みだす②

俺は一旦荷物を宿舎に置いてから朝食にすることにした。薬学室で働くかどうかはよく考えてから返答して欲しい、とそれまでは宿舎の部屋は確保してあるからそこに泊っていいとマリアさんが了承してくれたのだ。

なんで養父じいさんが俺を薬学室ここに預けたのかは不明だし正直一刻でも早く実家に帰りたいが今戻っても養父じいさんにどやされるのが目に見えてるので今日一日だけでも滞在した方が良さそうだ。


(それに__、)


『__薬学室には貴方を傷つけようとする人はいないわ』


マリアさんが俺にそう言った。だからといって即決できるものでもないが。


「広い・・・!え、これで一人部屋なんですか!?」


「そうだけど・・・。そんな興奮する?」


ベッドと机と椅子しかない簡易的な部屋だが個別部屋だけでこの広さなのか。

ノエルさんはそんな俺を、なんでそんな喜べるんだ?と若干引き気味で見ていた。失礼な。


「ここにいる間は俺がお前の面倒を見ることになったから。あと研究員全員がそうってわけじゃないが”魔力なし”を嫌うやつも少なくない。お前一人での行動はなるべく避けろ。いいな」


ノエルさんは食堂に向かう道中俺にそう釘を刺す。


「ノエルさんは嫌いじゃないんですか?」


「俺か?俺は別に」


ノエルさんはさらっと答える。その答えに偽りはないように感じる。


「なあ、知ってるか?学院カレッジじゃ魔法使いの中でも序列があるんだぜ。魔法使いでも魔力の量が少ない奴は舐められ、虐められる」


「・・・同じ魔法使いなのに?」


”魔力なし”をなじるだけでは飽き足らず同じ魔法使い同士でも序列をつけたがるのか。


「ははっ、お前にとっちゃ理解できないだろうな」


「・・・したくないですよ」


「『したくない』、か。いいねいいね。そういうの嫌いじゃないぜ」


「うわっ」


ノエルさんが俺の肩に腕を回す。彼は中々に陽気で友好的な人物のようだ。

食堂にまばらに設置されたサークルテーブルその上に置かれた料理を囲み談笑する研究員たち。


「アシル、こっちこっち」


その大所帯で賑わう食堂の様子に圧倒されて立ちすくんで眺めてた俺に席を確保したノエルさんが手招きをする。

ノエルさんはカボチャのキッシュ、俺は海老とトマトのスープとパンを注文した。数日ぶりのあったかい食事が体に染み渡る。


「アシルはやっぱ魔法使い嫌いなのか?」


「え?」


キッシュにかぶりついたノエルさんが俺にそう聞いてきた。


「まあ、好き、ではないですね。嫌な事してくるので」


「じゃあ嫌な事してこない魔法使いは?」


「そんな魔法使いとは仲良くしたいですけどね。別に俺も魔法使い全員を敵って思ってるわけじゃないですよ」


実際養父は魔法使いだが嫌いではない。むしろ尊敬の念すらある。


「ノエルさんたちみたいに”魔力なし”を受け入れてくれる魔法使いだっていることは承知してます。でも見た目だけじゃ判断できないじゃないですか。だから結果、魔法使いは全員嫌な奴っていう前提で接さるをえないというか・・・」


「そりゃ利口だな。傷ついてから接し方を判断するのも嫌だもんな。そういや、お前いくつ?」


「十七ですけど」


「二つ下か。お前歳の割に細い。もっと食え」


ノエルさんは俺の空になったスープの皿にキッシュの一切れをよこした。


「・・・ノエルさんって意外と優しいんですね?」


「意外ってなんだよ」



食事を終え、俺とノエルさんは薬学室へと戻った。執務室にはラウルさん一人が火にかけた釜の中身をかき混ぜている。あんな釜さっきまであったっけ?


「ラウルさんだけっすか?師匠せんせいとマリアさんは?」


「マリアは植物学者のとこ。お前の師匠はどっかいった」


「あ、寝たんすね。あの人仕事残ってるでしょーがー・・・」


師匠せんせいを起こしてくる、と言い残してノエルさんは隣の部屋へと移動した。

俺はラウルさんのみがいる執務室に取り残された形になった。


「「・・・・・・」」


気まずい。

俺もラウルさんもお互い話しを振ろうとしなかったのでただ沈黙の時間が流れた。

暇を持て余した俺はふと、大机に積み重なっている魔導書のうちの一つに手を伸ばそうとして思いとどまる。


(あ、勝手に触らないほうがいいかな)


「・・・これ、読んでもいいですか?」


迷った末ラウルさんに許可を取ることにした。ラウルさんは「・・・・・・どうぞ」とこちらを見向きもせず沈黙の後に答えてくれた。

明らかに不機嫌。

マリアさんは薬学室に俺を傷つける人はいないと言い切っていたが__。


(__それと気持ちの問題は別、ってことかな)


その魔導書のタイトルは『魔法植物一覧』。紙は薄黄色に変色しているが埃も付着していないし虫食いもない。日干ししたばっかなのかほんのり太陽の香りがする。

本の内容はタイトル通り魔法植物について簡単なイラストに薬効や特性、成長条件といった説明が添えられていた。見覚えのある植物は飛ばして読み込まずに眺めるようにページをめくっていった。


【ソムニウム:急速に冷却されると幻覚作用のある霧を排出するためそれを利用して”悪夢避け”の材料になる。】


【ラスコヴニク:あらゆるロックされたものの解除、または発見する効果を持つ。しかし存在は稀でそれを確認できる生物も僅かである。】


【マンドレイク:人型の根茎に花弁と赤い実をつけた魔法植物。魔法薬の材料となることが多く、個体によっては意志を持った生物となる。人間では確認不可能な植物も発見することがある。】


「へぇ、全部が全部あいつみたいに動くわけじゃないのか」


「マンドレイクのことか?昔はそうだったが今はほとんどのマンドレイクが意志を持っているぞ」


ラウルさんが俺の独り言に反応する。弾かれたように顔を上げた。相変わらずこちらに脇目もふらず作業をしている。


(もしかして、悪い人じゃない、のか?)


「__なんで仕事あるのに寝るんすか。というかまた朝食チョコバーで済ましてたでしょ」


「食堂に行くの面倒臭い」


「昨日もそれだったじゃないすか。マリアさんにせめて二日に一度は食堂で朝食取るように言われてるじゃないんですか?また怒られますよ。いいんですかー?」


「ウッ」


隣の部屋からノエルさんとミシアが姿を現した。ミシアは痛いところを突かれたと苦虫を嚙み潰したような顔をした。


(あれ、さっき『師匠せんせいを起こしてくる』って言っていなかったっけ?)


しかし出てきたのはミシアとノエルさんのみ。それ以外の人物が部屋から出てくる気配はない。


「あ、さっきの少年。結局薬学室うちの研究員にするのかい?」


「あんた本当話聞かねーなー・・・。アシルが決断するまで薬学室の責任で仮所属ってことにするって。マリアさん説明してたじゃないですか、師匠せんせい


「・・・”師匠せんせい”?」


まさか__、


「そっか、アシルにはまだ言ってなかったよな。そう、この人が俺の師匠せんせい


「・・・・・・まじ?」


(逆ではなく?)


ノエルさんは十九。一方ミシアは見えても十三くらいの少女。兄妹、もしくはノエルさんが師匠の師弟関係というならば納得できるがミシアの方が師の方であるというのは信じる者はいるのだろうか。


「マジ、だ。ノエルはボクの助手で__」


「おい、雑談するなら他の部屋いけ。仕事の邪魔だ」


作業の手を止めることなく俺たちを一蹴するラウルさん。確かにこのままでは仕事の邪魔である。ノエルさんは俺とミシアに談話室に移動するよう促した。が__、


「相変わらず人を不機嫌にするのが得手だな、ラウル?君には愛想というものがないのかい?」


__一蹴されたのが気に食わなかったのかミシアがラウルさんに容赦なく噛みつく。


「他人から寄せられる好意なんざ興味ないんでね。それに不機嫌を買うのが得意なのはお互い様じゃないのか?それとも自覚がなかったか?それなら悪いことをしたなぁ」


負けじとラウルさんも毒舌で返す。お互い静かに諭すように高等な悪口を吐きあう。


(頭がいい人同士の喧嘩ってこんな感じなのか?)


「アシル、隣の部屋行くぞ」


ノエルさんはどうやらこの二人のやり取りには慣れっこなようで無視をして俺を隣の談話室に連れて行った











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