フィンディラ国営サリザド魔法研究所薬学室

揚げ茄子

少年と少年のプロローグ

(__意味が分からない)


 住んでいた家を出発して早三日。

 馬車を幾度も乗り換えやっと王都に向かう最後の馬車に乗ったと思った矢先だった。荷物と俺含め二名の客を乗せた馬車がなんと不幸にも盗賊に襲われたのである。

 護衛もつけていないヨボヨボの老人が御者の馬車はあっけなく主導権を奪われ行く先も王都から変更された。

 俺ともう一人の客(ローブで身を包みフードを深くかぶっているので顔がよく見えない。体躯からも男か女なのかわからない)は両手首をロープで括られた。

 盗賊の一人が俺ともう一人の人物の間に置いてある木箱に掌を向ける。掌から魔法陣が展開し木箱が炎に包まれた。


「反抗したらテメェらがこうなるからな」


 それだけ言い残して荷台から降りていった。

 目の前で燃え炭と化していく木箱、俺はそれに恐怖を感じ__なかった。いや、もし今の状況が三日前に遭遇していたならば己の身に危険を感じて恐怖で震えていたことだろう。しかしこちとら三日は移動しっぱなしなのである。ただでさえ王都に向かわなければならない憂鬱で気乗りしていなかったのに三日分の疲労、そして盗賊との遭遇である。正直恐れよりもイラつきの方がでかい。

 疲労がピークなことに加え心地よい馬車の揺れに眠気が引き起こされる。いっそふて寝してやろうかと思ったがそれが見つかって殺されでもしたらたまったもんじゃない。


(まじで意味が分からない状況だな)


 ハァ、と溜息を洩らした。





___事の発端は数日前。ある日養父にこう告げられる。


「王都に行ってこい」


「・・・は?」


 王都”サリザド”といえばこの国で最も魔力で溢れる場所だ。

 王城、騎士団本部、学院カレッジといった優秀な魔法使い達の集う都。

 幼少のころ一度養父に付いて行ったが正に文字通り”魔法の都”だ。

 鳥人の配達屋が空を飛行し、家で家事をこなす主婦が人差し指をすいっ、と一振りするとヘラがひとりでに規則正しく鍋の中身をかき混ぜる。肉屋の竜人の店主の謳い文句が通行人の視線を引き寄せており、酒場では一仕事を終えた騎士団の討伐隊の隊員らが酒の入ったグラスを片手に飲み交わす。頭上には箒にまたがった、学院カレッジの制服を着た若者が通過する。

 その光景に魔法使いの卵たちは目を輝かせ夢を抱く。しかし、


「嫌だ」


 当然拒否した。


「王都だったら養父じいさんが行ってくればいいじゃんか。昔働いてたんでしょ?」


「お前年寄りに遠出しろっていうのか」


「年寄り・・・」


 養父じいさんは御年五十を超える老父だ。しかし腰が曲がることはなく背筋は背中の中に棒でも埋め込んでいるのではないかと思えるほどまっすぐで、杖は持たずに模造刀を握っていることが多い。

 何故模造刀なのかというと養父じいさんは元騎士で今も近くの村の騎士見習いに稽古をつけている。除隊して十七年経つらしいが衰えはない。体つきも老人のそれとは思えぬような筋肉の付きようだ。


「自分のこと年寄りだなんて思ってない癖に・・・」


「ん?何か言ったか」


「イエ、ナニモ」


 小動物ならば気絶しそうな程鋭い眼光に睨まれて俺は口を噤む。

 用件は『養父じいさんの友人の墓参り』だそうだ。養父じいさんは騎士見習いのころから親しかった騎士の友人の墓参りを毎年命日に欠かさず王都まで赴いてしていたそうなのだが今年は代わりに行ってきて欲しいのだそうだ。

 面倒だしよりにもよって王都というのが重苦しいが養父じいさんにはここまで育ててくれた恩があるし、この人が嫌がらせや当てつけをしないことは一番理解している。悪意があっての頼みではないのだろう。そうなると無下に断ることもできない。

 墓参りだけなら、と俺は渋々引き受けた。王都にある菓子を土産に買ってやったら子供たち(俺より後に拾われた十一歳の女の子と八歳の双子の男の子が一緒に住んでいる)も喜ぶだろうしな、と俺は腹を括って王都に向かったのだ。



__が。




 意を決したのにもかかわらずこの仕舞である。家で溜息をすると陰気臭いとじいさんに叱られるのだがそんなのしったこっちゃない。今はもう溜息しか出てこない。


「ハァ・・・」


「ねぇ、君、怖くないの?」


 今まで一言も発さなかったもう一人の客が俺に声を掛けてきた。若々しい青年の声。男なのか。

 そう問うてきた青年の声も震えておらず何気ない淡々とした口調だ。


「うん。君こそ怖くないの?」


「いやいや、今にも怖くて泣きだしそうだよ~」


「言動が一致してないんだよなぁ」



 俺たちは外にいる盗賊たちには聞こえないように極力声を小さくして会話をした。


「ねえ、トール。俺たちこれからどうなるんだろうね」


「すぐに殺されなかったってことは売られるんじゃないかな」


(売られる!?)


「身売りって法律で禁止されているんじゃ・・・」


「人間が全員法律に従順だったら戦争なんてこの世界にないだろうね。人攫いなんて王都ですらいるよ」


 トールは王都に行ったことがあるようだ。いや、もしかしたら逆に王都に帰省している途上なのかもしれない。


「僕たちみたいに若い人間は獣人ほどではないけどそこそこにいい値つくだろうと思ったんだろうね。・・・


「え?」


 今、確かにトールは『僕たち』、と俺と自分を一括りにして言った。


「俺が”魔力なし”って知って・・・?まさか、君も__」


 世界でも有数の魔法大国”フィンディラ”。人口の約九十九,八五パーセントが魔力を持って生まれ、日常は魔法で溢れている。残りの〇,一五パーセントは魔力なしとして生まれる。

 魔法を使えるのが当たり前の世界でその”魔力なし”という稀有な存在は神から拒まれた存在として忌み嫌われているのだ。


「__うん」


 青年は被っていたフードをずらす。青年の顔が露わになった。ターコイズのショートヘアに好少年のような顔つきのなかにある女の子のように大きな瞳は、”魔力なし”だけが持つ黒色をしていた。








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