そして少年は一歩を踏みだす⑦
記憶を探っている傍らで俺の上着のポケットがもぞもぞと動く。
(あ、そういえばずっとポケットに入れっぱなしだった)
「ごめん、苦しかった?」
ポケットから顔だけ出したマンドレイク。マンドレイクは俺の問いかけに首を横に振る。
「それにしても君はなんでそんなに俺に固執するわけ?何もあげれるもん持ってないよ」
「?」
マンドレイクは言語が理解できていないようでただ首を傾げるだけだ。まあ、当然だろう。
談話室でブラウニーと呑気な時間を過ごしている最中、ノエルさんに植物園に行くと言われた際に勝手にポケットに潜り込んできたマンドレイク。全くの気配もなく神出鬼没だったそれに動揺しながらも追い出す気にもなれなかったので仕方なく放置でポケットに忍ばせたまま三人と共に植物園に向かったんだった。
マンドレイクがポケットの中でもがき始めた。
「なに、ポケットから出たいの?」
俺がマンドレイクの頭を鷲掴みにしようとする前に自力でポケットからその身を飛び出す。
「あ」
マンドレイクは空中でその身を翻し華麗に両足で着地する。そしてそのまま走り出してしまった。
「ちょっと!?」
(まさか薬学室から脱出するために俺についてきてたのか!?)
その線は有り得る。そうでないにしろこのまま放っておくわけにもいくまい。俺はマンドレイクを追いかけざるを得なかった。
「やべー、故意ではないにしろ勝手にマンドレイク逃がしたってバレたらまずいよなー・・・」
植物園を出て部屋と部屋を繋ぐ廊下へと出る。すれ違う研究員が何事かと走っている俺を見るが構わずマンドレイクを追いかける。マンドレイクは全長三十センチほどなので他の研究員には気にも留められていない。
(__というか足速っ!?)
なんとか見失わずには済んでいるが俺とマンドレイクでは歩幅に絶望的な差があるのにも関わらずそれを物ともせずマンドレイクは俺との距離を縮ませない。よく見ると足がものすごい速さで動かしている。
窓枠を越え建物の外に出る。一気に人が減る。人目が付かなくなったころ建物と建物の間の道と呼べぬような脇道へと入っていった。
こうしてみるとこの研究所の土地の膨大さ。それはそうか。
ノエルさんに軽く説明してもらったがこの研究所は王国の剣と盾の要、騎士団本部の一角なのだそうだ。広いわけだ。俺がいた田舎町の倍以上はありそうだ。
マンドレイクはその小さな体躯とは裏腹に機敏な動きをする。自分の身長よりも高い段差もひょいっと身軽に越える。
「どこまでいくんだ?」
疲れを感じ始めたその時、マンドレイクが足を止めた。
「ここは・・・」
この場所を認知している研究員はいるのだろうか、穴場と呼ばれるようなやけに静かな場所だ。そもそもここは研究所内なのだろうか。芝の中に一本の大樹が生命強く鎮座している。マンドレイクは俺にその位置を知らせるようにその場でぴょんぴょんと跳ねて見せた。
「?」
俺をこの場所に誘導したかったのだろうか。疑りながらマンドレイクのいる大樹の根元に行く。
「なんだ?」
マンドレイクは両手に石を抱え込んでいる。俺の手には収まるがマンドレイクにとっては十分な大きさの石。マンドレイクは器用にその石の角の部分地面につけひきずって
片膝をついてしゃがみ込む。
「
マンドレイクが地面に石で描いたのは図形の円。その図形が何を表すのか、熟考しようとする前に
(円の中に何か、ある?)
目をこすってみても物体があるようには見えない。けど、何故かナニカがそこにあるように感じた。
俺はマンドレイクが提示する円の中に手を持っていった。
「・・・・・・!」
指に感じた触感。その僅か〇,〇一秒に働く視感。脳内に電流が流れたようだった。物体に触れたことによりその物体の視覚化が可能になるという異常に脳もまた一瞬の
「な、んだこれ・・・」
思考が晴れるのには十秒の時間を要した。
「これ・・・、植物・・・?」
俺が触れたのは扇形の四つの葉が茎から一点同時に生え揃えている植物の葉の部分だった。俺は今日この植物と同じものを見ている筈だと脳内で鳴った。
「”ラスコヴニク”・・・!」
そうだ、その文字と一緒に並んでいた挿絵と瓜二つだ。魔法植物。確か、あらゆるロックされたものを解除する力を持つ植物。
「あ、これなら!」
(あの魔法が解けるんじゃ・・・!?)
俺はラスコヴニクを傷つけないように根を引きちぎらないように土を手で掘って軟らかくしてから引っこ抜く。掘っている最中にマンドレイクが俺の腕を伝って肩に乗っかってきたがどかそうとは、追い払おうとは思わなかった。
「ふう・・・」
俺は手のひらにあるラスコヴニクを見る。
特別に光っているとか変わっている色をしているとかはない見た目は特に異常のない植物だ。これが本物のラスコヴニクかどうかはあの人達に見せれば判明することだ。
「お前、このために俺をここまで誘導してきたのか?」
先程の状況を見てここまで案内してきたとしか思えない行動だ。マンドレイクにそこまでの知性があるのかは知らないが。
肩に乗っかっているマンドレイクは再び首を傾げる。とぼけているのか俺の言語を理解していないのか。肩から頭上に移動しようとしているマンドレイクを掴んで問い詰めたいところだがそこまで重要な事でもない。
俺は薬学室に戻る帰路を歩いた。
__薬学室の扉を開けるとそこには何やら話し込んでいる様子だった三人とマリアさんが。
「あ、すみません。なんかお取込み中でした・・・?」
集まる視線。とりあえず謝罪したが大事な話とかだったらどうしよう。
(ノックしてから入ればよかった)
「あ、お前!一人でどっか行くなっつったろうが!!」
その戒めよりも別の心配の方が必要だったようだ。そういえばそう釘を刺されていた。ここは潔く謝るしかない。
「そ、んな事言われてましたね!忘れてました、すみません!」
「清々しいほどの開き直りだな」
すかさずラウルさんのツッコミがはいる。謝罪ではなく開き直りと捉えられてしまった。
「アシルくんどこに行ってたの?」
マリアさんが安堵したように俺の方に寄って来た。どうやら心配をかけていたらしい。
「これ、余計なお世話かもしれないですけど・・・」
これが詫びになるかどうかは分からないがラスコヴニクをマリアさんに差し出した。
(あ、手洗ってから戻ってくればよかった)
俺の指先は土で汚れていた。そんなことをぼんやり浮かべているとラスコヴニクを見たマリアさんが「これ・・・!」と驚嘆の声を上げた。
(お?)
「もしかしてそれ”ラスコヴニク”か!?」
手元を覗き込んできたミシアが飛びついてきた。どうやらこれはラスコヴニクで正解だったようだ。胸を撫で下ろした。
「けどそれ、どうやって・・・」
「あ」
マンドレイクを無断で薬学室から持ち出した(?)ことがバレても大丈夫なのだろうか。
「えっと、それは__」
どう説明するべきかと言い淀んでいた時、肩で蠢いたそれ。薬学室に戻ってくる前にポケットに入れといたマンドレイクがひょこっと顔を出した。
「い、いつの間に・・・」
魔法を使って移動しているのだろうか?神出鬼没というか奇想天外というか。そんな不規則な生き物は能天気に俺の肩にしがみついている。
「それ
怒られるの覚悟で本当のことを言おう。マンドレイクの頭を優しく撫でてラウルさんの問いに頷いた。
「こいつに見つけてもらったんです」
寡黙する一同。
(やっぱり、まずかったかな)
もう一度謝罪をと口を開きかけた俺の前にラウルさんが俺の肩に手をのせた。
「よくやった」
「!」
その瞬間、自分の胸に何かがこみ上げてきた感覚があった。
「なんで上から目線なんだ?」
「うるさい。ミシア、次の発注仕事代わってやるから
「お、言ったからね。ちゃんと覚えてといてよ?ノエル、銀の鍵準備してくれ」
「はい」
水を得た魚のようにテキパキと動き出す三人。
ミシアとノエルさんは俺から受け取ったラスコヴニクと一緒に小釜で煮て緑色に変色した銀でできたカギを持って小植物園へと急いだ。カギを魔法陣に向けると鍵穴が浮上、それに挿して鍵を回すと光が飛散して魔法陣は消滅した。引き戸に手を掛けるとドアは何の造作もなくスライドできた。
メデラを一定数採取し二人は既に魔法薬作成の準備を完了したラウルさんに渡した。ここから先はラウルさんの仕事。補佐としてノエルさんを(無理やり)共に別室に閉じ籠った。
それによりなんとか一難去ったようだ。
「ありがとう、アシルくん。助かったわ」
土で汚れた手を洗って帰ってきた俺にマリアさんが差し出してくれたタオルを受け取る。
「いえ・・・、見つけたのは俺じゃなくてこのマンドレイクですし」
マンドレイクは俺自身もしくは俺の肩が気に入ったのかその場所から一向にどこうとしない。
「その子もすっかり貴方のことを気に入ってるみたいね」
「俺も驚いてます。マンドレイクってこんなに人懐っこいんですね」
「__ねぇ、アシルくん」
肩から腕を伝って俺の膝に移動するマンドレイクをマリアさんに渡そうと捕まえた時、マリアさんが口を開いた。
「やっぱり君、薬学室で働かない?」
_______________________________
【ラスコヴニク】
あらゆるロックを解除する能力を持った植物です。これは創作ではなく、調べると出てきます。見た目の描写が出てきますがラスコヴニクはブルガリア語でデンジソウという意味だそうでデンジソウの見た目を参考にしています。
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