そして少年は一歩を踏みだす⑥

「あ~~~~~~~・・・」


「おい、助手に片付けさせてサボるんじゃない」


「いてっ」


ソファにうなだれていたボクをラウルが本で頭をはたく。


「ボクはさっきまで君のために魔法の解析してたんだからまず労うのが先じゃないのか?」


ソファの背もたれに後頭部をのせて背後にいるラウルに顔だけを向ける。逆さまになった景色にいるラウルと目が合う。

ラウルは溜息を吐いてポケットから取り出した何かをボクに放り投げる。

空中でキャッチしたそれは可愛らしい柄の包み紙に包まれた飴玉。


「それでいいか?」


(こいつ・・・)


菓子一つでなだめられると子供扱いで馬鹿にされている気分だ。というかこいつのことだからそうに違いない。


「あれ、アシルのやつどこ行ったんだ?」


余った薬草を保管庫に片付けていたノエルが執務室に戻ってくる。


「いないのか?」


「そうなんですよ、談話室にいなくて」


ノエルに言われて、そういえば、と彼の存在を思い出す。

植物園から薬学室に帰ってきた際にはいたような・・・、いや彼の姿を見ていないな。


「一人でどっか行くなっつったのになー・・・」


ノエルは参ったというように後頭部を掻く。


「なら放っておけ。それでトラブルに巻き込まれたら自己責任だろ。あと一時間で帰ってこなきゃ探しに行けばいい」


「ツンデレか?」


「は?」


そんないつも通りの戯れをしていた時、__カラン、と錆びた金属が揺れた音が鳴る。


『__オツレシマシタ』


「うわっ」


余韻もなく消えた音の後、火の粉を散らしながら現れたにノエルが肩をビクリと跳ねさせる。


「ああ、お疲れ。”クク”」


ラウルに”クク”と呼ばれたのはラウルの使い魔ファミリアである”ジャック・オー・ランタン”。

五十センチほどの大きさの子供のような姿で紺色のズボンとシャツを身に包み、頭にかぶさっている大きなカボチャの(人間でいう目の位置に)三角形にくり抜かれた穴の奥にある光が淡くそして妖しく揺れる。

ククはカボチャの頭を傾けて一礼をしてから火の粉を散らして姿を消した。


「__ただいま」


「マリアさん」


入れ替わるようにマリアさんが薬学室の扉を開ける。


「植物園に鍵が掛かっているって?」


マリアさんは小脇に抱えていた書類を執務机に置く。


「ああ。僕もミシアも解けない魔法やつがかけられていた」


「ミシアにも?魔法解析が専売特許のミシアができないなら私にも解除できないだろうね」


マリアさんに目を丸くするノエル。


「え、マリアさんにもできないことがあるんすか?」


「ミシアの”魔力感知”はだからね」


「あ、あとアシルがいないみたいなんだけど」


ボクは挙手してから言った。


「あら。彼、一人にしちゃ危ないんじゃない?」


「でも魔力がないからボクも探知できないんだよね」


ボクの”魔力感知能力”は常人よりも敏感で特別なのである。微弱な魔力も察知できる程の”完全に感知できる範囲”はあれど僅かな魔法反応も知覚でき、魔法使いの魔力の差異を認識することも可能である。

しかし、彼の場合魔力がない(といっても”魔力なし”にも微弱な魔力は流れている。アシルにも多少の魔力があるのは確認済み。だがソレがミシアボクにとっての”完全に感知できる範囲内”(=ミシアを中心に半径二メートルの距離)になければ感知できないのである)ので探知ができない。


「”ベル”がいれば匂いを辿らせることもできたものだけどな」


「”カルタ”ちゃんと出張中だからね。で、ラウルくんは納期の延長をしたいってことよね?」


「ああ」


十を言わずとも察しのいいマリアさんはラウルが頼む前に彼の言いたい事をを理解したようだ。伊達に長年薬学室長をしていただけある。


「どこからの発注依頼?」


「本部の第二部隊からだ」


(うげっ)


師匠せんせいって割と顔に出ますよね」


「知っているか?人間にとって快・不快は一番単純で身体的反応から定義しやすい感情なんだ。つまり不快で顔を歪めるのは人間らしい行動といえる」


「早口で何言ってんのか分かんないし」


「不愉快」という文字を具現化したような顔をした。


「・・・がマリアさんに向ける視線気色悪いから嫌なんだけど」


「別に第二部隊に報告に行くのは私だけで平気よ」


「それが嫌なんだってー」


ボクは思いがけずソファから立ち上がった。

とは第二部隊隊長の”ドミニック・ディゴート”。騎士でありながらも少々横暴で喧嘩っ早い節があるが実力は自他ともに認めるものがあるので隊員からも慕われている、らしいが、ボクはそいつが嫌いだ(ボクの場合他人とはソリが合わないことが多いので好んでいる人間の方が限られるが)。

酒や女にだらしない面があるらしく以前よりマリアさんにはスキンシップが過度でやけに口説こうとしてくる。

元よりマリアさんは天女のような愛想にそれが内面から主張する美しさの面容と華奢な手足に魅惑的な体躯を持っているので男女問わず視線を寄せ集め特に異性からは邪な感情を向けられることが多かった。

ディゴートはそれが顕著に滲み出ているのだ。


(あと、今日は騎士団にはディゴート以上に嫌な奴に遭遇しそうだし)


「でもこればかりはね」


「報告だけならラウルが直接行けばいいじゃないか。副室長なんだし問題はないだろう?」


「お前本当マリアのことになると感情的になるのな」


「べーつに。ボクはただこの際に君が他人とのコミュニケーションをとれたらっていう気遣いだよ。あいつには君のぶっきらぼうさが相応だよ」


「毎度毎度自分を棚にあげて僕の振る舞いを貶すのはやめろ。お前を嫌ってる人間の名前を一人一人挙げてやろうか?」


「そうだね、至極興味ないけどお願いしようかね?無下にしたら君が可哀想だし」


「あ?」


「は?」


「__マリアさん、師匠せんせい連れてアシル探しに行ってもいいですか?」


「あら、ノエルくんがこういうのに自分から名乗り出るのは珍しいわね」


「俺は最初から面倒見のいい好青年じゃないっすか」


双方引かぬボクとラウルさんの言い負かし合いにマリアさんとノエルはどこ吹く風とこちらを見向きもしない。というかいつもの如く、仲裁も抑制もしない(ボクとラウルは出会った頃からこの調子で喧嘩の仲裁をされたのなんて最初の数ヵ月だけだった)。


「あ、そんなことよりマリア。結局聞けず仕舞いだったこと聞いてもいいか?」


ボクといがみ合っていたラウルがはたと思い出したようにボクからマリアに視線を移し替える。

ボクとラウルの口論は隙あらば繰り広げられるが大体三分と経たずに前兆もなく終わる。このように。


「ん?」


「あの”魔力なし”は__」


バンッと突如けたたましく大きな音を立てる扉。

ボク含め四人の視線が一斉に一点に集まる。


「あ、すみません。なんか取り込み中でした・・・?」


そこにいたのはこちらの心配など意に介さず何事もなかったと顔に書いて帰ってきたアシル。


「あ、お前!一人でどっか行くなっつったろうが!!」


そのアシルに一番にアクションを起こしたのはノエルだった。


「そ、んな事言われてましたね!忘れてました、すみません!」


「清々しいほどの開き直りだな」


「アシルくんどこ行っていたの?」


とりあえず他の研究員や騎士に危害を加えられたりはしていないようだ。マリアさんはそれに安堵したように彼に歩み寄る。


「これ、余計なお世話かもしれないですけど・・・」


アシルが何か植物のようなものをマリアさんに手渡す素振りをした。マリアさんはその植物が何かすぐに分かり「これ・・・!」と驚嘆の声を上げた。


(なんだ・・・?)


指先が土で汚れたアシルの手に握られていたのは扇形の四つの葉が茎から一点同時に生え揃えている植物。その植物は、あらゆるロックされた魔法・物体を解除する力を持つ特別な植物。


「もしかしてそれ”ラスコヴニク”か!?」


思いがけずボクはマリアさんとアシルの元へ駆け寄る。


「”ラスコヴニク”・・・!?」


「なんすかそれ?」


ノエルがきょとんとした顔で首を傾げる。

ノエルが知らないのも無理はない。ラスコヴニクは魔法植物に一類されどその存在を視界に捉えることができる者はいないに等しい。魔力感知にも引っかからないのでボクでも探すのは困難だ。文献には記されているがもはやラスコヴニクは伝奇に等しい。


「けどそれ、どうやって・・・」


「えっと、それは__」


どこから説明しようかと言い淀んでいたアシルの肩に何か蠢くものが見えた。そしてひょっこりと顔を出した根菜類の姿をした生き物。


「それ薬学室ウチのマンドレイクだよな?」


彼の肩に乗っかっていたのは今朝彼に懐いた節を見せたマンドレイクだ。アシルはラウルの問いに頷いてマンドレイクを優しく撫でる。


「こいつに見つけてもらったんです」



_______________________________



【ジャック・オー・ランタン】


ジャックオランタンといえばカボチャの提灯ですよね。妖精のジャックオランタンも同じようにカボチャの頭をしていて、手に持っているランタンで旅人を迷わせてどぶや沼地へ入り込ませて災難に合わせる妖精です。




















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