第一話2 元傭兵の実力

 『チェイン』催眠魔法の一種。対象の思考の一部を縛る。

 催眠魔法の中には、隷属魔法とも呼称されるものもある。


「お前の暴力衝動を封じる」


 アダプトンがそう告げると、ブリズンはドサッと音を立て倒れてしまったのだ。

 催眠魔法は脳に干渉する魔法でかなり負荷をかける。よって、ブリズンは脳の再起動により気絶してしまったのだ。


「さて、そろそろ行かないと間に合わんな」


 そしてその場を足早に離れ、学園へ歩を進めた。

 アダプトンが通う学園はエドワルド学園と言い、この国でも高峰な方だ。


「こんな場所にあの餓鬼が入学できたのが謎なところだ―――――」


「アダプトン・ジェルへスマン」


「またか」


 今回二度目の呼び止めに、少々の憤りと面倒臭さを感じ語気が荒げる。

 背後から姿を現したのは、この学園の教職員の一人。古代魔法学担当ニードル・ヒュアハイマー。

 アダプトンはそちらの方に体を向ける。


「まただと?遅刻だというのに何だその言い方は。学園の慈悲を受けて通えている平民風情が調子に乗った言い方をするか。恥だ。貴様は学園の恥だっ!」


 朝からアダプトンに絡む人間の口から出てくるのは、罵声、罵声、罵声とそれだけだった。


「チェイ―――――」


「ニードル先生。そこまで」


 声が聞こえたのはまた背後からで、その声はどこか聞き覚えがあった。


「っ!」


 そこにいたのはエルモットだった。

 その姿を見て衝動に駆られたアダプトンだったが―――――。


「エルモット、校長先生。おはよう、ございます」


 寸前のところ、かろうじて抑えることができた。


「はい、おはよう。ニードル先生、平民の生徒でも学園の生徒と変わりありません。皆をフラットに見て頂けるかな」


「エルモット先生。肝に命じておきます」


「あぁ。頼んだよ」


 そしてニードルは、アダプトンを横目に校舎へ歩きだした。

 それを見るだけでも清々しい気持ちになれたのだが、再びエルモットへ視点を移し、再び憎悪の念に駆られる。


「じゃあ、僕はこれで行くよ。また何かあったら言いなよ」


 そう言って立ち去ろうとするエルモット。その足を止めたのはアダプトンだった。


「エルモット、先生。放課後に用があります。その際は校長室に訪れるのでお願いします」


「あ、あぁ、分かった。空けておこう」


 そしてアダプトンは、エルモットをそこに置き自分の教室へ駆けるのだった。

 学年はどうやら一年で、入学したての用だ。そしてクラスは平民が集うクラスZ。

 平民と貴族では知識量が違うとの配慮故らしいが、実際は差別的意味があるのだろう。


「こんなボロならそう思われても仕方ないよな」


 貴族の校舎は純白の壁から成っているが、平民の校舎は違った。木造建築で二階建て、まともな掃除が施されていないように見える。そして、片隅にポツンと建っているだけなのだ。


「エルモットのやつ、平民もフラットに見ろだ?だったらこの現状をどうにかしてほしいものだ」


 この格差に落胆を隠しきれない。

 そして校舎の中へ入り、教室に入室した。中に存在している目は全てアダプトンに集中した。

 だがそれには動揺しない。傭兵をやっていた当時、当たり前に遅れていたからだ。

 ドア前に立っていたアダプトンに最初に声を掛けてきたのは、丸眼鏡を掛けた冴えない男性、もとい担任で魔法術式の担当のフィルザ・コルバンドだった。


「お、来たね。ジェルへスマン。早速実技テストだ。防護ローブを着用して訓練場へ行こうか」


「ローブ、っ!」


「ほぉう。さては忘れたな?まぁ、良い。予備を貸してあげよう」


「あ、ありがとう、ございます」


「さぁ、移動しようか」


 すると一斉にローブを鞄から取り出しそれをまとう。

 ローブを忘れたアダプトンは、フィルザから手渡された他生徒より少し古いローブをまとい後に続く。

 訓練所は屋外で、手前には雨風をしのげるほどの屋根と、そこから数十メートル先には人形が数体配置されていた。


「よぉーし、では順番で並び基礎属性の四つの魔法をそれぞれ打て。あと、アダプトンは遅れたから一番目立つ最後な」


 フィルザは、悪戯に笑みを浮かばせて見せる。

 それにアダプトンも何かを思い付いたかのように笑顔で返した。

 次々と魔法が放たれ、魔力計測器から出た紙をフィルザが生徒に渡していく。

 そしてついに、最後の番になった。


「良いぞぉ―――――」


 フィルザからの許可が出た瞬間、爆発音が辺りの空気を響かせた。


「ちょちょ、え?ん?」


 フィルザは困惑した。勿論他の生徒も全員唖然としていた。

 当然だ。アダプトンは元は最恐の傭兵ヒスタルクなのだから。

 魔法とは自分の中の魔力を使うやり方と、体外から魔力を取り込み放つやり方の二つがある。

 例えアダプトンの魔力が低かろうと、体外から取り込むやり方を知っているアダプトンにとっては、魔力が無限も同等だった。

 そして、アダプトンが次の魔法を放とうとした時。


「ちょ、ストップストップ。ドゥドゥ」


 それをフィルザは止めた。と言うより止めなければならなかった。

 何故なら魔法が通った後は地割れが起き、生徒の魔法を耐え続けた人形は塵一つなく消え去ったのだから。

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