2スラ カモナ マイ ホーム! スライムさん

草原を抜けると、すぐ田舎道にブチあたる。

人が歩いた跡はあるが、車などの轍はない。


「おぅ、フォークスさんちのベルちゃんじゃないか。」


ちょっと年逝ったオッサンの声が上の方から聞こえてくる。

字面的にもうすぐ逝くのだろう。


「おー?」


ベルが見上げると、箱型の浮遊物。藁やら果物やら謎の箱が積んである。

車輪と馬を取っ払った荷馬車が高度1mくらいを飛んでいる。

御者席に当たるところは、ハンドルとレバーが付いている。


「おうまのおじちゃん、こんいちわ!」

「はい、こんにちは。なんだい、お散歩かい?」


このオッサンは、近所の牧場主。

競走馬の生産者で名馬を何頭も世に出している著名なオッサン。

お話に全く関係ないので今後語られることはない。

じゃあ近所のオッサンってだけでいいじゃん!と思うだろう。

しかし。差別イクナイ。


「つんつんしてきた。」

「ははは、相変わらずスライムが好きだねぇ。」

「ぼふってするよ!」

「そうかい、これからおうちに帰るのかい? なんなら乗ってくかい?」

「んー、いい。まだぼうけんする!」

「そんじゃ、気を付けて帰んなよ? 暗くなるまで遊んじゃダメだぞ?」

「うん。わかったー。ばいばーい!」


蒼く透明な物体には触れもせずオッサンは箱型の浮遊物、

否さ空飛ぶ荷車を駆り、道の上をスイーッと滑っていった。

まぁ、おもちゃか何か持ってたと思われたんだろうね。


「すらいむさん、おしゃべりしないね。」

「そりゃ、スライムさんが喋れること知られると面倒だからな。」

「んゆぅ?」

「珍しいスライムだー、ってつかまっちゃうかもよ?」

「それはたいへん! まもらないと!」


ポケットからカブトムシの幼虫を取り出し、スライムさんへ宛がう。

どうやら守りを固めているようだ。

幼虫はモゾモゾしている。

成虫だったらモガモガチクチクして大変になるところだった。


「べるんちねー、あっち!」


唐突に幼児は彼方を指さす。

支えを失ったカブトムシの幼虫がフリーフォールしそうだが、スライムさんにしがみ付いて耐えている。

さすが昆虫の王者、の幼虫。いやさ昆虫王子。

あ、落ちた。


「おーい、カブト落ちたぞ。」

「あ、ほんとだ。」


救出された王子はポケットへポイッと。扱いはぞんざいである。


「おうちいくー。」

「おう、連れてけ連れてけ。」


テクテクと道なき道を歩む。

そう。とっくに田舎道から逸れているのだ。

それが幼児クォリティ。


そして、丘の上にある、白い屋根の小さい家

――庭に白いブランコがあって犬が飼われている――

を通り越し。


黄色いハンカチが万国旗のように張り巡らされている家

――幸薄そうな婦人が誰かの帰りを待っている――

の庭を横切り。


ついに!

新たなツンツン小枝を拾った。


「なんでだよ!」

「んふー♪」


ベルは満面の笑みである。

早速、よそんちの柵の根本にある水色まんじゅうが餌食に。


 つんつん


 ぼふっ


「んふー♪」


ライフワークなのでやらざるを得ないのだ。

そして発見した犬フンを…


「待て、それは待て。それより家に連れてけ。」

「おー、おうちいく。あれおうち。」


危険物のツンツン阻止という偉業を果たし、ベルが指さした方に視線をやる。

スライムさんに目はないが。

なんか2階建てだけど領事館くらいデカくない?

なにこれ。薔薇の垣根?

クマの形に剪定された植木あるよ?

いるでしょ?執事とメイド。

そんな家がデデーンと鎮座しておりました。


「…でかいな、おまえんち。」

「おへやでかけっこできる!」


えっへん!と胸を張るベル。

うん。胸を張るレベルのご自宅でございますね…。

何か、温室あるっぽいね。あるですか。はい。


さすがに門番はいなかったが、門が薔薇のアーチになってたり、庭に花が咲き乱れてたり芝生がグッドデザイン賞ってくらい整備されてたり何より門から玄関までが遠い。


「ただいまー!」


バターンと扉を開く。元気良すぎだ。

しかし造りの良い扉には何のダメージが入らない…だと!?

チッ。


「おかえりなさいませ、お嬢様。」

「ただいま! じいや!」


爺やと呼ばれる老齢な執事のお出迎え。たぶんセバスチャン型執事だろう。


「冒険は如何でしたか?」

「うん! たくさんぼふってしてきた!」

「それは、よございました。して、随分綺麗な戦利品でございますなぁ。」


執事さんはベルが拾ってきた物は戦利品と呼んでいる。

そりゃ、蒼く透明なゼリーっぽいナニかを抱えてれば目立つよね。


「すらいむさん! おうちにつれてきた!」

「そうでございますか。ではスライムさんをお部屋においてから、手をお洗いになって下さいませ。」

「はーい!」


基本、一般的なスライムは人畜無害であるため、持ち帰っても咎められることはない。

危険性がない上、その内どこかへ行ってしまうので放置が安パイである。


放置。

いい加減放置し過ぎだが、今さらながら空飛ぶ荷車について説明しよう。

なんか、宙に浮く石に魔力を注ぐと浮いたり沈んだり、を動力にしている。

魔力って言葉出すだけで怪しかろうが矛盾があろうがファンタジーで片付くのだ。

だから、空飛ぶなんたらが主な交通手段の世界だ。以上!


「てをあらうー♪ てをあらうー♪ あたったー♪」


手を洗ってきたベルはご機嫌に歌っている。最後はあらったと言ったつもりだろう。

ここはベルの部屋。20畳くらいはあるだろうか。5歳児に割り当てるにはどうかと思う広さである。


部屋には蓋のない木箱が沢山置いてあり、拾ってきたいろいろなものが山となっている。今日の戦利品で追加盛りマシマシだ。王子がもぞもぞしてるぞ!

適当に放り込まれて扱いがぞんざいなのがアレだが、キチンと決められた場所に置いているところは評価すべきであろう。

サルの腰掛、謎の木像、なんかのタネ、しいたけの原木。

いろいろと拾ってきている。…原木?落ちてないぞ、普通。


そして、スライムさんは。

積み木やらが入ったおもちゃ箱の上だ。

プルンプルンの身体でなかったら積み木の角がじっくりチックリして気が気ではないだろう。

手を洗いに行くベルが、「すらいむさん、ここねー。」と置いていったのがこの場所だっただけだ。


よもやオモチャ扱いなのでは?と気を病む必要はない。

それは、スライムさんだからだ。

そう、世界中のどこもが彼のための場所なのだ。前話参照。


「ベル、おまえの部屋メッチャ広いじゃねーか。」

「ひろいよー。いっぱいおけるよ。」


無論、拾ったものが、だ。

そして、ベルが手に持っているのは口の広いビン。

スライムさんをロックオン。


「お? なんだ?」

「うーん、うーん」 ギュウギュウ

「おいおい、入らない、入らないって! 」


ムギュリムギュリとビンの中へスライムさんを押し込むベル。

4スライム程度の圧力では入り切ることはないだろう。

40スライムくらいの圧縮率がなければ収めることは不可能だ。

何の単位か?スライムチカラじゃね?


「はいんないよ?」

「どう見たってオレの方がでかいだろうが! おまえ、詰め込むの好きだな!」

「すらいむさんのおうちー。」


なんと心優しき幼児だろう。無定形生物のために住まいを用立てるとは。

ここはホロリと涙する感動のシーンである。

タバコ屋のオタミ婆さんなどは「タバコの煙が目に染みていけないねぇ」と顔を背け涙を隠すであろう。


「いや、世界全てがオレんちだ。わざわざ用意する必要はないぜ。」


人間であれば、身体を斜めに構え咥えタバコで腕を組み、フッと笑みをこぼしながらの台詞だろう。

あるいは、片手で前髪をファサッとしながら閉じた目をゆっくり開いて流し目しながらの台詞。

女性ファンの失神者続出、黄色い声援が飛び交っていることだろう。


黄色い声援。黄色い…。なんか、クサそうだよね。字面が。


結局、スライムさんは何かの拾いものから染み出した、謎のシミが付いたクッション的なナニかが敷かれた籠に収まるのだった。


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