スライムさん

けろぬら(tau2)🐸

1スラ ティナイエストリン! スライムさん

良く晴れた午後の日差し。

郊外にあるこの草原はクローバーで生い茂っている。

春真っ盛りのぽかぽかと温かい陽気は思わず草むらで寝転びたくなる。

少し目をやれば所々に木々が生い茂る。遠くには森。

さらに向こうには山々が見える。


ああ、田舎ですよ? それがなにか? イヤなら帰れば?


と、都会人に対してやたら攻撃的な言葉を投げかけてきそうな原風景なのだ。


近所から遊びに来ているのであろう、5歳くらいの女児が枝切れを持って何かをツンツンしている。


 つんつん


 ぼふっ


「んふー♪」


 つんつん つんつん


 ぼふっ ぼふっ


「んふー♪ んふー♪」


何やら楽しそうにツンツンしている物体は、水色でボールが下半分つぶれたようなドーム状。This is a まんじゅう. You understand,OK?

そして、外部から刺激を与えると、内部に蓄えられた胞子を放出する。

そう、ボフッと。


この物体、スライムと呼ばれている生物の死骸として知られている。

刺激で繁殖用の胞子をばら蒔くのだ。

ふだんの彼等は、アメーバーの様に這いずり、大きくても手の平くらい。

プチリとすればベチャリとシミになる弱さ。

それが末期では、集まりドーム状になる。後はボフッと。


ご近所の5歳児は、亜麻色の髪に青い目を持ち、スカート前側にポケット付きのエプロンドレスを着た、THE西洋人な外見をしている。

ポケットは既にパンパンで、その辺で拾った適当な何かを適当に詰めている。

ご一緒しているカブトムシの幼虫が所在なくモゴモゴと。


 つんつん つんつん


 ポヨン ポヨン


「んふー?」


期待の「ぼふっ」が来ない。


 つんつん つんつん つつつんつん


 ポヨン ポヨン ポポポヨンヨン


「ぼふっしない……」


今なおツンツングリグリしながら落胆の表情を浮かべる女児。

よく見ると他と違い、サファイアの様な深い蒼と透明感が美しい。

だがそんなことは気にもせずツンツンチカラが次第に強められている。


「ちょっ、おまっ、力入れすぎ! もっとソフトに扱えや!」


時間が止まる。


「……。」

「……。」 オイ、ヤッチマッタナー


「しゃべったーー!!」


女児、目をキランキラン輝かせ、両手を上に挙げピョンピョン飛び跳ねる。

万歳仰天回転、もしくはバンザイウレシロールと呼ばれる48の感嘆技のひとつだ。

そしてスライムも途轍もなくダメージを伴う技を出した。著作権的に。


「ぷるんぷるん ボク、わるいスライムじゃないよ。」

「おーー♪」


思わず、ブフォッとなり尻アーナがヒュンッと飛んでく書く方が恐怖を誘う台詞だが、女児はそんな事情をしらない。

楽しさ爆裂である。再び48の感嘆技だ。被害は甚大。何度か踏まれる。

ぶにょん、と。


おもむろに女児はスライムを持ち上げる。


 ブチブチ モギリ ヒョイッ 抱き ぼふっ


春のあたたかい日差しに照らされキラキラ舞い散る胞子。

 

「へくちっ! へくちっ!」


胞子直撃による生理機能を確認できる良いお手本だ。教科書に載る。


「そっち違う、オレはこっちだ。」

「んにゅー?」

「あーあ、鼻水が盛大に出てるぞ。すすれ、すすれ。」


ズズズーとダーラリブラブラしていた鼻水がフィルム巻き戻しの様に格納されていく。

あまりは袖でナイナイされた。フキフキと。


「おー♪」


今度こそ蒼く透明な方のスライムを拾い上げる。

そして両手で潰すようにギュウギュウと。感触を楽しんでいるようだ。


「ちょっ、強すぎ強すぎ! もっと優しく握ってーな。」

「こう?」


今度は弱すぎ。手の中からスライムがフリーフォール。

ボヨン、コロン、コロンボヨン。

ボールのように少し弾みながら転がったのが女児の琴線に触れたのだろう。


「すごーい!」


 ボヨンボヨンボヨンボヨンボヨン


「ちょっ、待って待って! それダメ!」


蒼く透明に日の光を浴びて輝くスライムは修飾語を増やしながら、自分の上に座りボヨンボヨンする女児の凶行を諭す。

そう、子供の行き過ぎた行動は、大人がしっかりと正しい方向へ導かねばならないのだ!

 

「オレの上で跳ねちゃダメ! 中身出るから! プッチンするから! ピチュンするから!」

「えー、だめなのー?」

「そう、ダメ。オレがビチャアァってなるから。」

「そっかー」

「納得してくれて何よりだ。」


子供に解らせるには、大人の知識を子供の目線で判り易く話すことが重要だ。

類まれなる話術と経験からなる莫大な知識に基づき、友情・努力・根性を重いコンダラで引き潰すかの如く。

日輪の眼差しを浴びて煌めく水面の様に反射するナイフの表面を撫でるように蒼く透明な睡魔のスライムの説得チカラには誰しもがウンウンと頷くであろう。

修飾後で文章が出来上がるレベルの納得だ。

それからすれば、また持ち上げられてブヨンブヨン挟まれている現状は青春の香ばしい1ページ程度なものだ。

取り敢えず幼児にはアメちゃん渡せば8割は聞いてくれると知れ。

残り2割はアメちゃんに気を取られて聞いてない、だ。


「よし。いいか? オレの名は『スライムさん』だ。」

「すらいむさん?」

「そうだ。スライム、で止めるなよ。ちゃんと『さん』くれろや。」

「すらいむさん! すらいむさん!」

「おう、スライムさんだ。」

「こんいちわ! すらいむさん!」

「ああ、ティナ イエストリン! んで、こんにちは、な?」

「べるはね、まりあべる・ふぉーくす! べるなの! 5さい!」

「スルーか…。そっか、ベルか。イイナマエダナー。よろしくな、ベル!」

「はーい!」


微妙にネタなのか明瞭を欠く台詞を時たま垂れ流すスライムさん。

くるくると回りキャッキャと喜ぶベルがピタッと止まる。


「お? どうした。ポンポン痛くなったか?」

「ほかのすらいむさんはしゃべらないの?」

「はっはっはっ、他は只のスライムだ。オレはスライムさんだから喋るのだ!」

「すごーい! すらいむさん、すごーい!」

「おう、讃えたまえ讃えたまえ。」

「すらいむさん、おうちはどこ?」

「ん? オレんちか? そうだなー、夜には星降る天井、この緑なす大地全てがオレんちだ。」


野宿?とんでもない。自然の象徴たるスライムさんは、世界全てがスライムさんのために存在すると言っても過言だ。もとい、過言ではない。

しかし、幼児にはこの高尚な知性溢れる詩人の言葉を理解するには少し早かったのだった。


「すらいむさん、べるのおうちくるー?」

「んー、そうだな。たまには人の家に侵入するか。よし、つれてけ!」


スライムさんは何者にも縛られない自由な精神の持ち主だ。

人がそれを気まぐれと呼ぼうとも。 

人の精神では辿り着けない自由を持っているのだ。

ベルはスライムさんをその溢れだしそうなポッケに捻じ込む。


「いや、待て待てっ! 入らない、入らないから!」 ギュウギュウ

「うおっ! なんじゃ? モズのはやにえ? カナブンの死骸が! カブトの幼虫って生きてる生きてる潰れる!」 ギュウギュウ

「んふー、んふー」 ギュウギュウ

「……はいんない。」

「ポケット一杯だろ。入らんだろが。手でもて、手で。」

「わかったー。」


一路、家に向かうベルとスライムさん。

しかし、移動シーケンスに入った幼児をあなどってはいけない。

あっちへウロウロ、こっちへチョロチョロ。

より道わき道さんぽ道がデフォルトなのだ。

そして、また水色のつぶれまんじゅうを発見。探索の成果がここに集結した。


「すらいむさん、つんつんするのだめ?」

「いや、いいぞ。もっとヤレ。ぼふっするとスライムが増えるんだぜ?」

「おー、すごーい! つんつんする!」


 つんつん


 ぼふっ


「んふー♪」


楽しそうである。


「あ。うんこはっけん。」


何らかの動物の排泄物。少し時間が経っているのだろう。表面の水分は幾分失われ、硬さを増したかに見えるその様は、大自然を象徴するマストアイテムでもあるのだ。

幼児は言葉を選ばない。見たままを指し示すのである。

お下品が琴線に触れるお年頃。マストアイテムは恰好の遊具。


  それはベンというにはあまりにも大きすぎた

  大きく太く長く

  そして繊維質すぎた

  それは正にビッグベンだった

 

諸々の危険を孕みながらも幼児はさも関係ないかの如く、己の道を突き進む。


 あ、それっ つんつんつん


 つんつん ズブブッ ヌチョ


「んふー♪ んふー♪ んふ?」


どうやら、硬質な外皮に包まれてはいたが、まだ魂は熱く瑞々しさを保っていたようだった。

枝の先には、かの熱き魂を内包せし大自然が御宿りあそばされた。

そして、幼児の探索では、すでに新たな水色まんじゅうが発見されている。


 つんつん


 ぼふっ


「んふー♪」


「いや、ちょっと待とうか。つーか待て。」

「んにゅ? なにー?」

「その危険な物体がついた枝でツンツンはやめんさい。ぼふっの時、一緒に飛んでしまうわ。」

「その枝は、ポイしなさい。」

「えー。」


件の小枝は、迅速にポイされた。後にはショボーンとなった幼児が。


「あ、ちょうちょ!」

「おー、珍しい。カブキチョウアゲハだな。」


すでにショボーンは過去の事。

スライムさんを抱え、時たま落とし、キャッキャッと蝶々を追いかけるのだった。


「セラム ティナ イエストリン! ボク、スライムさん! 悪いスライムじゃないYO!」


『こんにちは』をアムハラ語で語るスライムさん。

そう、音感が良かっただけで特に意味はないのだ。


これがスライムさんの自由たる証である!


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