3、あがりが見えない(10)

「どうする? 電車、乗る?」


「乗らないと帰れない」


「帰ってどうするの?」


「どうもしない、いつも通りだよ」


「また怯えて過ごすの? 人を死なせたことを思い出しながら、静かに時間が経つのを待ってるの?」


「怯えてない」


「怯えてるよ。キミは怯えてる。目が見えなくたってわかる。キミは怖くてしょうがないんでしょ。毎日朝が来ると絶望してるでしょ。後悔しているでしょ。死にたくなるでしょ。昔に戻りたいって……そう思うでしょ」


「黙れよ」


「わかるんだよ。私だって同じだから」


「……は?」


「だって私とキミは、似てるじゃん」


「……やめろよ、ふざけんな。一緒にすんな」


「なんで一緒にされたくないの? キミは私のことが嫌いなの?」


「ああ、そうだよ。大っ嫌いだ。ぶっ殺してやりたいくらい……大嫌いだ」


「じゃあぶっ殺してよ。あの時後輩ちゃんをぶっ殺したみたいに、私のことだってぶっ殺して」


「なんだよそれ……。俺が、せっかく、誰がお前を助けてやったと思ってんだよ」


「そうだね、それは感謝してるよ。私がキミにあそこで再会しなかったら、きっと今頃知らない男に抱かれながら舌でも噛み切って死んでたかも。ま、でも今思えばそっちの方がマシだったのかなって、そう思うことがあるよ」


「僕と会わなきゃ良かったってのか」


「うん、そうだよ」


「なんだよ……なんでそんなことが言えんだよ。少しは嘘でも会えて良かったとか言えねぇのかよ」


「ふうん、そう。キミは私に嘘をついて欲しいの? だったら私はそうするよ。ずっとそうしてきたみたいに、本音は隠して建前だけで話そっか?」


「……ふざけんな、俺がそれでどれだけ苦しい思いをしたと思ってんだ!」


「でも今キミはそうして欲しいって言ったじゃん!」


「……違う!」


「違くない! 何も!」


「違う! 俺は……ただ……」


「……ずっと、生理がきてない」


「……は? 急になんだよ……?」


「殺人犯の親の子なんて、生まれてきたって不幸になるに決まってる。私たち以上に……不幸になる。生まれこなきゃ良かったって……思う時が絶対来る。自分の子供を……そんな風に生かしたくない」


「なんの話をしてんだよ!」


「あのね、本当のことを話してる。嘘でも、建前でも、なんでもない。私が思っていることと、私に起きていること、全部、本当のことを、今。どう?」


「どうって……」


 ホームにアナウンスが鳴り響く。一番ホームに八両編成の電車が参ります。


「ほら、電車が来ちゃう。せっかくだからキミのも聞かせてよ、電車が来る前にさ」


 美沙希は黄色い線の上で、両手を大きく広げた。


「キミがついてる嘘ってやつを、ここに電車が来る前に教えてよ」

 

 美沙希は一歩後ろに下がる。


「本当のことを……教えて」


 美沙希は広げていた両手を腹に当てた。


「私とさ、この子に……ねぇ、し、ま、く、ん。ちゃんと目を見て教えてみてよ」


 美沙希は頭に巻いた包帯を解いた。長い一本の白い包帯はゆらゆらと風に揺られて、美沙希が手を離すと宙を舞って飛んで行ってしまった。

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