2、ふりだしに戻ったら(9)
飲み会で見た美沙希は僕の知っている美沙希とは程遠い存在で、だから嫌いになれた。でも今僕の目の前にいる美沙希は僕の知っている美沙希にそっくりだ。風俗嬢らしく男性に媚びて優しく接してくる美沙希は、あの時の美沙希と同じだ。何度もお風呂に入るからだろうが、薄化粧なのも高校時代の美沙希を思い出させる。
そんな僕は今、そんな美沙希とヤっている。僕の上で上下に動く美沙希を下から見上げている。
なあ美沙希。もしここで僕が声を出して名乗りでもしたら、君は一体どんな反応をするのだろうね。
嫌がるのだろうか、それとも何とも思わないのだろうか。もう僕は今の美沙希の思考を、想像することすらできやしない。どれだけ優しい人間を演じて昔の美沙希に近づいたとしても、君の中身はもう昔の美沙希ではなくなってしまっていることを、悔しいけれど僕は知っている。知らなければ好きなままだったかもしれない。でも知らなければ嫌いになれなかったのだ。
結局のところどちらが幸せだったのだろう。美沙希に出会ったことが僕の人生を変えた。少なくともあの事件からは悪い方向に。
でもそれ以前は。ふりだしよりも前の僕の人生は、少なくとも幸せだった。好きな女の子と一緒に帰ったり、話したり、笑い合ったりしているだけで全てが満たされていた。それだけが僕の幸せを握っていた。だからそれを手放したら、もう僕の手元には何も残っていなかったんだ。気づいたら僕は何もないゴミクズになっていたんだ。
「ねぇ、お兄さん」
ただ静かに上下に動いていた美沙希の身体が止まった。美沙希の中にある僕のソレを抜いて、美沙希は不思議そうに僕の下半身を見つめる。
「やっぱり緊張してるの?」
その言葉の意味はすぐにわかった。さっきまで硬化していたはずのソレが力なく倒れていたからだった。それもそうだ。集中なんてできやしない。頭の中は美沙希のことでいっぱいだった。昔の美沙希がまるで走馬灯のようによぎるのだ。いなくなってしまった昔の美沙希が、僕の目の前にいるような気がしてしまう。わかってる。これはただ今の美沙希が昔の美沙希のような美沙希を演じているだけなのだ。心ではわかっていても、そう錯覚させる。
でも、錯覚できるなら。目の前の美沙希が昔の美沙希に見えてしまうのなら。美沙希が昔の美沙希を演じているのなら。
それなら僕は、ふりだしの前にいた僕を演じれば良いのではないか。それで得られる幸せは本物の幸せじゃない。僕が背負ってきた数年間は嘘じゃないからだ。でもそれで幸せすら偽ることができるなら、今僕はそうした方が良いのではないだろうか。
ゆっくりと、僕は後退する。踵を返してふりだしへ。一旦今までの数年間を無かったことにして、美沙希のことが好きだったあの日の僕へ、後退する。
こんにちは。
久しぶり、美沙希。
久しぶりだね、昔の僕。
僕のそれを右手で握りしめる美沙希をひっぺがして、僕は美沙希に自らキスをした。ボタンが外れていただけのシャツを脱ぎ捨てて、僕は美沙希の背中に両手を回して抱き寄せた。僕の全身を美沙希に密着させて、歯茎から喉の方まで、美沙希の口内を舐め回す。
「ちょ、き、急に……」
「制服はある?」
「……え?」
「コスチュームとか、ないのか?」
「セーラーかブレザーか……」
「ブレザー」
「うん、わかった。スタッフさんに、連絡するね」
美沙希は部屋にある電話で内線をかけブレザーを依頼すると、スタッフはハンガーにかかった制服を持ってきた。種類は3着あったがその中でも僕の母校のブレザーに一番近いものを選んだ。追加料金の二千円をスタッフに投げて、全裸の美沙希に制服を着せる。
そこに立っていたのは僕の知っている美沙希だった。もう我慢なんてできなかった。本能の赴くままに、僕は美沙希で遊んだ。あの頃、したかったことを全部した。手を繋ぎたかった。キスをしたかった。胸を弄りたかった。セックスだってしたかった。
だから全部してやった。
美沙希から出るあらゆる体液を、僕は口で味わった。
でもしたかったのはそんなことだけじゃない。
ずっと仲良く話していたかった。一緒に帰りたかった。美沙希のあの笑顔をいつまでも見ていたかった。ただ隣にいたかった。
できれば……美沙希に好かれたかった。
平沼先輩じゃなくて僕を選んで欲しかった。
美沙希のことを……純粋に好きなままでいたかった。
僕の下で突かれている美沙希は言った。
「お兄さんは……やっぱり実咲ちゃんが好きだったの?」
実咲のことを言っているのだろうが、話し言葉では実咲も美沙希も区別はつかない。どうしても美沙希と変換されてしまう。僕の前にいるのは、美沙希なのだから。
「スタッフさんに聞いたよ。みさきちゃんのことが好きだったって」
ああ、そうだ。
「みさきちゃん、可愛いもんね」
可愛いだけじゃない。それでいて一緒に居て楽しかったんだ。
「みさきちゃんのこと、今でも忘れられない?」
ああ、忘れられるはずがない。
「みさきちゃんが羨ましいな。お兄さんみたいな良い人に好きになってもらえて」
僕はずっと好きだった。
ずっと美沙希が好きだった。
「でもね、お兄さん。みさきはもういないの」
いる。今僕の目の前に。
「私が……みさきを忘れさせてあげる」
できるもんか。
できるわけがない。
僕にとって美沙希がどういう人間で、それでいて美沙希が僕に今まで何をしてきたか。嫌いにも、忘れられもしなかった。ずっとずっとだ。誰のせいだと思ってるんだ。
ずっと僕を苦しめてきたのは君自身じゃないか。
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