11 違和感

 今日もアルバイトが終わり、着替えてから外へ出る。一応表にいる西川さんに声をかけて帰ろうかと前の方へ周り、黒服姿の西川さんに声をかけた。


「おお地味子、お疲れ。」

「お疲れ様です。西川さん何時上がりですか?」

「さあな、多分三時過ぎじゃねぇの。あ、そうだ。イヤホンして帰るなよ。」


 また明日、と西川さんは手を振ってくる。握っていたイヤホンのケースをバレないように鞄の中へ入れて、私も軽く手を振ってから家の方へ歩いて行く。なんとなくイヤホンをしづらくて、西川さんから離れてもイヤホンはせずにアパートまで歩いた。

 酔っ払い同士が大声で陽気に話しているのを聞きながら歩く中、地面に水たまりがいくつか出来ていることに気づく。アルバイト中に雨でも降っていたらしい。お客さんが途切れなかったから気づかなかった。

 ぴちょん、水たまりを踏んだような音が後ろから聞こえてきて、なんとなく振り返る。後ろにはネオンと酔っ払い、それに電柱といういつも通りの風景だけ。


「……なんだろうな。」


 妙な違和感というか寒気を感じ、腕をさすりながらいつもより早歩きで歩く。やっぱりイヤホンしたい。なんか、さっきから足音が二重に聞こえる気がする。多分思い込みなのだろうけれど、怖い物は怖かった。

 早足でアパートの前まで着いたとき、偶然エリちゃんとは違う、左隣に住んでいる女性と出会った。


「随分遅い帰宅ね?あ、私もか……そうそう、大家さんが言ってたけど最近この辺りに不審者が出るんだって。なんか辺りをうろついてるみたい。」

「えっそうなんですか、怖いですね。」


 エリちゃんに聞いた歌舞伎町の女の子を狙った犯罪者のことを思い出した。それに、少し前お店の裏の入り口にいた男の人も思い出す。

 いつもなら不審者のことなんて対岸の火事だと思い気にしないのだけれど、どうしても違和感というか気持ち悪さは拭えず、部屋に入ってからもしばらくそのことを考えていた。



 地味子を見送り、摘発されない程度に客引きをしていると小太りのおっさんが、息を荒くして地味子の帰って行った方向へ歩いて行く。


「あいつどっかで見たことあんな……。」


 小太りのおっさんがせかせか歩く姿を見ながら、どこで見たのかと首を傾げた。


 次の日、オープン二時間前に店内の清掃や準備のために出勤してから三時間後。そろそろ地味子が出勤してくる時間だっけな、なんて思っていると急に買い出しを頼まれた。フルーツ盛りのフルーツが危ういのだとか。

 一度裏に引っ込み、買い出し用の金が置かれている金庫を開けているとドアの開く音が。


「あ、西川さん。買い出しですか?」


 お疲れ様です、と言うのは長い黒髪を緩く巻き、ハーフアップとやらにしている地味子。


「おう、フルーツが足りないんだと。」

「へえーこのスピードってことは今日客入りいいですね。」

「割と忙しいぜ。そうそう、俺今日の上がりお前と一緒なんだよ。送ってやる。」


 ええ-、いいですよと地味子は笑いながら更衣室へ消えていった。金庫から金を取り出し、スラックスのポケットに突っ込んで裏口から出る。

 裏口に出た途端、小太りのおっさんが立っていて少しびびった。


「黒服のアルバイトの面接にでも来たのか?それなら表の方から……。」


 俺が声をかけるとおっさんは驚いたのか、どこかへ走って逃げていく。なんだったんだ、あのおっさん。

 どこか見覚えのあるおっさんの顔を思い出しながら、フルーツを買って会計の最中、おっさんが誰だったのか思い出した。この間、地味子を見送ったとき、なんだか息荒めに歩いて行ったおっさんだ。


「なんであのおっさん、あそこにいたんだ?」


 奇妙なおっさんのことを気にしつつ、会計の終わったフルーツと余った金を持って店まで戻る。

 金庫に金をしまってからフルーツ片手に表に戻れば、どうやらかなり忙しいようでウエイター業をやることに。卓番、まだぎりぎり覚えてるとは言えないラインなんだよなぁ。


「卓番間違えても怒鳴んないでくださいよ。」

「はいはい、いいから行け。」


 店長とはまた違う、正社員らしい黒服に背中を押され表に出る。緊張はしないが、少し落ち着かない中お願いしまーす、とこちらを呼ぶ声が。

 呼ばれたところまで向かうと、あの小太りのおっさんと地味子が。なるほど、あのおっさん客だったのか。


「お酒同じので。」

「はいよ。」


 いつもより女っぽい声を出す地味子をどこか不思議に思いながら、オーダーを伝えに行く。オーダーを伝えにいけば、別の客への酒とフルーツ盛りが手渡され、またオーダーされ、という行為を繰り返す。

 

「延長お願いしまーす。」


 少し疲れたなと思ったとき、また呼ばれて表に戻り、声のしたところまで歩いて行く。その席はおっさんと地味子の席で、まだおっさんがいたのかと驚くしかなかった。延長をしてからさっき戻った場所へ戻る。


「地味子の客、随分延長すんなぁ……。」

「あー中野さん?葵ちゃんのことお気に入りなんだよね。」


 独り言を横にいた黒服が聞いていて、おっさんの名前を教えてきた。中野、中野って言うのかあのおっさん。


「葵ちゃん、いかにも頼めばやらせてくれそうな感じだしなぁ。まあ、店外全部駄目だけど。」

「ちょっと、あんまり店の子にそういうこと言わない方がいいっすよ。」


 なんだよ真面目だな、とケラケラ笑って黒服は酒を持って表に出て行った。地味子、端から見るとそういう女なのか。俺からしたら、愛想良くしているふりをして、常に人を避けているような感じだが。


「お疲れ様でした。」


 俺より少し後に上がった地味子が、少し疲れた顔で俺に声をかけた。店長によると、今日で五連勤中なのだとか。


「お疲れ。お前本当に固定客がいるタイプなんだな。」

「あー……そうなんですよ、有り難い話ですね。」


 本当に有り難いと思っているのか疑問なほど、辟易とした顔をして地味子は更衣室に引っ込んだ。

 地味子が着替え終わるまでスマートフォンをいじりながら待っていると、着替え終わった地味子が俺を見て、まさか待ってます?と疑うように聞いてくる。


「おう、送るって言ったろ。」

「いいですよもう、あー……つっかれた。」


 首をパキパキ鳴らし、俺の先を歩いて店を出て行こうとする後ろ姿を追いかけた。


「そういや、首鳴らすの結構やばいらしいぜ。」

「えっ!?そうなんですか。」


 片手で首を押さえて足を止めた地味子に、死ぬかもなーと笑いながら先を歩いて外へ出る。嘘でしょ、と言いながら追いかけてくる地味子が愉快だ。

 地味子とくだらない話をしながら帰路を歩いていると、なんだか背筋がぞっとして足が止まる。


「どうしました?」


 心配したように振り返る地味子になんでもねぇ、と言ってから地味子の隣に並んで歩いた。さっきの感覚、一体何だったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドブ川の宝石 野上純恋 @yunionmaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ