7 デジャブ

「瑠璃ちゃんは好きな作家とかいる?」


 プレゼントを選ぶ中、モール内の書店に用があるという一条さんと一緒に文芸書のコーナーにいたときのことだった。


「色々いますよ、文学部ですし。」


 古文はあまり読まず、読むのはほとんど近代文学の小説だが、広く浅く色んな作家の小説を読んでいる。いわゆる純文学的な作品から、映像化常連の作家の作品もとにかく色々読むため好きと言われると難しい。


「まあそうだよね、あっじゃあこの作家は?」


 一条さんが指を指したのは東堂傑の新書。平積みにされているが、いくつか売れているようでへこんでいるところが多い。


「もちろん好きですよ!今度のレポートは東堂傑の小説を使う予定ですし。」

「そういえば大学の図書館で読んでたね。」


 ええ、となぜか胸を張った。この会話にエリちゃんと話したことを思い出し、少々のデジャブを感じる。

 胸を張った私がおかしいのか一条さんは書店なこともあって、少し控えめではあるものの笑い声を漏らし、まさにクスクス笑った。


「わ、笑わないでくださいよ。」


 気恥ずかしいのと、やはり声を抑えても少し目立つようで書店にいる人からの視線を感じる。


「ああ、ふふっごめんね、可愛らしくて。」


 周りに気づいたらしい一条さんが、そんなことを言って声を出さないように努めて笑っていた。私はと言うと、明らかにからかっている可愛らしいという言葉で余計に恥ずかしくなり、勝手に頬が熱くなっていく。

 なんか変な感じだ。赤くなっているであろう顔を見られないように俯き、白い床を見ていると妙な気分になってきた。あの一条さんとなんだか普通の先輩後輩のように話しているのも、からかわれたりするのも。まるで昔の出来事がなかったみたい。


「もしかして、からかいすぎた?ごめんね。」


 俯いて黙ったままの私を怒っていると判断したのか、こちらを覗き込んできた一条さんが不安そうな顔をしていた。少し横を見ると身長を合わせるために腰を大きく曲げているのが目に入って、なんだか一条さんらしくなくて少し笑える。


「怒ってないですよ。そういえば欲しい本って見つかりました?」


 このままお喋りをしていると、プレゼント探しが終わらなさそうなのもあってそう声をかけた。一条さんはと言うと、あー……となんだか気まずそうな顔をしてから、ないみたい、となぜか小声で返事をしてくる。


「そうなんですか?」

「うん、ちょっと専門的な本だからかな。」

「あーそれならこういうモールにはないかもしれませんね。あ、あの端末で取り寄せ受け付けてるみたいですよ。」


 背の低い円柱が斜めに切られ、そこに端末がついているみたいな機械を指で指すと、一条さんは大丈夫と言って出口の方へと向かっていく。あれ……本、いいのかな。

 一条さんと本のことを気にしつつ、先を歩く一条さんの後を追いかける。なんだか少し歩くのが速い。

 そんな速く歩く一条さんに頑張ってついて行っていると、木目調でナチュラルな雰囲気が漂う雑貨店で一条さんは足を止めた。ああ、ここ、確かに女の子のプレゼントに良さそうなものが置いてありそう。


「ところで瑠璃ちゃん疲れてない?」

「えっ?」


 急な質問で驚いてしまい、あのお店に入らないんですか、とか聞くことが出来なかった。


「アルバイトが終わってきてくれたんだろ、なら疲れてるかなって。」

「ああ、なるほど。大丈夫です、それよりここ見てみませんか?」


 一条さんはなんだか残念そうに目を伏せてから、そうだね、と言って私の先を歩いて雑貨店の中へ入っていく。ううん、なんだろう。一条さんのことなんて元から少しも分からないけれど、今日は余計に分からない。

 頭を悩ませつつ後を追い、雑貨店へと足を踏み入れた。入った途端に柔らかく香るアロマの芳香が、いかにもナチュラルな雰囲気が売りの雑貨店らしい。こういうお店、あんまり来たことなかったなぁ。

 チーク材で出来ているらしい机の上に置かれているガラス細工がふと目に入った。青や黄色が混ざったような、ガラスの反射のような色をしたウサギのオブジェ。腕に巻いたブレスレットのワンポイントになっているウサギのチャームによく似ている。


「ねえ瑠璃ちゃん、これとかどう思うかな。」


 そのウサギを見て勝手に懐かしい気分に浸っていると、横から一条さんの声がして現実に引き戻された。店内にも店外にも人が多く、雑音の多い現実が目の前に広がる。

 なんとなく一条さんのウサギを見ていたのを見られたくなくて、慌てて一条さんの方へ目を向けた。すると一条さんが手にしていたのは、小さめなアロマディフューザーのセット。


「いいかもしれませんね、でも持ってたら邪魔かなぁ……。」


 プレゼントを渡すゼミの女の子が一体誰なのか分からないけれど、もしアロマ系が好きな子ならこういったものは持っている可能性が高い。そうなると、少し図体の大きいプレゼントのような気がする。


「確かに持ってるなら邪魔か……うーん何がいいかな。その子に高いものは困るって言われたんだよね。」

「高いものですか。」

「うん、なんか俺がかなり高いものを贈ってくるみたいな、変な偏見持たれてるみたい。」


 困った顔をする一条さんを見て、なんとなくその女の子が偏見を抱いてしまうことに納得をした。この国に住んでいるならほとんどの人は知っているような企業の跡取り息子から貰うプレゼント、となると確かにとても高価なものが贈られてきそうだ。


「まあ、そういうのは仕方ないですよ。あ、そうだ。物じゃなくて、お菓子とかどうですか。消え物だし、邪魔にはならないかと。」


 お菓子、と一条さんが頷く。ダイエット中の女の子が最近は多いものの、ある程度はみんなお菓子を食べている感じだし、なくなるプレゼントというのは地味に嬉しかったりする。……まあ、プレゼントなんてほとんど貰った経験はないけれど。


「確かここの近くの駅ビルに、マカロンが美味しいショコラトリーがあったはずですよ。」


 私は全く食べたこともないのだけれど、キャバクラで女の子達が話していた薄い記憶をたどり、さも自分が知っているかのように言ってみる。

 私自身、そういったものの知識が本当にないのものの、ブランド物の贈り物に加えてショコラトリーのギフトがくっついてくるときもあったりするから、それでなんとなく覚えていた。


「ああ、あの店か。うん、じゃあそこにしようかな。カフェスペースもあったし、そこで少し休もうか。」

「えっ、私も行くんですか。」


 もう買う物も決まったような感じだったし、ここで解散だと思っていた私は思ったことをそのままに口にしてしまう。一瞬残念そうな顔をした一条さんに、胃が縮まった。そういう顔を人にされるのは、どうにも苦手だ。


「付き合ってくれたお礼もしたいし、付いてきてもらえると嬉しいな。」


 なんだか申し訳なさそうな顔をする一条さんを断るなんてこと出来ず。


「うん、やっぱり美味しいね。」


 スタイリッシュで黒の艶々した壁と床に囲まれながら、チョコレートのためなのか少しひんやりする空調の中、笑顔の一条さん、そして一個八百円もするケーキと対面していた。

 久しぶり過ぎるケーキと値段に固まる中、一条さんはまるでいつものことのように八百円以上するコーヒーと一緒にケーキを楽しんでいる。


「食べないの?」


 九百円もした紅茶が入ったティーカップから立ち上る湯気の向こうにいる一条さんが、心配にも不思議そうにも見える表情をして私を見てきた。

 ケーキとドリンク代が怖くて目の前のケーキを食べられないなんてこと、とても言えるはずもない。


「す、すみません。ちょっと、こういうの初めてで。」

「あれっそうなんだ。んー……ちょっと待ってて。」


 一条さんはそれだけ言うと、机に置かれた二つ折りの伝票ホルダーを持ってどこかへ消えていってしまった。


「ごめん、お待たせ。」


 少しして帰ってきた一条さんの手に伝票ホルダーはなく、もう会計を済ませたことが分かる。


「あの、お金……。」

「付き合ってくれたお礼って言ったでしょ、気にせず食べて。」


 俺の方が先輩だしね、と一条さんは笑った。学食で奢って貰ったことを思い出し、それの比にもならない値段のケーキとドリンク代に気が引けつつ、これ以上食い下がるのも悪いかと思って感謝の言葉のみ伝えておく。なんだかすごく申し訳ない。

 しかし奢って貰った手前食べないわけにもいかず、恐る恐る食べてみたケーキはあまりにも美味しくて驚いてしまう。最終的に一条さんがからかうように笑うほど、私は美味しいと繰り返しながらケーキを食べた。

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