6 プレゼント

「ところで瑠璃ちゃんは明日空いているかな。」


 一条さんの私への態度に戸惑いつつ、視線から逃げるように黄金色のつゆが食欲をそそるうどんを啜っていたとき、一条さんがそんなことを言ってきた。明日は土曜日で、昼のカフェバイト以外は特に予定はない。


「夕方からなら空いてますね。」


 何も考えず返事をした後、うどんをもう一度啜ったとき自分の失言に気づいた。はっとして顔を上げると、左手で頬杖をついた一条さんがふーん、と言いながら笑っていて、私は頭を抱えたくなる。


「丁度よかった。今度ゼミの女の子が誕生日でね、それで誕生日パーティーをやるらしくて。プレゼントを選ぶの手伝ってくれないかな。」

「ぜ、ゼミの人たち仲いいんですね。」

「うん、割と。瑠璃ちゃんの友達の三田さんとかもいるし今から来たらいいんじゃない?」


 なんて無理なことを言っているんだ。無理ですよー、と笑う。この調子でいらない話をしているうちに、上手いこと話が流せないだろうか。


「で、明日平気そう?」


 そう思っていたのに、あっさり話を戻され返事を催促するように一条さんはこちらを威圧するみたいな笑顔を向けてきた。きっと威圧されていると感じるのは、自分の関知代なのだとは思うけれど、綺麗な顔をした人間の綺麗な笑顔というものはなかなか恐ろしい。


「だ、大丈夫です……。」


 もはやそれしか返事を出来るような言葉はなく、なんだか嬉しそうにする一条さんを私は様子を伺うように見ることしかできなかった。



 大学ではなく、新宿の駅のトイレでメイクと髪の毛のセットをしてからいつもの勤務地までの道を歩く。そういえば、エリちゃんが言っていたボーイとは今日会えるだろうか。

 少し気になるその存在を思いながら、イヤホンを耳に付けて道を歩く。最近女の子がよく犯罪に遭うんだっけ、エリちゃんのアドバイスを無視しているわけではないけれど、どうにも自分には被害が降りかからない気がして、イヤホンは外さずに音楽を聞いて歩いていた。

 店の裏口が見えてきたとき、スーツを着て帽子を被った見慣れない男がいて少し眉を潜める。もしや、あれが新しいボーイ?いや、でも身長は高くないし、体は筋肉の代わりに贅肉がついている。


「あの!」


 なにかよくない気配を感じ、スーツの男に声をかけてみると私の声に驚いたのか、こちらに顔も見せずどこかの路地へ消えていく。店長に報告しておこう。そう決めて裏口のドアを開けて中に入った。


「はよっす。」


 ソファーではなく、事務机の前に置かれたオフィスチェアに座った店長が気軽に挨拶をしてくれる。いつも通りではあるものの、店長のこの気だるげな挨拶はなんだか少しほっとするものだ。


「あの、店の裏に変な人いましたよ。裏って防犯カメラありましたっけ。」

「お、マジ?ついにうちにも来たのかあいつ。」


 なぜか楽しそう、というよりわくわくしている店長に、結構危ないと思いますけど、と釘を刺すように言っておく。すると店長は、それは分かってるよと相変わらずわくわくしたままだ。


「なんか聞いてほしそうだから聞いておきますけど、何か秘策とかあるんですか。」


 ずっとわくわくしている様子の店長の態度に、きっと何かがあるのだろうと踏んでそう質問してみる。


「よく聞いてくれたな!秘策ってわけでもないが、実は最近雇ったボーイ、ボーイ業よりもどっちかっていうと用心棒役として雇ったんだ。だからあいつの出番がありそうなのが少し楽しみなんだよ。」

「そうなんですね……。」


 なんとも言えない店長の言葉に苦笑いを返してから、私は更衣室に入って服を着替えていく。新しいボーイの話を聞くのはこれで二回目だけれど、今のところ分かっていることは身長が高く、筋肉がついていて、顔が整っている腕っ節の強い人というところだろうか。

 性格面の話は出てきていない。一体どんな人なのだろう、頭の中で想像図を描いてみようとするも、なかなか上手く思い浮かんでこなかった。



 約束の土曜日。今は昼のアルバイトが終わり、一条さんとの待ち合わせ場所に向かっている最中だ。スカートの裾が歩く度に、膝下で踊るように触れてくる。纏めて癖がついている髪の毛を下ろすような気分にはなれず、かと言って引っ髪も今の服装と合わない気がして出来る範囲でヘアアレンジをしてみた。

 アルバイト先から帰る時、女の子のアルバイト仲間に今日可愛いですね、なんて言われてしまったことを思い出し少し頬が熱くなる。男の人と出かけるのなんて初めてで、ある程度それらしくした方がいいのかと思い選んできた服を着て、髪の毛もメイクもいつもと違うようにした自分が恥ずかしくなった。


「あ、瑠璃ちゃん。」


 待ち合わせ場所について一条さんを探そうとした時、一条さんの方から声をかけられた。カジュアルではあるものの、明らかに高そうな服を着ている一条さん。いつも通りの服装だ。

 楽しそうに笑う一条さんの顔を見れなくて視線を落とすと、その先にギャザーの入ったくすんだミントグリーンのスカートが目に入り、勝手に気まずい気分になる。


「今日の格好よく似合ってるね。」

「あ、ありがとう、ございます……。」


 褒められて余計に気恥ずかしくなって、視線は彷徨うばかりだ。そんな私に対して、一条さんはあっさりと近くのショッピングモールへ行こうと提案してくる。私もそれに頷き、なんとなく一条さんの半歩後ろを歩いてショッピングモールへ向かっていた。

 そのあいだ色々話したものの、どれもいわゆる世間話的な話ばかりで実のある話はなかったような気がする。


「女の子って言っても好みは様々ですからね。」


 誕生日プレゼントを選ぶ前に女の子へのプレゼントはどんなのがいいと思うか、という一条さんからの質問に対してそんな風に答えていた。しかし、一条さんなら幾度となく女の子にプレゼントを渡していそうだが一体何に困っているというのだろう。

 そういえば、一条さんって彼女いるのかな。ふと浮かんだ疑問が、急激に思考のスペースを奪うみたいに空気が入って膨らんでいく。


「……どうかした?」


 心配するような、不思議そうな一条さんの声が横から聞こえてきて、膨らんでいた疑問という名の風船の空気が一気に抜けて萎えていく。なんでもないです、と笑って誤魔化し、二人で並んでショップを回る。彼女がいるのだとしたら、こうして二人で出かけているのが申し訳ないな、なんて相変わらずそんなことを考えたけれど。

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