ネイル

 光の扉を抜けた先で、今日はどんな獲物を狙おうかぼんやりと悩みながら地面の感触に意識を向ける。こうして歩きながら足裏や指先の小さな刺激に集中しているとよく小さなアイディアが浮かんでくる。それは取るに足らない恥ずかしい妄想だったり、昔どっかで見たことがあるような既視感があって採用しないことも多い。それでも浮かんだ瞬間に、脳みそが、心が喜んだという感触を得た時にはそれを少しずつ形にするようにしている。

 「あ~あ、早くなんか浮かんでこないかな・・・」

 無線も切ってるし周りには誰もいないから、わたしは思ったことをそのまま口にする。ひとり言なんて言ってるところを誰かに見られたら、恥ずかしくてもう顔見せらんないからいつもは抑えてるけど、今なら平気だよね。

 右手に持ったサブマシンガンはほんの少しだけ軽い。弾を込めて無いからその分少しだけ軽いんだ。戦場を弾も込めないで歩くなんて何を考えているんだと、よくナッキングさんやウーバに信じられないって顔をされるけど、わたしは別に狩りを目的としてるわけじゃない。浮かんだアイディアに従って動いて、その先に獲物がいたら狙ってみるだけなんだから、これでいいの。

 カチッ、カチッ、と空打ちするトリガーの金属音と草や土を踏む柔らかな感触、空いた左手はその場でタイピングでもするみたいに、薬指、中指、小指、中指、親指、人差し指と、次々と刺激が脳に送り込まれる。


 「毒で麻痺らせていい夢見させるのは、まだいい毒が浮かばないかなぁ」


 「それとも王道でいく?わたしなんかじゃもっと計画練らないと見向きもされないよね・・・また今度にしよ」


 「だとしたら・・・うーん・・・」


 パーーーン!!!

 そのとき、甲高い銃声と共にわたしの耳元で木がはじけ飛んだ。攻撃!?わたしはすぐさま木の陰に身をうずめて次なる攻撃を待つ。ここは弾数がものを言わせる世界。スパイ映画における駆け引きなど皆無なのだ。わたしも一応即席で弾を補充するが果たしてどこまで戦えるのか。疑問の答えを与える銃声を待っていたが、いくら待っても打ち込まれる気配がない。恐る恐る木の陰から先を見渡してみたが、わたしを追い詰めようと目を光らせた狩人はどこにもいなかった。

 でもさっきの攻撃はいったい何のため?

 その答えは消えた敵の代わりに、とてつもない存在感を放つ先ほどの銃弾が教えてくれた。取り出さなくてもその放たれる化合物の匂いでこれが何の類の攻撃だったのかがよく分かる。これは餌だ。甘ったるくて食欲をそそる旨みを覚えさせる特殊な匂いが多くの獲物、ひいては狩人までもが引き寄せられるのだ。つまりこれは撒き餌。「お前もこういうのが好きなんだろ?」という狩人の腹立たしい声が聞こえるような気がして、わたしは銃弾をぶちかましたい衝動にかられたがやめておいた。他人の狩りにケチをつけるのは狩人としての恥だ。たとえそれが受け入れがたいやり方であったとしても、それで狩りをする者、それで狩られる者にとってそれは、狩人の仕事に他ならないのだから。

 「まぁ、わたしはあんたらみたいのは多分一生、受け付けたりしないから」

 わたしは誰に聞かせるわけでもないのに一人見えない相手に対して、強がってみせた。狩人としては断然、相手の方が強いのは明白。それに見栄を張るなんてのは負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろうけど、わたしはわたしのやり方で勝負する。そういう狩りがしたいから。

 「さっ!集中集中。わたしもそろそろ始めないと」

 正しく狩られる思いをしたことで少しばかり焦りが生じてしまっていた。アイディアが全く浮かばないのに、左手が勝手にマガジンを手当たり次第に掴もうとする。そのほとんどに弾は込められていないというのに。

 「どうしよ・・・どうしよう・・・」

 頭を抱えてしまいたくなるような不安に襲われながら手を耳元に伸ばすと、指先にコツンと固い何かが当たった。

 「あ、そういえば無線切ってたんだった」

 無線のスイッチを入れようとしたとき、わたしの頭の中に刺激が落ちた。それは金属のボールとボールがぶつかったような小さな衝撃だった。でもその刺激はさらに次の刺激へと大きさを変えずに伝播していく。次はこっち、それからこっちと、新しく生まれたボールへと刺激が伝わる度に、わたしの頭の中には道が描かれていった。

 そうしたら自ずと選ぶべき弾が分かった。普段はあんまり使用しない種類だけど、使った経験は過去にある。実戦じゃなくて、お試し気分だったけどそれでも少なからず経験値はある。だからわたしにだってできるかもしれない。そう自分を奮い立たせて、マガジンを銃にセットした。銃弾の重みで緊張感が増してくる。

 でも大丈夫。だってチームのみんなだったらこう言うから、

 「戦場で緊張するのはワクワクしてる証拠だ」って。

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