オルフェとウーバの姉弟

 「それじゃあ、ウーバ。お姉ちゃん先に進んでるから、じゃあね」

 そう言って姉ちゃんは握ったショットガンを槍みたいにぶんぶん振り回しながらどんどん俺との距離を離していった。

 俺は悔しさを隠すようにそっぽを向いて返事をしなかった。俺だって戦えるようになっているはずなのに、まだまだ子供みたいに扱われるのが悔しかった。今日こそは少しでも多く獲物を仕留めてみせる、そう意気込んでボウガンを軽く持ち上げ胸に近づけた。自分の鼓動とシンクロさせるみたいに。


 いける・・・!

 数時間の間にヒット数は二桁を優に超えるし、確かな手ごたえを感じる機会も多くなった。俺は自身の成長に一人喜びを嚙み締めていた。

 その時、姉ちゃんから無線の連絡が入ってきた。

 「ザーザー・・・あー、もしもし聞こえる?ウーバ、聞こえたら返事して」

 「こちらウーバ、どうしたの?」

 姉ちゃんはに潜んでいるのか声を抑えていて聞き取りにくかった。俺は木の陰に身を潜めながら会話に集中することにした。

 「ちょっとね、大変な状況なんだよね」

 「なにさ、姉ちゃんが俺に助けを求めるなんて珍しいね」

 いつもなら持ち前の俊敏性とショットガンで一網打尽にした獲物の数を自慢してくる癖に。

 「まぁね。今回はあんたとも協力して一緒に狩りしようかな、って思ってさ」

 「ふ~ん、それでどうしたのさ?大変な状況って」

 「そうなのさ、実はね、それこそ大量確保ののチャンスっちゃあチャンスなんだけど、あたし以外にも狙ってた狩人がいてね。それでさ・・・」

 なるほど、つまり・・・

 「その狩人集団ごと一緒に狩っちゃいたいって、そういうこと?」

 「そうそう!やっぱりあたしの弟だ。考えることは同じだね!」

 考えることじゃなくて、姉ちゃんがしそうなことがいい加減分かってきたって話だけど、否定したらまたうるさくなりそうだったから受け流すことにした。

 「それで、狙ってるターゲットの数はどれくらいなの?」

 せいぜい獲物と狩人合わせても30ってところだろうか。

 「それがね・・・、4、5集団いてさ、それ全部とか・・・ダメ?」

 4、5集団!? 

 それはつまり、たった2人でチーム全員が囲い込まなければならない人数を相手にしようというのか!?

 そんなの無茶だ!と言おうとしたとき、姉ちゃんの声が俺の言葉を遮った。

 「無茶だってことは分かってるよ。そんな無理するくらいなら、お互いにベスト尽くした方がいいってことも」

 「ならなんで・・・?」

 「うん、最近ウーバの技術がどんどん上がってきてるの感じてさ、あたしももうお姉ちゃんらしくしなくてもいいのかなって思ったのよ」

 「え?どういうこと・・・?」

 「ずっとね、ウーバの分まで頑張ってきてたんだ。あたしはお姉ちゃんだからって理由で。でもさ、ウーバだってあたしがいなくても十分戦えるんだから、あたしだってちょっとは無茶しても問題ないよね?」

 「はぁ、問題ないって?俺が付いたところでどう変わるっていうんだよ!?」

 「変わるよ、あたしのスピードとウーバの頭があればね」

 なんだよ、それ。

 そんな理由が、自信がどっから湧いてくるんだか。

 俺はつい苦笑した。あんなことを言ってのける姉のことを、それを聞いて心臓がドキドキしている自分に。

 「どうしたの。呆れて言葉も出ない?」

 「そんなこと分かってるならはじめっから提案してくんな」

 「でもあんただって乗る気でしょ?」

 「なんでそう思うんだよ?」

 「だってあたしの弟だから」

 もう、それは聞き飽きたよ。

 「しょうがねぇ、分かった。やってやるよ」

 こっからまた始まるんだ。

 「よし来た!それでこそあたしの弟ってものよ」

 俺たちの姉弟の戦いが。


 「それじゃあ、いくぞ?」

 俺は用意した特製ボルトをボウガンにセットして狙いを定める。

 「オーケー、こっちはいつでもいいよ」

 こんなに上機嫌の姉ちゃんの声を聴くのは初めてだ。いつもこんな風に狩りをしているんだろうか。なら俺も楽しまないとな!

 引き金を引きボルトを空に向かって放つと、ボルトの尻から伸びたロープが高速で移動する蛇のような動きを見せる。その先は俺の腰に回されていて、これから訪れるであろう衝撃に耐えるべく俺は腰を落として心の準備を整える。もうすぐロープの残りがすべて空中へと舞ってしまう。ロープのスピードが落ちてしまってはこの計画は成功しえない。失敗か、と思った瞬間。

 「掴んだ!いっくよー!?」

 という姉ちゃんの声に続いて、骨盤を引き抜こうとしているような重い衝撃を受けて息が苦しくなる。それと共に内臓の浮く気持ち悪さにも襲われ、俺は一瞬こんな突拍子もない計画を考え付いたことを後悔した。それでもなんとか体勢を変え、下に広がる原生林にある程度の当たりをつける。まずは一本打ち込んで印をつける。それを空中に浮いている数秒のうちに残り四本もこなさないといけないのだ。本来ボウガンなど連射には向かない武器だが、俺は姉ちゃんのうえを越えようと必死に努力してきた。その成果は今こうして、素早いリロードと狙いを定める集中力として現れている。残り一本、もう真上に樹冠をのぞき、このままでは頭から地面に落っこちてしまう。俺は背筋を登る恐怖を無視して最後のボルトを放った。ボルトは水面すれすれを飛ぶ鳥のように木々の真上を滑っていった。

 あ、集中が切れたら結構やばいかも。

 そんな滑稽なことが浮かんで死をイメージした瞬間、今度は内臓を吹き飛ばそうとするような衝撃を受けて空中で吹き飛ばされた。

 今度はなんだ・・・?

 俺の理解が及ぶよりも先に柔らかに地面に着地する感覚がして、されるがままに肩から地面に降ろされるとたちまち腰から力が抜けてしまった。

 「大丈夫?怪我してない・・・?」

 見上げると心配そうにこちらを覗き込む姉ちゃんがいた。そっか、姉ちゃんが空中でキャッチしてくれたんだ。もし、姉ちゃんがキャッチしてくれてなかったらと思うとぶるっとした。それは恐怖でもあり、姉ちゃんのレベルの高さに驚いたからでもあった。

 「姉ちゃん、俺・・・」

 まだまだみたいだ、と続けようとした俺の言葉を遮り、姉ちゃんが大声で叫んだ。

 「ウーバ!すごいすごい!!よくあんな体勢で5発も打てたね。それに狙いもすごく正確だった、あんたの計画通り離れてた集団のほとんどがこっちに向かって来てるよ」

 俺は言おうとしたことも忘れてただ一言「だろ!?」と笑顔で答えた。今気にすることはレベルの違いなんかじゃない。姉ちゃんとどれだけ狩りができるかだ!


 「ウーバ!そっちに複数向かってる。狙い目だよ」

 「分かった。ありがとな」

 数分後には俺たちを中心に激戦が繰り広げられていた。俺が空中で放ったボルトに付けられた発振器の信号を受けて、周囲に拡散していた獲物とその狩人の集団が一気にこちらへ押し寄せてきたのだ。姉ちゃんが自慢のスピードでそいつらを追い立て、俺がボルトの罠で囲い込む。俺が次々とボルトを入れ替えている後ろではあらゆる方向からショットガンの炸裂が轟く。やっぱり姉ちゃんほどのペースにはまだ及ばない。それでも俺には俺のやり方がある。狩人の一人に打ち込んだボルトが、狩人に影響を与えて更に戦いが激しくなる。

 「あっ!待てこら!?」

 姉ちゃんの声に釣られて振り返ると獲物が俺の頭上を飛び越え後方へと飛び去っていくのが見えた。それを追う姉ちゃんの後ろ姿も。

 俺はそのとき姉ちゃんの本気を見たのかもしれない。獲物と同じ方向に進んでいたはずの姉ちゃんの姿はほんの一瞬で、いつの間にかその向きを変えてこちらへ優雅に歩いて来る姿に変化していた。驚いてさっきまで追いかけていた獲物を見るともう既に仕留めたあとだった。

 一体何が起きたんだ!?

 俺は自分の目を疑った。獲物を求めて背中を見せたその瞬間に、獲物を仕留めてさらに優雅な歩きを見せることなど可能だろうか?はじめからこちらに向かって歩いていて、実は獲物を追う姿こそ幻想ではないのか。俺はそんな有り得ない想像を巡らしながら実感した。

 「やっぱ姉ちゃんはすげぇ」

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