カゴウ親分とナッキングさん

 光を抜けた先は焼け焦げた大地が半径10メートル程度広がっている地点だった。まるで天から舞い降りた破壊の使徒ようだ。これもまた熾烈な争いによる戦火の跡だ。

 「さぁて、行こうかね・・・」

 腕の内側を伸ばすストレッチをしていると突き出た腹の内側が疼くのが分かる。お前たちもワクワクしてんのか?

 オレはシャツの隙間に指を滑り込ませ引き裂く。ブチブチとボタンが弾け飛んで、腹があらわになる形になる。だがそこに見えるのは真っ暗な闇、とぐろを巻くように中心に向かって収縮していくのは煙のように見えることだろう。

 オレがそこに手を突っ込むと、手首がすっぽりと隠れてしまう。温かいゼラチンのなかに手を入れているような感覚がする。その中で手をかき回して手の内を中心に渦を巻き起こしていくと、そこに魚の小骨くらいのなにかが生成されていく。次第にそれに冷たい金属、肌に密着する木製の感触、そしてズシリと腕にかかる重みが加わった。

 それを確かめたところで俺が手首を引き抜くと、オレの右手には大きく口を開いたラッパ銃が握られていた。銀色に輝く口の内側には爆炎で生じたすすの跡が残っている。

 右手に続いて左手を再び突っ込むと今度は、手榴弾よりも一回りほど小さい球体が生成されていく。左手にそれを三つ収めると一つをラッパ銃の銃口から滑り込ませセットする。

 弾を込めた銃を前方に広がる原生林に向ける。ドンッ!という軽い衝撃を受けて、緩い弾道が描かれていく。弾が樹冠の影に消えると、黒く染まった霧のようなものがずっと向こうまで一気に広がった。オレもまたその霧に飲まれたが、煙のように息が苦しくなることはない。だが、昼間から深夜へと様変わりしたような世界において自由に動けるのはオレだけだ。

 オレは残るには二発も前方と後方に一発ずつ打ち込んで、さらにフィールドを広げる。こうして前段階は終了、ここからは狩りの時間だ。

 早速前方に迷い込んだ獲物の影を感じ取った。獲物に気づかれないよう慎重かつ大胆に距離を詰めると、物陰から銃口を向けて発砲する。広範囲に広がった散弾は獲物に三ヶ所程度ヒットしたが、仕留めることはできなかった。

 しかし、これは連続ヒットの可能性が見えてきた。最初の獲物に続いて続々と獲物の影を感じ取った。まるで黒い霧と一体化したかのように、どこにどの程度の獲物がいるのか手に取るように分かる。

 オレはその方向へ走り出しながら、左手の中で散弾を生成していく。

 見えた!

 銃口が獲物を捕らえて、獲物を仕留めた。


 

 「あ~あ~、あんなに広げちゃって。ほかのメンバーの活動範囲ってもんをわかってるのかね?」

 私は樹林の生み出す天然のカーテンに隠れながら、黒煙が広がっていく様子を眺めていた。カゴウの奴、今日はどういう訳かテンションが高い。おかげでたった一人で何十人分もの獲物を独り占めする形となっている。あとであいつらに文句言われても知らないぞ。

 口にしたタバコを一度深く吸い、心の中でスイッチを切り替える。私も始めるとしよう。背中に回したスナイパーライフルを構え、原生林の中を見渡した。私には彼らのような戦いやりかたは出来ない。一点狙い撃ち、それこそが私のやり方なのだ。

 どこもかしこも銃弾の飛び交う耳障りな音が鳴り響く。ここにいてはどんな兵士も獲物になり得る。気を緩めないことが大切だ。

 おっと・・・これは。

 このような場において全くターゲットを当てられていない層が見つかった。それこそ私のターゲットだ。今ここにいる狩人のなかでも特に狙われにくいからこそ、守備が手薄になる。そこを私の放つ銃弾が襲うのだ。

 スコープを覗き込み、獲物の胸に照準を合わせた。

 引き金に手を置き、煙を吐き出すタイミングで力をこめようとしたとき、照準に映る獲物の意識が別の何かに向くのが見えた。疑問に思った私がその視線の先にスコープを向けると、濃い緑のなかにやけに目立つピンク髪を見つけた。

 あれは・・・ルーアか?

 首の後ろに編んだ髪を弾ませて走るルーアが前方の集団目がけて何発か発砲するのがスコープ越しに確認できた。しかし、あの子が普段狙うターゲットとは異なる獲物だったはずだが。ターゲット層を変更したのか?

 と思っていると、そのまま方向を転換してまたどこかへと走り去ってしまった。それこそ子供のいたずらのような行動だった。私は無線を通してことの真相を確かめることにした。どちらにしても襲われかけた獲物たちはちりじりにどこかへと行ってしまったのだから焦ってもしょうがない。

 「ザーザー・・・あ、もしもし!?誰だろ・・・?」

 「こちらナッキング、ルーア聞こえるか?」

 「え?え!?ナッキングさん!?どうしたの、狩りの途中で連絡なんて初めてだよね・・・?え?わたしなんかしちゃった!?」

 「落ち着け。一つ聞きたいことがあるだけだ」

 「な、なんでしょう・・か?」

 「ルーアは普段、わかいのを主に狙っていただろ?」

 「そうですね、わかいのが多いけど、見た目結構いってるのもたまにいたりします」

 「そうだな、ところでさっきお前がそれとは全く異なる獲物にちょっかいをかけてるところを見たんだが。あれはどうしたんだ?」

 「え!?・・・・・もしかして、ナッキングさん見てた?」

 急に慌てだすルーア。私に怒られると勘違いされてはこちらの株が下がるので誤解を解くことにした。

 「大丈夫だ、ルーア。獲物ならまたしばらくすれば集まる。散らばせてしまったことなら気にしなくていい」

 「うん?散らばる・・・あー!もしかしてナッキングさん狙ってた!?ごめんなさい、そうとは知らずに邪魔しちゃった」

 「いや、だからそれは気にしていないと・・・」

 「だからナッキングさん、わたしがナッキングさんの獲物狙ってたなんて誰にも言わないで!お願いします!!」

 「わ、分かった。誰にも言わないよ」

 私は訳も分からないまま約束を交わしていた。

 「ありがとうございます!じゃあ、わたしも狩りの続きに戻りますね。失礼します」

 こちらの挨拶も聞かずにぶつりと切られた無線のノイズを聞きながら、私は彼女の残した残響のようなものに浸っていた。

 

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