木箱

@Ak386FMG

 空が青く澄んでいる。王宮へ続く並木道の木々はそんな空に向かって、目一杯手を広げるようにたくさんの葉をつけていた。太陽の温かい日差しに照らされて一つ一つの葉が光っているようだ。並木道沿いにあるどの店も、それどころか、この町の建物にはほとんど高い建物がなくて、あるとすれば、最近町のシンボルのような存在となった商工会館くらいだった。それも、もうすぐ建て替えられて小さくなるかもしれないが。だから、空は頭いっぱいに広がっているのだ。

 私が並木道を歩いていると、真横を馬車がガラガラと音を立てながら、そして土煙を立てながら通り過ぎようとしたとき、ふと、マントを羽織った誰かが、あたりをキョロキョロしながら町のゴミ捨て場に何かを捨てるのが見えた。

 なんとなく怪しいと思って、その人の後をつけようと思ったが、馬車が通り終わって土煙が晴れるまでには、その誰かがどこに行ったのかまったく分からなくなってしまっていた。それでも、さっきその誰かがいたゴミ捨て場に行ってみると、この町ではあまり見かけないような木の箱が、まるで庶民の学校に初めて転校してきた金持ちの子どものように居心地悪そうに置かれていた。

 その木の箱がこの町では見かけないようなものだというのは、一目で分かる。これほどきれいにガーベラの花が描かれた箱が、こんな小さな町に住んでいる誰かが使うはずがないからだ。ガーベラの花は丁寧に、箱全体に描かれていて、箱をまるで包んでいるかのようだった。


 こんなものは、箱だけで相当な値打ちがつくに違いないと思ったが、それを置いていった者がそういう者なのか気になる。もしかしたら、危険なものが入っているのかも。それはともかく、本当に、いったいどういう人がこんな箱を捨てていったのか、気にならずにはいられなかった。


 とりあえず近くを歩いている者に、この箱に見覚えがないかを聞いてみる。しかし、どれだけ聞いても、みんな知らないなぁと答えるだけで、中には無視して通り過ぎ去ってしまう者もいた。

 王宮の方へ近づけば、例の商工会館もあり人もたくさんいるが、結局そこでも、成果は上げられなかった。もう少し協力してくれてもいいんじゃないのかと不満をもらすが、そうは言っても結局誰も相手にしてくれない。この箱の落とし主を探しているんですと言っても、誰も手伝ってくれそうになかった。


 並木道を戻っていって、商工業のエリアを抜けると、本や絵画、音楽を提供している店が並んでいる。この辺りは、何年か前から客足が少なくなってきたとはいえ、それでもこの辺りだけ活気がある。人数が多いだけでどんよりとしている王宮付近とは全く違っていた。

 私は、絵画を提供している店の主人に、この箱の落とし主を探しているんだがと問いかけてみると、その店の主人は奥からメガネを引っ張り出してきて物珍しそうに、木の箱を眺めていた。

「ほう。これはどこで拾ったんや? こんな箱今まで見たことないわ。ちょっと、ほれ、そこのお前さんも見てごらんよ」

 絵画の主人は、そう言って次々と人を呼んでは少し自慢げに箱を見せびらかしている。そして店に集まった人々は、この花はなんだの、こういう箱の作るときの技術がどうだの、これで一曲歌が作れそうだのわいわい話していた。

 すると、ちょうどその議論の後ろを通った一人の男性が

「あれ、その箱、なんでそんなとこにあるんや?」

 と言った。

「え、まさかこの箱を知ってるんですか」

 思わず、私は前のめりになってその男性に話しかけていた。

「知ってるも何も、今朝その箱を城の中へ届けてきたとこやわ。誰宛やったかな。いや、それは言えへんわ。誰にも秘密っちゅうもんがあるからな」

 私は、その男性にほかにもいくつか質問してみたが、この箱はやはりその男性が今朝王宮の中へ届けたものと一致しているようであった。

「この箱、誰かがあそこのゴミ捨て場に置いて去っていったんです」

「そうかぁ。まぁその辺は、俺もよう知らんわ」

 そして男性は、ほな気ぃつけてと言って立ち去った。


 男性が立ち去ると、店に集まった人たちは、誰がその箱を捨てていったのだろうかと議論を始めた。

「また、あの王様ちゃうか? 最近えらい厳しなっとるからな」

「せやな。城ん中の誰か貴族さんが持ってるの見つかって怒られたんちゃうか」

「もうほんまにきついで。なんであんな厳しくすんねや。ちょっとは許してくれたってええやん」

「まぁ。まだ王様も若いでな。国を強くしよう思っていろいろ肩に力が入り過ぎとるんやろ」

「そうはゆうてもな、ここの文化を捨てたら終わりやで。商業だけ、工業だけではやっていかれへんわ。世の中楽しみがないと生きていくのも無理やろ」

「まぁ確かに、そういうところに楽しみを見つけて発展してきたのが人間社会な気はするねんな」

 犯人捜しはいつの間にか王様ということで決めつけられてしまい、またいつものように愚痴の言い合いになってしまった。こうなると、ここの人たちはずっとこの話題で愚痴を言い合うのだ。それはそれで時間の無駄ではないかとは思うが、彼らにはそういう時間が必要らしかった。


 ともかく、私は王宮へ向かうべく来た道を戻っていった。王宮の前まで来ると、門兵が待ち構えていて、私が通るのを阻んでいるようだった。

 私は王宮の中まで踏み込むつもりもなかったので、ひとまず門兵の人に話しかけ、どうやらこの木箱は王様のものと思われるのだが、ゴミ捨て場に落ちていた。それを拾ったので、王宮の中まで届けておいてくれないかと話しかけると、門兵がじろりと私を見下して、木箱と私を見比べた後、中身を確認するぞといって、その場で木箱を開けてしまった。

 門兵は、木箱を開けると、中に何かが入っているのを見つけたらしく、「何だこれは」と言って中身を取り出すと、それは一枚の紙であった。しかもそれは、しわくちゃに丸め込まれたものだった。

 門兵はそれを開くと、一気に顔が引きつり、慌てて木箱にしまうと、私に敬礼して、くるりと振り返り、王宮へ向かって一気に走っていった。



 私は、唖然としていたが、ここで待っていた方がいいのか悩んでいると、いつの間にかそれなりの時間が経っていたようで、さきほどの門兵が戻ってきた。

「王があなたに会いたいと仰っている」

 門兵は、よほど全力で走っていたのか、息も切れ切れで、手をひざにつきながら、一言ずつ私に伝えていた。


 私は王宮にいた。そしてあの若き王に謁見している。王は、私以外の者に対して、ただ「下がれ」と命じていた。

「なんでこんなものを持ってきたんだ」

 ほかが全員下がったことを確認すると、王は私に言った。それは怒りがにじんでいるようなものではなかったけれど、確実に私を非難しているようなものだった。私は、自分の母がもうおなかがいっぱいだと言っているのに、まだまだあるよといって食べ物を差し出してくれたことを思い出していた。

「なんでこれを持ってきたんだ」

 私が答えに窮していると、王は、より強く、はっきりした声で私に言った。

「大切な、ものかと思いまして」

 私がそう答えると、王は、さきほどの箱からしわくちゃに丸め込まれた紙を取り出して、私のもとまで降りてき、そして、私の前に差し出した。

「これを読んでみろ」

 その紙は、手紙だった。母からの手紙。ご飯を食べてるか、体調はどうかそういう心配から始まり、大臣や騎士たちに助けてもらっているか、うまくできているかなどの心配が書いてある。

 そして、最後には、たとえ母の現在いる国と彼の国が争うことになっても、母はいつでも彼の味方である旨が書かれていた。

「それを読んでどう思った?」

「優しくていいお母様だなと……」

「優しいだと? 甘えるな。そういう甘さが命取りになるんだ。隣の国に行ったくせに今での私の心配をして。情けないじゃないか。

 我々には立場がある。それぞれに割り当てられた役割がある。そうやって各自に与えられた役割立場を全うすることで社会を作り上げていくんだ。社会の発展に必要なことさえしていればいいんだよ。それ以外は余計なものなんだよ。いらないものなんだよ。

 母は隣国へ行ったんだから、そこでの立場、役割を全うしていればいいんだ。なんで今になってまで私にかまうんだ。そういう手紙はもういらないんだよ。

 分かったら、とっとと持ち帰ってゴミ捨て場に捨てておいてくれ」

 私は、王がそうおっしゃっているときに握っている手が震えていることに気づいた。

「しかし、お言葉ですが、王のおっしゃっていることは矛盾しているのではないですか? 我々には立場があるというのであれば、王のお母様にも王自身の母との立場があるでしょう。そういうものは社会の発展にとって不要なものですか。

 そうでなくても、社会を作り上げたとき、人と人との関係は不要なものですか。すべて物質的なつながりによって成り立つものなのですか。

 私は、社会とは、まず人と人とのつながりがあって、そのうえでその人たちが共同して作り上げていくものだと考えます。確かに、人と人とがそれだけでつながりを形成し、深い関係を作ることができるとは考えません。しかし、金銭、物質的な何か、制度、その他さまざまなものがすべて、そのつながりを形成・維持・強化するための手段ではないのかと」

「ふん、そんなもの、結局お前の独自の見解にすぎん」

 王は、手紙をこちらに渡した時以降、結局こちらに顔を見せることはなかった。振り向く価値もないということなのだろうか。ただし、王は、最後に私にこう言った。

「まぁ、その手紙くらいはそこへ置いていけ。」

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