第55話 パワハラ

 アランとホワイトドラゴンのヤーボは、卵から羽化して20年程の相棒であり、10年ほど前に起きた宣戦布告で出征し、命からがら生還した。


 この大陸最強と名高いホワイトドラゴン種は、他のドラゴンの5倍の強度を誇る鱗を持ち、並の大砲を受け付けない程頑丈であり、速度も一番速く、吐く炎も威力が桁違いに強く他のドラゴンの鱗を溶かすほどである。


 零戦の20ミリ砲を寄せ付けないでくれと、下降を始めているヤーボを祈るようにして見つめている。


「来るぞ!」


 アレンの声で勝は我に帰り、上空を見つめると雲の隙間から弾丸が彼らの一群を目掛けて飛んでくるのが目に入り、ゼロの手綱を引き慌てて退避運動をする。


「この野郎!」


 グリーンドラゴンを駆る、チビでデブの兵士は、零戦に向かい炎を吐きつける。


 零戦の最高速度は560キロ程度であり、ドラゴンの速度は勝の体感では概ね500キロに感じており、小回りが利くために高速旋回をして炎から遠ざかり、雲の谷間へと消える。


(性能が違いすぎる、のかやはり……!? 機械の方が上……なのか? 降伏を……いや、俺は元の世界に帰るんだ!)


 勝は臆病風に吹かれている自分を無理矢理にして奮い立たせ、ゼロの手綱を引き、零戦を追尾するようにと合図を送る。


「あ! 馬鹿! 一人で突っ込んでもよ、勝てねえだろ!?」


 魔法石からはアレンの声が聞こえるのだが、勝はどうせ逃げようだとか、無理だとか泣き言を言うんだろうなと無視を決めており、雲の中にいるであろう零戦を追いかけていく。


 ゼロは速度を上げ、雲の谷間に入り込み、水蒸気の塊である白雲を突き切りながら零戦を探す。


「戻れよ馬鹿! どうせ墜とされんだろ!? ひ弱だし!」


 アレンは勝を煽りながらも、やはり同じ苦楽を共にして、半年ほどだったが莫逆の友と言っても過言でもない友人を護るかのようにして、勝の後に続いており、レッドドラゴンよりも速いグリーンドラゴンのフランクはあっという間にゼロに追い付いた。


「ひ弱とは失礼だな! 貴様に人を敬う言動はしないのか!?」


 勝は自分の相棒という垣根を超えた、弟のような愛情を注いでいるゼロがひ弱だと言われて腹が立っている。


「あ!? 怒ってんじゃねぇよ! それよか零戦はどこなんだよ!?」


「そうだ、何処にいるんだ!?」


(俺もこんなボンクラのいう事にいちいち腹を立てるだなんて、まだ子供なんだなあ……! 軍人失格だ、冷静になれ……!)


「グギャア!」


 ボンボンという音がゼロの腹部から聞こえ、勝は慌てて下を見ると、零戦が下降して上昇をしながら弾丸を発射しながらゼロ達に攻撃を仕掛けている。


「クソッタレ!」


 勝はすぐさまゼロの手綱を引き、濃い雲の谷間へと入り込む。


「この野郎!」


 アレンはフランクに炎を出すように命令をして、零戦に炎を浴びせかけようとするのだが、速度が速く、炎を突っ切り上昇して雲の谷間を抜けた。


 🐉🐉🐉🐉


 勝達が零戦と交戦している一方で、ヤックル達は別働隊としてゴラン国へと出陣している。


「首尾の様子はどうだ、ヤックル!」


 トトスは熱気球で、ゴラン国へのルートを先導しているヤックルに尋ねる。


「はっ、後10キロほどで到達です!」


 彼等から500メートルほどの高度をふわふわと飛んでいるヤックルは、かつて自分の師匠だったゴードンと一戦を交えなければならない立場になり、逃げ出したいのだが治安維持の一環として自分の親兄弟が迫害を受けるのだけは避けたいと苦渋の決断をしつつ、何かいい打開策はないかと考えている。


「あいつなんか、羨ましいわねえ。楽そうだし」


 熱気球の操縦は一見簡単そうなのだが難しい事を知らないマーラは、初夏の日差しを受けて背中から汗が出ており、シャツの胸のボタンを一つ外して掌を内輪がわりにして風を送っており、その様子を見ているトトスは煩悩に駆られるのだが、何とか堪えている。


「涼しそうね、しかし暑いわねぇ」


 ジャギーはカーキ色のシャツの胸のボタンを外して涼もうとするのだが、トトスは怪訝に咳払いをする。


「オモコ吸わない?」


「いいわね」


 彼女達は上官がいるのにも関わらず、無礼にもオモコを吸おうとしており、周囲はその様子を見て「怖いもの知らずだな」と若さ故の無敵ぶりをヒヤヒヤしながら見守っている。


「やめんか貴様ら! ここは戦場だぞ! ピクニックに来てるわけじゃない!」


 流石のトトスも堪忍袋の尾が切れたのか、あまりにも軽薄すぎる彼女達の言動を諌める。


「え、いやそのリラックス的な具合で……」


「ヤックルの煉獄もあるし……」


「たわけ! あんなクソ眼鏡野郎の煉獄なんざ使えても二発ぐらいだ! まだ修行が足らぬ! 貴様らには淑女としての立ち振る舞いはないのか!?」


 マーラ達は「クソ眼鏡野郎っていう発言は問題だな」と思いつつ、上官であるトトスの説教にシュンとなりながら、空を飛んでいて遠くまで歩かなくていいヤックルを羨ましそうに見つめる。


「な、あれは!?」


 魔法石から聞こえるヤックルの驚きの声に、トトスは何事かと息を飲み、敵の攻撃部隊がいるのかとヤックルの方を見つめる。


「どうした、なにかあったのか!?」


「得体の知れないものが……いやあれは、熱気球!? しかし、似ていても非なる……?」


 ヤックルは、自分が知っている知識や情報では判別できない、得体の知れないものを見て慌てふためき、混乱している様子である。


「落ち着け! 一体何が見えるんだ!?」


「……!? 巨大な風船のような……?」


「誰か! 双眼鏡を持ってこい!」


 トトスは魔導士から双眼鏡を受け取り、ヤックルの方を見やると、そこには横に長い風船のようなものが飛んでいる。


「な、なんだあれは……!?」


「やばいすよ、あれ……てか、もうこれとっとと降伏しちゃいましょうよ! やばいすよ!」


「バカタレ! 戦う前から逃げるだなんて貴様は童貞で非国民のクソ野郎だ! 兎も角その変なよくわからないやつを調べに行くぞ!」


「ひえ! は、はい!」


 マーラ達はトトスとヤックルの会話を聞いていて、凄いパワハラだなと苦笑しながら、降伏をした方がいいんじゃないのかと思い、仕方なく前へと進む。

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