第48話 正体不明の飛行物体

 雲一つない碧天の空の下、ヤックルは半泣きになりながら熱気球を使いゴラン国へと進路を取っている。


「裏切った、だなんて嘘だ……!」


 今まで生きてきた中で全幅の信頼を与えていた人間に裏切られたショックはヤックルにとって大きく、何故こんな事をしたのだろうかと気が動転しており、当人に真偽を問いただす為に、熱気球を駆ったのである。


 ヤックルは魔法使いの家系に生まれたのだが能力は低く、竜騎士に憧れてはいたが極度の近眼と体力不足であり、どちらかと言えば道具を作り、仕組みを研究するなどのエンジニア系の方に才能は秀でているのだが、家系がそれを許してはくれず、穀潰しの扱いを受け、戦争が始まり無理矢理軍隊に入れさせられたのである。


 上に3人の兄と姉はいるのだが、魔法使いの才能に秀でており、ヤックルは常に比較されており、親に無理だと言っても「泣き言を言うな」と一蹴され、嫌々魔法の勉強をしていた。


 勝達と知り合い、先の一件で最上級魔法の煉獄を覚えられ、ゴーレムを倒し、周りや家族に認められるようになったのだが、内に秘めた工学に関する情熱は忘れることはできずに、ゴラン国の技術享受を喜んで受けた。


 昔から憧れていた空への情熱は、熱気球を教えてくれたゴードンと知り合ったことで益々拍車が掛かり、激しい飛行で眼鏡を落とすことがない事が分かり、遂に自作した。


 ゴードンはヤックルにとっては実の兄弟以上のような関係だったが、盗難をしてしまった事を知ってしまい、何が何でも是非を問いただすと言う初期衝動に駆られて飛び立ったのである。


「ヤックル! 聞こえてるか!?」


「……!?」


 ヤックルは勝の声に気がつき、後ろを振り返ると、勝の乗ったゼロとアレンの乗ったオスカーが旋回しながら飛んでいるのが矯正視力0.7の目に飛び込んできた。


「戻れ!」


 勝はメガホンを片手に、ヤックルが帰還するのを求めている。


「お前命令違反だぞ!」


 アレンもまた、魔石に向かい叫んでいる。


「嫌だよ! ゴードンさんは何も悪くない!」


 ヤックルは首から下げた魔石に大声で叫び、熱気球の高度を上げるために燃料を入れようとする。


「……?」


 アイスキャンディのようなピンク色の物体がヤックル達の方へと向かい飛んで来ており、彼らは慌てて身構えをする。


「何だありゃ!?」


 アレンは、裸眼視力2.5の目で、アイスキャンディの発射源を見つめると、そこには鳥のような物体が飛んでいる。


「……!?」


 勝は、もはや神の領域と達した5.0の視力で、鳥のような物体を驚いた表情を浮かべて凝視する。


(あ、あれは……もしかして、いや、この世界にあるはずはないんだが、しかし、いや、あれを作る科学力はある筈は……!?)


「おい、ありゃ何だ!? あれもゴードンが作ったのか!?」


 アレンは頭に疑問符を浮かべながら、ヤックルに尋ねる。


「いやしらないよ、何あれ!? 鳥……!?」


 ヤックルは先程のピンク色の物体に、命の危険をひしひしと感じ、双眼鏡で発射源を見つけると、そこには今まで見た事がない物体が映っている。


「あれは……零戦だ!」


 勝は鳩が豆鉄砲を食ったように、呆気に取られており、自分が零戦だと言った後に見間違いではないだろうかと再度見やると、レジプロ飛行機のような物体が飛んでいる。


「ゼロ……!?」


「ゼロセン……!?」


 聞き慣れない言葉にヤックル達は唖然となり、上空を旋回している物体をただ眺めている。


「! 来るぞ!」


 そいつは、速度を上げて勝達の方へと向かってきており、勝達は刀を抜き戦闘体制に入る。


(やはり、零戦だ……!)


 勝の目の前には、かつて太平洋を飛び回り敵から恐れられた、ほんの半年前程に自分が乗っていた戦闘機、三菱零式艦上戦闘機と酷似した飛行物体が向かって来ており、ゼロに横に避けろと手綱で合図をして横にずれる。


「な、なんだこりゃ……」


 魔法石からは、アレンが不気味な物体を見て悲鳴をあげる声が勝の耳に聴こえており、彼らはやはりプロペラで飛ぶ兵器を見たのは初めてなんだなと勝はため息をつく。


 そいつは勝達の目の前を横切り、コクピットの中にいる操縦士はゴーグルで顔を隠しており誰が分からないのだが、中指を立てて彼等を威嚇し、栄発動機とよく似たエンジンをフル稼働して急上昇し、雲の中へと入り、追尾不能となった。


「勝! ヤックルは見つかったのか!?」


 魔法石からアラン達の声が聞こえ、勝達は我に帰り、ヤックルに帰るように顎で合図する。


「ワレ先程正体不明の飛行物体と交戦ス! あ、いえ、ヤックルは見つけたので連れて帰ります!」


 勝は旧日本軍式の無線通信で使う言葉を誤って使ってしまい、慌てて訂正する。


「正体不明の飛行物体とは何だ!?」


「それが、説明がしづらいので、戻ってから説明致します!」


「うむ!」


 アランからの通信は切れ、先程の飛行物体はどう見ても零戦だよなと勝は不思議に思いながらゼロの手綱を引き、ムバル国へと針路を取る。

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