第31話 援軍

 ヤックルは23年間生きてきて、自分の死に直面した事は二回目である。


 一度目は、風邪をこじらせて肺炎になり、魔道士に強力な治癒呪文をかけてもらい辛うじて回復した。


 二度目は、今、デルス国の兵士達がヤックル達の元へと襲来しており、頼みの綱のゴルザは槍で胸を突かれ、瀕死の状態なのである。


「ひええ! く、来るな!」


「おいお前ら! なんて事してくれたんだ!」


 まだ40代前半なのだが頭が醜くM字ハゲになり、無精髭が生えて腹が出ているその敵国の兵士は、20名程の師団のリーダーなのか、腕に紫色の紋章がつけられており、ヤックル達を睨みつけている。


「あぁ!? てめえらが戦争なんかおっ始めるからだろうが!」


 やや縮れた髪を肩まで伸ばしてオールバックにしている、義勇兵の10代後半の自軍の兵士は、若気の至りなのか、常にイライラしており、相手の感情を逆撫でしたらこの人数だったら速攻でやられるから穏便に済ませてくれとヤックルは内心ビクビクしながら彼を横目で見つめている。


「あぁ!? てめえらのようなヘナチョコ共が俺たちに勝とうなんざ千年早いんだよ! 早く降伏しろ!」


「誰が降伏なんざするか! こっちには煉獄を使える奴がいるんだぞ! おいヤックル、使え!」


 そいつはヤックルの魔力が枯渇したのを知らないのか、バックに大物がいて好き勝手やっているチンピラと似たような、怖いもの知らずの若造の気持ちでヤックルに煉獄を放つように顎で合図する。


「えええ! 僕魔力なんてとっくに尽きちゃいましたよ! だって煉獄を二発使っちゃったから!」


「この根性なし!」


 ヤックルとそいつのやり取りに、敵軍からは失笑が漏れる。


「がはは! そんなクソ眼鏡なんざ貧弱よ! 魔法が使えない魔道士なんざ赤子同然よ、ヘッジ司令は違うがな! 今てめえらの大将とやり合ってるが、楽勝だ!」


「な!? え!? 勝達が……!」


 ヤックルは折角の友人が命の危険に晒されているのを、自分の現状が気にならなくなる程に深刻に捉えている。


「これで貴様らは終わりよ! 神に最後の祈りでも捧げるんだな! やっちまえ!」


「魔法の力、思い知れ!」


 頭頂部がハゲ上がった冴えない風体の中年の魔導師は、ニヤニヤと笑い掌をヤックル達に向ける。


「……うん?」


「どうしたんだ?」


「魔法が使えない……!? 何故だ!?」


 その中年の魔導師は、この国が他の国々と拮坑できる、パワーバランスとなっている魔法が使えないのを酷く焦燥した表情で、何度も詠唱をしている。


「何だと!?」


 M字ハゲは、試しに自分も詠唱をしてみるのだが全く使えなくなっているのに気がつき、顔色がみるみる真っ青に変わっていく。


「それはねぇ」


 ヤックル達の後ろから聞き覚えがある声が聞こえ、振り返ると、ジャギーと兵士数十名がいる。


「魔封じの呪文はとうとう完成して、私も使えるようになったのよ。魔力増幅の魔石あるでしょ? あんたらの国に。それってね、うちの国にも昔行商人から入ってきてやっと探して、この国全ての魔法を封じ込めてるってわけ。なので、無駄よ、余計な抵抗は。とっとと降伏しなさい……!」


 髪をポニーテールにしているジャギーはドヤ顔で彼らにそう伝えると、次々と両手を上げて降伏している魔導師達が出てきており、この戦争の終結はそこまで遠くないんだなとヤックルは安堵のため息をつき、気が抜けたのかへたり込んでしまっているのである。


 🐉🐉🐉🐉


 「おらあっ」


 ヘッジの蹴りを勝は盾でガードするのだが、その盾はバキリと言う小気味良い音を立てて割れ、勝は壁に叩きつけられる。


 既にアランは一撃でのされてしまい気絶しており、マーラも貞操の危機を感じながらも必死に抵抗を続けていたのだが、強力な握力で胸を揉まれ肋を折られた衝撃で気を失っているのである。


「くそう……!」


 トトスは魔法を使おうとするのだが、違和感を感じており、手からは出るはずの氷結が出ないのである。


「がはは、魔力が尽きたか! 貴様は魔力がなかったからな! こうやるんだよ!」


 ヘッジは掌をトトスの方へと掲げるのだが、出るはずの煉獄が出ないのに違和感を感じている。


「!?」


「やはり、おじいちゃんもなのね!」


 蹴りで腕の骨が折れて蹲っており、防護魔法で身を守っていたエレナは、中級魔法の業火を浴びせようとしたのだが全く発動せず、あぁ、これは誰かが魔封じの術を使ったんだなと察する。


「魔封じの術か……! ええい、そんなもの、これにかかれば無力よ! むうん!」


 ヘッジは胸に埋め込まれた魔封石に念を送り、全身に紫色の煙を立ち込ませており、これは何かヤバいものがあるのではないかとアレン達は悪い予感に取り憑かれる。


「煉獄!」


 詠唱なしの煉獄がトトスの体に当たり吹き飛ばされ、壁にめり込んでいくのを勝は見て、これは多分即死だなと感ドレ。


「がはは! 魔封石の力で中和させればこんなものはわしには通用せん! この国の王は俺が殺したし! ワシがこの国の王だ! はは……んん?」


 トトスが突き飛ばされたところから黒い光が立ち込めており、勝達はこれはなんなんだと頭をこんがらせながらも光の刺す方を見守っている。


「トトスさん……」


「魔封石ならば、私も持っている……勝が使っている魔封剣を少し削り取ったものだがな……これで、立場は逆転したぞ……!」


 トトスの真剣だが、余裕のある眼差しを見て、これは命がけで何かをする目だなと勝達は察する。


「形勢逆転だと!? そんなものは、俺の前では無力……な、が……!」


 ビキビキと、神経が痙攣して緊張する音が部屋中に響き渡り、金縛りの術なのだなと勝達は分かった。


「ぐ……! この体では無理か……!」


 トトスはゲホゲホと咳き込んで口からドス黒い血を地面に吐き蹲っている。


「がはは! この術を使う気力と魔力は残りわずかだな! 魔力と気力は表裏一体、使った分だけが体に負担がかかるのよ! この術が解けたら貴様を……!」


「させないわ」


 エレナは覚悟を決めた表情で、ヘッジの前に立ち、魔封石に掌を掲げる。


「き、貴様、まさか、おい、やめろ……!」


「エレナさん、一体なにをするんだ?」


「私の魔法は、自分の命と引き換えに魔力を暴発させて敵の命を奪うもの。魔封石が使われた場合でも、それすら破壊する。私たち家族は自爆要因として、なにも知らされないままおじいちゃんや国家の実験台となって、お父さんとお母さんは体が耐えきれずに死んでしまった。私の命はもう長くはない、魔力が強すぎるのよ、この国すべての魔法使いの魔力を合わせたものよりも遥かに高いもの。……トトスさん、ゴルザさんはいいお孫さんです、私だけでなく社会弱者に対しても分け隔てなく優しくしてくださり住む家や仕事まで手配してくれました。ゴルザさんを助けてあげてください……!」


「げほっ……エレナさん、それだけはやってはダメだ、絶対にやってはならない。命を……限りある命は輝いていかなければならぬ……!」


 トトスは金縛りの術がかなりからだをむしばんでいるのか、ゲホゲホと肺病患者のような咳をしている。


「私の命は、この為にあるのです……! 世界平和を崩すものをなくす為に!」


(このままではヤバイぞ、魔封石を壊さねば。壊すにはどうやって……んん?)


 勝はふと、手にしている魔封剣を見やる。


「まてよ! エレナさん、そこを動かないでくれ!」


 勝は渾身の力を振り絞り、魔封剣を振り翳し、エレナの脇腹を軽く切り、魔封石に魔封剣をぶつける。


「……? それがなんだというんだ?」


 魔封石は紫色の光を放ち、ぱきりと音を立てて粉々に割れる。


 魔封剣は全く傷一つ付いておらず、勝はヘッジの胸を魔封剣で思いきり突き刺す。


 だが、筋肉に阻まれているのか、血は流れているものの、途中で止まっており動く気配はない。


「この金縛りの術が切れたら貴様ら皆殺しだ!」


「させないわ」


 空間がぐにゃりと曲がり、ジャギーの姿が現れる。


「ジャギーさん!」


 勝はジャギーという強力な援軍が来て、気分が落ち着いた様子である。


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