第2話 “テンシ”

「ついつい彼氏のことを考えちゃって宿題が進まないや。今、ケンジロウは何してるんだろう。ケンジロウも私のことを考えていてくれたらいいなぁ……。って、私は何を言ってるんだろう。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしい」


「ねぇ、ボクの姿が見えるようになった?」


「え? 今、誰かの声が聞こえたような……」


「ねぇ、今日はミカちゃんの誕生日で18歳になったからボクの姿が見えるようになったでしょ?」


「やっぱり、誰かの声が聞こえる……。お母さんとお父さんは車で買い物に出掛けていて、今は部屋に私1人のはずなのに。もしかして泥棒……?」


「いやいや、泥棒なんかじゃないよ。ボクは、ミカちゃんのことを赤ちゃんの頃からずっと見てきたんだから」


「キャー! 泥棒じゃなくて変態がこの部屋に隠れてる!」


「いやいや、変態なんかじゃないよ。もう失礼しちゃうな。ボクは天使だよ」


「キャー! 変態変態! え? 天使?」


「そうだよ天使。『ミカ』っていう名前は、天使のボクが付けたんだから」


「たしかに、私は天使に名付けてもらったって小さい頃からずっと両親から聞いていたけど、本当に天使なの?」


「ボクは天使だよ」


「じゃあ、そんなこと言うんだったら声だけじゃなくて姿を表せなさいよ」


「あれ? まだボクの姿が見れないのかなぁ。これならどう?」


「うわー、ビックリした!」


「やっとボクの姿が見れたね。ほらどこからどう見てもボクは天使でしょ?」


「いや、でもいきなり『ボクは天使』って言われても信じられるわけないでしょ?」


「お願いだから信じてよ。そこを信じてもらわないと、この先の話が全然進んでいかないんだから……。ほら羽も生えているし」


「あー! お父さんが言っていたように羽がモフモフしていてカワイイ! 本当に天使だ。信じる!」


「信じるんかい! まぁ信じてくれてボクは助かるんだけどね」


「天使って信じるよ。だから、写真を撮っていい?」


「写真?」


パシャッ。


「この本物の天使の羽の写真を、SNSに載せるの」


「そんなのダメだよ! 何をやろうとしてるの全く。今撮った写真、誰にも見せたらダメだよ」


「えー、映えるから良いと思ったのに」


「天使であるボクの存在は秘密なのに、どうして全世界に向けて発信しようとしてんのさ」


「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。SNSには絶対に載せないから」


「絶対?」


「うん。でも、私の家族には写真を見せてもいい?」


「まぁ家族だったら見せても良いよ。友達に見せるのはダメだからね! 彼氏のケンジロウくんにも見せたらダメだからね!」


「なんでケンジロウのこと知ってるの?」


「ボクはミカちゃんのことは何でも知ってるよ。初めての彼氏がケンジロウくんっていうことも、ミカちゃんの初めてのキスも」


「キャー! やっぱり変態!」


「それは誤解だよ。ボクはミカちゃんを赤ちゃんの頃から見てきただけなんだから」


「この変態天使! 近寄らないで!」


「そんなこと言わないでよ。これじゃあ全然話が進まなくなっちゃうよ」


「……話って何? そもそも、どうして急に天使が私のところに来たの?」


「そう! そのことなんだけど、ボクはミカちゃんのお父さんと約束をしたことがあって、その約束を守りに来たんだよ」


「お父さんとの約束?」


「『生まれてくる子どもが健康で長生きできますように』っていう約束。だから、ミカちゃんが健康で長生きできるっていう約束を守りに来たんだよ」


「あっ! その話はお父さんから聞いたことあるよ」


「それなら、話は早いね」


「……でも、それはこれから私に何か良くないことが起こるっていうことなの?」


「うーん、あんまり未来のことを話すのは良くないんだけど」


「いいから私に教えなさいよ!」


「ミカちゃんはこれから人生に絶望することが起こって、もう生きていることが嫌になるんだよね」


「え? どういうこと?」


「簡単に言えば、ミカちゃんは死を選ぼうとするんだよね」


「そんな冗談を言っても私には通じないよ。私が簡単に死ぬわけないじゃん。だって、まだまだ生きていたいんだもん」


「人生は何が起こるかわからないからね」


「私のこれからの人生、ケンジロウと結婚して子どもを産んだり、たくさんやりたいことがあるのに……?」


「残念だけど……」


「嘘でしょ? 嘘だと言ってよ……」


「でも、ミカちゃんの本当の寿命はまだまだ先だから、お父さんとの約束を守る為にボクはここに来たんだよ」


「ということは、私は死を選ばなくても良いの?」


「もちろんだよ。ミカちゃんを死なせるわけにはいかないんだよね」


「……ありがとう。そうやって優しく言ってくれる人が居てくれるだけで嬉しい」


「まぁボクは人じゃなくて天使だけどね」


「あははっ。たしかにそうだけど、そんなことはどうだっていいじゃん」


「1つ言っておくんだけど、ボクはミカちゃんの傍に居ることしか出来ないよ。これから起こる物理的な事からミカちゃんを守ることは出来ないからね」


「……ねぇ、私が人生に絶望することって何なの?」


「うーん、あんまり未来のことを話すのは良くないんだけど」


「いいから私に教えなさいよ!」


「もう少ししたら電話が掛かってくるよ」


「え? 電話?」


 トュルルル……。


「本当に電話が掛かってきたんですけど!」


「ショックを受けないでね」


「もしもし……。はい、私ですけど、えっ!」



 天使が現れてドタバタしているところに、今度は死神が訪れたのでした。

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