第1話 アジャラカモクレン

「ねぇお母さん。私の『ミカ』っていう名前はどうやって決めたの?」


「突然何を言い出すの。それは小さい時から何度も説明したでしょ? 早く小学校の宿題を終わらせなさい」


「いやだから、その宿題が自分の名前の由来を聞いてくることなの」


「あら、そうなの。でも何度も説明したから覚えてるでしょ?」


「何度も聞いたけど、あれは本当なの?」


「本当よ」


「『天使に名付けてもらった』って言われても信じられるわけないよ」


「そんなことを言ったって、本当なんだからしょうがないでしょ」


「宿題を教室のみんなの前で発表するんだよ。私だけ『天使に名付けてもらった』って言えるわけないよ!」


「あら、どうして?」


「みんなに笑われるもん。そんなの絶対に嫌だよ!」


「たしかに世間から見たら『天使に名付けてもらった』ことは普通のことじゃないと思う。だって、天使なんだから。まぁ、最初は驚かれるでしょうね。でも、そんなの最初だけじゃない? それに、どれだけみんなから笑われたって別にいいじゃない? だって、ミカはミカなんだから」


「お母さんメンタル強すぎっ! 私はそんなに強くないよ。年頃の女の子なんだよ」


「じゃあ、こういう考え方はどう? ミカは悪魔に名付け親になってもらったんでもなくて、死神に名付け親になってもらったんでもなくて、天使に名付け親になってもらったんだよ。とってもラッキーじゃん」


「ダメだこりゃ。もうお父さんに聞いてくる。ねぇねぇ、お父さーん!」


「ミカ、どうした?」


「私の『ミカ』っていう名前は、どうやって決めたの?」


「ショートバージョンで聞きたい? ロングバージョンで聞きたい?」


「えっ?」


「短くまとめたショートバージョンか、より詳しい説明があるロングバージョンか」


「ショ、ショートバージョンで聞きたい」


「お父さんが偶然、天使と出会って、天使に名付けてもらったんだ。終わり」


「話が短っ! お父さんごめん。やっぱり、ロングバージョンでお願いします」


「しょうがないなぁ。お母さんが妊娠して、出産予定日にお父さんは病院に向かっていたんだ」


「うんうん。その出産って私が生まれる時だよね」


「そう、ミカが生まれる時。まだ『ミカ』って名前は決まっていなかったけど。それで病院に向かっている時に、まず悪魔と出会ったんだ」


「え? 悪魔ってどういうこと?」


「お父さんも驚いたさ。いきなり悪魔がお父さんに話し掛けてきたんだから」


「天使じゃなくて?」


「まぁまぁ話は最後まで聞きなさい。だってロングバージョンなんだから」


「うん。わかった。続きをお願いします」


「悪魔がこう言ったんだ。『生まれてくる子どもの名付け親になってやる』って」


「それで、お父さんは何て言ったの?」


「もちろん断ったさ。『生まれてくる子どもには人の道を外れてほしくない。だから、悪魔に名付け親になってもらうことはない!』って」


「お父さんカッコイイ!」


「だろ? その後に死神と出会って、またお父さんに話し掛けてきたんだ」


「今度は死神? 死神は何て言ってきたの?」


「死神もこう言ったんだ。『生まれてくる子どもの名付け親になってやる』って」


「それで、お父さんは何て言ったの?」


「もちろん断ったさ。『死神は死の世界へ連れて行く。生まれてくる子どもに近付けさせるわけにはいかない。だから、死神に名付け親になってもらうことはない!』って」


「お父さんカッコイイ!」


「だろ?」


「でもお父さんは悪魔と死神と出会って怖くなかったの? もし私だったら泣いちゃうと思う」


「もちろん怖かったさ。内心は超ビビってた。足なんてガクガク震えてた」


「え? そうだったの?」


「でも、お父さんはお母さんと生まれてくる子どものミカを守りたいと思ったから。怖かったけど、ダメなものはダメと勇気を持って断ったさ」


「お父さんカッコイイ!」


「だろ? その後に、天使と出会ったんだ」


「やっと天使が出てきた!」


「天使もこう言ったんだ。『生まれてくる子どもの名付け親になりたいです』って」


「それで、お父さんは何て言ったの?」


「『わかった。良いよ』って」


「すぐにOKしたんだね」


「だって、とっても天使の羽がモフモフしていてカワイイから」


「え? そんな理由でOKしたの?」


「まぁ直感だ。この天使に名付け親になってもらったら、生まれてくる子どももカワイイに決まってると思ったから」


「なんというか、お父さんらしい理由だよね」


「でも、すぐにOKは出さなかったっていうか条件をつけたんだ」


「え? 条件ってどういうこと?」


「天使に言ったんだ。『子どもの名付け親になっても良いけど、何か良い事あるの? 特典付くの?』って」


「セコい考え方! お父さんそういうところしっかりしてるからね」


「そうしたら天使が『願い事を1つ叶えます』って言ったんだ」


「すごーい! さすが天使なんだね。そんなこと出来るんだ? それでお父さんはどんな願い事にしたの?」


「『生まれてくる子どもが健康で長生きできますように』って言ったんだ」


「私の為に願い事を使ってくれたの? お父さんありがとう!」


「親が自分の子どもの健康や幸せを願うことは当たり前だ」


「この話を聞いて、私は初めて、天使に名付けてもらって良かったと思えたよ。お父さん大好き」


「あと、天使が魔法を教えてくれたんだ」


「魔法? もうどんな内容でも驚かないよ。お父さん続きを教えて」


「『どんな重病人でも足元に死神が居れば魔法の呪文を唱えれば助かる。でも、たとえ全く死の気配が感じられなくても枕元に死神が居れば魔法の呪文を唱えても助からない』って魔法の呪文と共に教えてくれたんだ」


「魔法の呪文ってどういう言葉なの?」


「アジャラカモクレン、シンガタコロナニマケナイゾ、テケレッツノパー!」


「えっ? 今、途中は何て言ったの?」


「もう一回言うぞ。アジャラカモクレン、イキテイレバナントカナルヨ、テケレッツノパー!」


「さっきと途中の言葉が変わってるじゃん!」


「あぁ、途中の言葉は特に関係なくて何でも良いって天使が言ってたから」


「なんじゃそりゃ!」


「アジャラカモクレン、カドカワムサシノブンガクショウノサイシュウコウホニノコッテウレシイゾ、テケレッツノパー!」


「もう途中の言葉の方が長くなってるから!」


「アジャラカモクレン、ハナゲガデテタケドマスクヲシテイテバレナカッタゾ、テケレッツノパー! アジャラカモクレン……」


「もうアジャラカモクレンって言いたいだけになってるじゃん!」



 そんなこんなの楽しい日々を過ごしながら数年が経ちました。そして、ミカが18歳の誕生日を迎えた時、ミカの元に天使が訪れたのでした。

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