住宅展示場で手品をしたときの話(2)

 すみません。


 この前書いた『住宅展示場で手品したときの話(1)』なんですが、あれは全部嘘でした。てへペロ。ってゆーか、⑴で書いたことは、《明日はどうせこんなことになるだろーな》って、想像で書きました。


 何と言っても手品師は嘘をつくのが仕事ですからね!


 では、本当のことを書きますね。実際の4月29日のお仕事内容は、想像していたのと全然違いました。わたしはてっきり、現地のマンション広場でのイベントだと思っていたのですが、実際の仕事場は、付近にあるモデルルームの事務所内でした。


 どういった仕事かと言いますと、モデルルーム見学に来たお客様、あるいはマンションローンのご相談に来られたお客様に近寄って「お時間あればマジックご覧になりませんか?」と、マジックを見せる仕事です。

 ちなみに、このイベント、マジックだけではありません。外のガレージでは、似顔絵コーナーや、塗り絵コーナーや、焼きそばの屋台などで様々な催し物をやって人を呼び込んでいます。


 そして、今日のわたしの服装は、昨日デタラメに想像して書いたものと同じです。ヨレヨレでした。外だからヨレヨレでいいやと思っていたのですが、小綺麗なモデルルームだと、場違い感が凄いです。今のわたしは駅前で空き缶を出して、恵まれないわたしにお金くださいとお願いする職業の人みたいです。


 でも、仕方ありません。わたしはボロボロになったシルクハットをかぶって、フローティングテーブル(浮かぶテーブル)をセットし、自動ドアを開けて、モデルルームに入ります。


「よよよ、よろしくお願いします」


 どもりながら挨拶してしまい、カーッと顔が熱くなりました。受付の綺麗なおねーさんが怪訝そうな顔をしている気がしました。《やっぱりわたしはここにいるべきでない人間だ!》と、思いました。わたしは、受付のお姉さんから目を反らせました。ドギマギしながら室内をうろつきました。いったいわたしはどこで手品やればいいのでしょうか? こんなホームレスみたいな格好をしているわたしに居場所なんてあるのでしょうか? ってゆーか、どこにいても商談スペースに近すぎるのです。商談してる近くで、こんな小汚い格好のマジシャンがいたら気が散って商談どころじゃなくなるに違いありません。もう消えてしまいたいと思いました。目立たないところに行きたい。そう思って、奥の小部屋に逃げ込みました。ミニチュアのマンションモデルが飾ってありました。


 リアルなミニチュアマンションでした。このマンションは7階建。二棟あり、合計で200室くらいあるのです。ミニチュアマンションの窓から明かりが漏れています。周りの丘には既存林なるものが鬱蒼と茂っており、公共広場には親子の戯れるフィギュアが置いてあります。平和な日常の風景。


 ああ、この平和な世界を破壊したい。


「いらっしゃいませ」


 と、受付のお姉さんの声がしました。ああやばい。お客様が入ってきました。こんなところに隠れていたらサボっていると思われてしまう。わたしは、慌ててその部屋を出て、テーブルをプカプカ浮かせながら、仕事をしてますアピールをしました。どこに目をやっていいのかわからず、目を泳がせていると、その目線の先の白い壁に、売り出し中のマンションの号室名がずらりと並んでおり、分譲済みのマンションの号室名の上に、赤いバラが乗っかっていました。バラの貼ってないところには次期供給と記載されて寂しそうにしていました。見たところ、半分ほどが赤いバラで埋まっていました。この半分のところを売るために、こうしてイベントまでやっているわけです。ですから、わたしはマジシャンとして役割を果たさなければなりません。


 今入ったお客さんがテーブルについたのをチラ見します。男女の若いご夫婦といった感じでした。受付のお姉さんが、おしぼりと飲み物を取りにいきました。そのスキを狙って「こんにちはー」などと明るいノリで近寄りながら声をかけました。「今日はイベントで、マジックサービスをしております。一分ほどお時間をいただいて、マジックやらせていただいていいですか?」わたしは強引に微笑みを浮かべました。するとお客さんが、「見たい見たい」と言ってくれたので、少しだけ世界が明るくなったように感じました。ワタワタしながら、カバンのなかから手品道具を取り出します。小さなガマグチです。中にはハーフダラーが4枚入っているのです。「これは1980年代後半にミスターマリックがやったマジックでございまして」などとデタラメを言って、コインの瞬間移動的なマジックを見せました。お客様が「キャー気持ち悪い!」と言って驚いています。やった! 驚いてくれた。これでマンションスタッフの人は、わたしの仕事を評価してくれるに違いない。わたしはマジシャンとして役に立っているはず!


 わたしは手品をやっているあいだ、自分の評価ばかり気にしていました。お客さんが楽しんでくれることよりも、自分がどのように評価されているかということだけが気になっていたのです。だから、マジックをやってても、全然面白くありませんでした。


「すごっ!すごーい!」


 と、女性のお客様が喜んでくれます。目がキラキラしています。お客様は純粋に喜んでくれているのに、わたしは自分の評価ばかり気にしていました。なんで不純なのだろうと思いました。胴体をペンチで真っ二つにされたような気持ちになりました。居た堪れなくなりました。一通り手品をやり終えて、「見てくれてありがとうございました」と言いました。なんか、申し訳ない気分になるのです。作り笑顔をすると、頬が痛くなるのです。今、わたしは頬が痛いので、きっと手品をやっているあいだ、ずっとその微笑みは引きつっていたはずです。一刻も早く、逃げ出したい。わたしはお客様のテーブルから離れました。


 そして、入り口付近の、少し空間のあるスペースでテキトーにマジックをやることにしました。ここだったら、商談コーナーから離れているし、すこしは気分も楽だ。しかしそこは受付のお姉さんから見える位置でした。わたしは受付のお姉さんからどのように見られているのだろう。こいつ何しに来てんだろう。と、思われてるんだろうな。こんなところでやるなよ。邪魔だ。と、思われてるんだろうな。うう。苦しい。わたしは内臓を床にボトボト落っことしながら、白い鉢植えの植栽の横で、フローティングテーブルを浮かし続けました。自動ドアの外では往来の人がこちらを見ているので、恥ずかしくなって目を反らせました。目線をどこにやっていいのか分からず、目を泳がせながら、延々とテーブルを浮かせていました。


 その日、ご来店いただいたお客様は6件くらいで、一応、仕事としては、席についたお客様に対して、マジックを見せました。お客様は驚いてくれました。みんな純粋に笑ってくれました。すごいすごいと言ってくれました。楽しかったと言ってくれました。そして、わたしは嬉しいのに、悲しくなりました。


 わたしは手品をしている自分に対する、依頼人の評価が気になってしまい、お客様の純粋な喜びを全く享受できませんでした。また、次も呼んでくれるだろうか? こんだけ喜んでくれてるんだから、また呼んでくれるよな? 自分のことばかり考えていました。そんな不純な気持ちで手品をやっている自分に気づいて、全身が輪切りになってしまうような絶望を感じていました。


 どっと疲れました。やっと、午後四時です。「今日はありがとうございました」と、受付のおねーさんにお礼を言って、目も合わせずに、外に出ました。外では似顔絵師の女性が、お客様の似顔絵を淡々と書いています。この人はプロだ。なぜなら、書いている自分というものを一切気にせず、淡々と仕事をこなしているからです。わたしはこの人のように自意識を捨てて仕事ができない。


 その後、モデルルームの外に設置されていた子供たちのお遊びスペースを、派遣のバイトの人たちと一緒に片付けました。テーブルをたたんで椅子をたたんで、裏にある倉庫にしまわなければならないのです。本当はさっさと帰りたいのですが、やはりまた呼んでもらうためには、そういう雑用もしなければいけない。こいつはいいヤツだと思わせれば、また呼んでくれるかもしれない。だから、わたしは後片付けを手伝いました。


 依頼人の広告会社のKさんが、「お疲れ様」と、ねぎらいの言葉をかけてくれます。「アリスちゃん、今日はありがとう。お客様が喜んでくれてたよ。ギャラリーの人にも評判良かったし。明日もよろしく」と、言ってくれました。


「ありがとうございます。わたしもこういうところでマジックできて本当に楽しいです。明日もよろしくお願いします」


 わたしは、Kさんに社交辞令的に返事を返しました。


 帰ろうとして道に出ると、外にいる交通誘導員の警備さんに、「感心しました。すごかったです。外からずっと見てました」と言われました。「ありがとうございます。嬉しいです」と、わたしは精一杯の微笑みを作って言いました。頬が痛いです。心も痛いです。


《わたしはすごくなんかない!》


 と、心のなかで叫びました。

 帰る途中、駅と反対方向に歩いていることにを気づきました。が、さっき褒めてくれた警備のおじさんに、道を間違えたことを知られるのが恥ずかしくて、元の道を戻らず、別の道から遠回りしながら駅に向かいました。


 また、明日も、ここで手品をしなければならないと考えると、内臓が潰れてしまいそうでした。

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