住宅展示場で手品をしたときの話(1)
某年4月29日
アンハッピーな気持ちです。
かつてあんなに憧れていた手品のお仕事を、こうして当たり前のようにさせてもらえるというのに、胃が痛くてたまりません。
なぜなんでしょうか?
世間はゴールデンウィークです。
広告代理店のKさんには本当に感謝しています。わたしのような鳴かず飛ばずのマジシャンに仕事を振ってくれて、めちゃくちゃ嬉しいのです。その気持ちに嘘偽りはありません。
でも、こうして仕事で手品をしなければならないと考えると胃がキリキリするのです。
うああ。こんな仕事、引き受けなければよかった。
なんてね。
そんな感じで、50メートル走を走る直前の、胃を吐き出してしまうような気分になりながら、追浜駅に到着しました。電車で二時間十五分です。マンションの広場。子供の群れ。「あ、また来てるし」「それ、まえ見た」「そのタネ知ってる」とか、小学生に言われながら手品をするに違いないのです。
今日の天気は晴れです。
今回のお仕事は売り出し中のマンションの広場で、マンションの住人の方や、これからご契約される方にマジックを披露して、場を盛り上げることでした。
いつもは女装して手品をします。
でも、今日は女装して手品をしません。
もう、女装したくないのです。
頼まれない限り、女装しないことにしました。爪だけ綺麗にしておきます。化粧液を頬にびちゃびちゃに塗ったくってファンデ塗って口紅だけします。
フツーに、マジシャンっぽい服装です。しおれた燕尾服、ebayで落札したオンボロのシルクハットを着用しました。
さて、お仕事は十一時から開始です。
今日やったネタは以下の通りです。
チャイナリング(リングをガチャコンやって繋げたりはずりたするヤツ)。フローティングテーブル(テーブルが浮く手品)。このテーブル、15万くらいしたんですが、演技中に風で倒れて足が折れました。ふざけやがって。だからこんな仕事引き受けなきゃよかったんだ。でも大丈夫。接着剤があるので治します。気を取り直してコイン。そしてカード。って、あ。ギミックカード忘れた。いいや、カードマジック嫌いだし。プロ失格? うるせえ。カードよりもチョップカップがウケがいいんだから素人は黙っててください。ガキンチョが多いからマイザーズドリームをやって、あと大人向けにコイン曲げと、フォーク曲げ。って、いかん。一時間もやったら、もう疲れてしまいました。休憩。その後はビルスルーコイン(千円札に貫通する五十円玉)。トゥーピックスルーコイン(爪楊枝を百円玉に突き刺すヤツ)。「それいくらすんのー。買えばできるんだろー」と言われてムカっときて、仕掛けのない五百円玉でマッスルパス(手の平の筋肉でコインを宙に飛ばす技法)して、どうだ、すごいだろえっへん。みんなにすごいと言われたい。だって、すごいと言われたいから手品をはじめたんだもの!
そんな感じで、あっという間に午後四時です。手品師のわたしも会場の後片付けをします。テントをたたみます。椅子とかテーブルとか、落書きが泳ぎだすプロジェクターとか、ダンボールにしまいます。《なんでわたしがこんなことを手伝わなきゃならないんだ!》と思いながら、しかし、そんなことを言ってしまったら次にお仕事をもらえないかもしれないと思って「喜んでお手伝いします!」といった風な感じでニコニコしながら後片付けのお手伝いをしました。ああ、さっさと帰って眠りたい。
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