第9話 文字の森

 こんなにうなされた。


 ぼくは文字の森に迷い込んでいました。

 どこを見ても文字の木ばかり、様々な文字の花が無数に咲くばかり、そんな森にいました。

 一つひとつの文字は、ひらがなであったり、カタカナであったり、漢字であったり、所々に外国の文字も見えます。


 なんとかしてこの森から出ようとするのですが、どっちに進んでいいのか皆目、見当がつかない。森は文字で満たされているのだから、それを読めば正しく進めるはずなのですが、文字が多すぎて、方向を示す役目どころか、混乱するばかり。理解が成立しないのです。どの文字を選択して繋げば当たりなのか、逃げ道が開かれるのか、分かりませんでした。


「どうしよう、こんなオカシナところで迷っちゃったぞ」


 文字だけいくらあっても、私にとつては無駄なのです。それを繋がなければならない。しかし自然は繋いではくれない。

 文字は無限にあり、それをどうやって繋ぐか思案に暮れるばかりです。


「青、赤、緑とある。あれは色だな。でもあちらにまた色という漢字が咲いているぞ」

 地面には「情、哀、憐、憎」などの苔が生えていますし、私の頭をかすめる低い木には「同、共、正、異、排」の花が咲いています。他に「さ、い、べ、つ」などのひらがなの花、「ル、ル、ル」などの同じカタカナが咲いて、並んでいたりもします。


「まったく分からないね」

 こんな文字だらけの森で、思案して止まっていても仕方がないので、森の中を進んで行きました。


 どのくらい歩いたのでしょう。小さな泉がありました。

 ボコボコと音を立てていました。

「まるで沸騰したお湯みたいだね」

 しかし温かさも何も感じません。


 泉のボコボコをじっと眺めていると、うっすらと何かが見えるようで見えない。出てくるようで隠れる。

「なんだろう」

 ふと文字が映りすぐに消えていきます。その文字がなんなのかは分かりません。ただ文字が沸いているようでした。それが繰り返されていました。

 それはあたかも絵画、舞踏を観たときの印象と似ていました。


 突然、その泉から一つの文字が飛び出し、空に飛んでいきました。

「この泉でボコボコと沸騰しているのは、水でもなく、個々の漢字やカタカナでもなく、「文字」そのものの原液に違いないぞ」

 私はそう思い、さらに泉に近づきました。


 するとスッポリと泉に飲み込まれ、深い「文字」の原液に沈んで、溺れてしまいました。


 こんな夢にうなされた。



(つづく)

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