第8話 夜蝉

 こんなにうなされた。


 二百億年ほど前の話である。


 コッチャは寝て起きて、かつ食べた。走ることにおいて、コッチャは良く、そして歩くことにおいて綺麗であった。

 他人の心も知らず、走り出しては転び、捉まるものすべてに、ぶら下がって遊んだ。

 夕になれば日が沈み、コッチャは大きく眠った。


 そんな暮らしのコッチャが、踏み込む、とうとう踏み込む。

 鬼恐れ、天使逃げ出す。

 そこにコッチャ一人きり。悔しい悲しいこと、燃えるほど溶けるほど。

 川に近づく。


 水面を眺め

 何も無いのに

 分かっているから

 笑えもしない


 暴れるコッチャ

 もがく水の中

 波立つ、波湧く

 一つ二つ、連続で沢山

 一発目、陸に着くとき

 静かに、静かに

 歴史はじまる


 蝉になったコッチャ。


 蝉せみは鳴かない

 雲は流れない

 いくつもの静止が

 積み重なって

 見せかけの夏


真夜中

 静止しきった街中を

 冷えた午前二時が

 歩き回っている

 あれはコッチャか


そこに

 なんの涙の遠吠えなのか

 窓から漏れ入る夜の響き

 街灯に群がる夜の群れと残響


夜蝉

 鳴き声は

 夕に絶えたと

 伝える


仕方ない

 それぞれのひとつひとつと

 おのおのの消灯と

 ぼくは人間にくるまって眠る

 ひとり眠る


そんな夢にうなされた。



(つづく)

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