第5話 黒い光

 こんなにうなされた。


 私が布団で寝ていると、体が沈んでゆくのだった。

 そこはどうも海のようだった。とにかく水の中にどんどんと沈んでゆくのだ。水面に透けている陽の光がどんどん薄くなる、と同時に当然、暗くなる。


 得体の知れない馬鹿みたいな顔をした魚が近づき、私を突いた。

「お前は、だれだ。これからどこへ行く」

「分からないね。沈んでいくようだね」



 そんなお尋ねとお答えを繰り返し、どんどんとスピードを上げ、沈んでゆき、暗くなってゆき、真っ暗になり、もう何も見えなくなってしまった。


 と思ったら、小さな光がポツポツと浮かび、水の中を自由自在に舞い始めたのだ。

「何だろう、あれは。光ってるぞ」

 光は数をどんどん増してゆく。数え切れないほど無数の小さな光だ。赤いのもあれば青いのもある。黄色、真っ白、緑に黒。

「あっ、黒は光じゃないな。たぶん」


 しかしこの真っ暗闇の中で一番、光り輝いているのは確かに黒だ。

 あれは黒だ。


 私はもの凄いスピードで、底なしに沈みながらそう思った。赤や青や真っ白と同じように、水中の暗闇で黒は輝いていた。


「ほらね、堕ちれば堕ちるほど、光も闇もないんだよ。輝くんだ」

 さっきの得体の知れない魚じゃないか。また話しかけてきやがった。美しい色とりどりの絵画を眺めるような気分に水を差す。

「なるほどね。でも邪魔すんな。ばか! 水を差すな」

「もう水の中だよ」

「それでも、ダメだ。邪魔すんな」

「ところで、お前、どこに行く」

「知らないね」


 私は光と闇の真ん中に吸い込まれて落ちていった。


 そんな夢にうなされた。



(つづく)


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