第28話 妄想と現実
「正吾君、あのね、この間、エオンにいました?」
「……いたね」
「……いなかったって、言ってください」
夏休みも終わり学校が始まる。授業も部活も終わり帰ろうとしたところ綾香ちゃんに呼び止められた。見られていたのか。まぁ田舎だからね。行き先には限りがあるのだ。一応はスーミの家から近く逆に言えば俺や綾香ちゃん家からは少し遠い場所を選んでいたけどこれも田舎だからね。家族でショッピングする場合には車移動になるから多少の距離の違いなんて関係ない。別に俺としても絶対にバレないと思っていた訳でもないのだ。
「いや、いたよ。それに、一緒にいた子との関係は、咲子ちゃんの時のように受動的じゃない」
「意味が分かりません」
「俺から誘ったってこと」
「……理由を聞いても良いですか?」
「……ケジメをつけたかったんだ。綾香ちゃんと咲子ちゃんには本当に感謝してる。そんな君達が、俺を選んでくれている。俺はそれに答えたい。最終的に、どちらかを切り捨てる事になるとしても。……でもその前に、未練を断ちたかったんだ」
「未練、ですか?前に話していた、やり直し前の人生の話ですか?」
「そう。綾香ちゃんが見た女の子は、やり直し前の、俺の妻だよ」
「……ケジメは、つきましたか?」
「いや。全然つかなかった。不眠症は軽くなったけど」
「……そうですね。最近、顔色良いなって思ってました。馬鹿みたいです。自惚れていました。私の存在も、それに一役買ってるんだって。そう思ってました」
「その認識も間違ってはいないよ。それに、元妻が何かしてくれた訳でもない。ただ、元妻と実際に会ってみてさ、もしかしたら、きいちゃんがまた生まれるかもって思ったんだ」
「そんな事、あり得るんですか?私、頭良くないですけど、それでも、それが奇跡みたいな確率だって事は分かります」
…………。
「それに、きいちゃんってその、原因不明の病気で亡くなられたんですよね?仮に、きいちゃんと全く同じ遺伝子の子供が生まれたとして、その子はまた、病気で死んでしまうのではないですか?」
……。
……。
……。
…………。
「そうなった時、その後、正吾君はどうするんですか?」
……その、後?
「私は嫌です!私と結ばれない事よりも、貴方が死んでしまうかも知れないことが……」
死ぬ?……どうだろう。俺は。死ぬかな。そうかもしれない。その通りだ。
俺は。馬鹿な事を考えているんだろうか。きいちゃんを、幸せにするんだ。おかしいだろうか。何か問題は?ないだろう。ない筈だ。本当に?見落としはないか?
……ある。綾香ちゃんの言う通りだ。きいちゃんは病気で死ぬ。苦しかった筈だ。そうだ。また、死の苦しみを……。それは本当にきいちゃんの幸せのためなのか?ただ、自分の後悔を解決したいだけ。俺がもう一度会いたいだけ。そして自分の気が済んだら俺は死ぬ。ああ。なんて自分勝手なんだろう。そもそもきいちゃんが生まれてくる可能性はほぼゼロだ。生まれてこなかったら?絶望して、後悔して死ぬのか?スーミに当たるのだろうか。そうなるかもしれない。はは。救えないな。救えない。
……。
……。
……分かってたさ。本当は。現実逃避しているだけだって。それでも夢を見ていたかったんだ。誰かが、こうやって現実を突き付けてくるまでの間くらいは。
「……ごめんなさい。言い過ぎました。私の事、嫌いになりましたよね。……正吾君?」
「……いや。綾香ちゃんの言うとおりだ。危うく、俺は最低の人間になるところだった。そうだ。可能性はゼロだ。そもそも検討する必要すらない。きいちゃんはもう……」
……先が続かない。決定的な言葉を紡ぐことを脳が拒否している。……ケジメをつけるんだ。今言ってしまうべきだ。それでまた眠れなくなるとしても。
「……」
言葉は出ない。代わりに涙が溢れてくる。思わず俺は下を向く。
「無理しなくて良いです!前も言いましたが、正吾君は私が幸せにするので大丈夫です!大船に乗ったつもりでいてください!今日の所はもう帰りましょう!」
「……ああ。そうだね。帰ろうか。……元妻の事、黙っててごめん」
俺は下を向いたままそう答える。
「今度埋め合わせしてくれれば良いですから!そうだ!体調もよろしくなったようですし?休みにデートに行きましょう!」
「……ああ。どこが良いかな。週末までに考えておくから」
「あと、一応釘を刺しておきますけど、もう元奥さんに会ったりしたら駄目ですよ!……正直、自分でも何してしまうか分かりませんから!正吾君をエオンで見かけてから今の今まで、どうにかなりそうでした!」
……ええ?
「スーミさん、ですか?実はもう住所や家庭環境なんかも調べが付いてます!正吾君、優しいですからね!やり直し前の人生であの人と結婚したのって、優しさにつけこまれたんじゃないですかね!多分、正吾君に言ってないこと一杯あると思います!結婚相手としてはとてもおすすめできません!咲子ちゃん先輩なら分かりますが、あの人は良くないと思います!」
「……」
いやまぁ冷静になれば実際その通りだとは思うよ?それはそれとしてさ。え?ちょっと行動力ありすぎないか?っていうかよく考えたらきいちゃんの病気の事って咲子ちゃんには言ったけど綾香ちゃんには言ってないよな?裏で会ってたりするのか?
……前向きに捉えれば、これも愛ゆえなのだろうか?
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