第29話 泣く
悪い。彼女に君と会っていることがバレた。もう会えない。
そう……。残念だけどしょうがないね。別れたらまた連絡してよね!
「もう、する事もないだろうな……」
「ですね!そもそも、私と正吾君が別れるなんてあり得ないです!」
久し振りの綾香ちゃんとの週末デート。場所はいつも通り大型ショッピングモール。会って早々にスーミとの交遊を断つように迫られた。俺としてもこれ以上スーミと会うべきではないと思っていたので特に抵抗もしなかった。手短にメールしてからスーミの連絡先をアドレス帳から消す。
「アドレス帳だけじゃダメですよ!履歴も消さないと!」
「心配しなくても、俺から連絡することはないよ」
言いながらも彼女の言うとおり履歴を消していく。
「着信拒否もしないと!あ!もう消してしまいました!でも、よく考えたら着拒登録すると連絡先の情報が残っちゃいますね!困りました!」
「……もしかして俺、信用ない?」
「はい!ここ最近で連続して二人ですから!それに、正吾君は女の子を取っ替え引っ替えすることで有名です!」
うーむ。確かにその通りではある。でも浮気する気はなかったんだけどね。
「……元奥さんの事、後悔してますか?」
「いや……。元々さ、別に愛していた訳でもないんだよ。でも、きいちゃんがいなくなった後で思ったんだ。もしも俺がスーミを愛せていたら、もう少しだけマシな結末だったのかもしれないって」
……どちらにせよきいちゃんはいなくなるのだから俺は死んでいた可能性が高いが。
「正吾君、ペットロスになった人が立ち直るのに最も手っ取り早い方法が何か知っていますか?」
「……綾香ちゃん、それは不謹慎だ」
「すみません……」
知っているとも。答えは新しいペットを飼う、だ。話は理解出来るし実際同じ事なのだろう。ただ認めたくないだけだ。しかしやり直しの人生において結婚という選択をするのであればいつかは当たる壁ではある。結婚するなら、だが……。
「それに、俺達はまだ子供を作れる年齢じゃない」
「生物学的には可能だと思います!」
「現実的に考えて働き始めてからじゃないと……」
「それはいつ頃ですか?」
「うーん。最低でも大学は出るから、最短で23歳。9年後だね」
「遅すぎます!とてもではないですが待てません!」
「家族を安定的に養おうと思ったら大卒は必須だ。なんならやり直し前は大学院を出てる」
「私も働くというのはどうでしょう!給料2倍ですよ!そんなに良い会社に入る必要がありますか?」
「……ああ。確かにそれも、悪くないのかもしれない。幼稚園卒業までは専業主婦でいて欲しいけど」
「それだと中々働けませんね!フットサルチームが出来るくらい子供作りますから!」
「フットサルって何人?5人だっけ?」
「いえ!控え選手を入れて7人です!」
「……控えいる?」
……そんなくだらない話をしながらいつも通りデートする。くだらない?そうだ。くだらない。虚しい。意味がない。一人になりたい。実のところ俺は人見知りなのだ。できるだけ人と関わりたくない。もう頑張ってもしょうがないのだし。無理をする必要もなくなった。死ぬ勇気があるわけじゃないが生きる価値も見出だせない。困ったな。あれから不眠症は再発していない。していないが、なんだか疲れた。
夕食も食べて綾香ちゃんと別れる。明日も休みだし家に泊まらないか誘われたが体調が戻りきってないと言って断った。実際にはしゅんちゃんを見たくなかったからだ。
綾香ちゃんを家に送り届けた後で家路に着く。電車やバスを使う方が楽だが俺はその選択をしない。ただ歩いた。夏も終わりとても快適だ。周囲に人気もない。静かだ。今は歩くだけで良い。
……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。ぁ。
「ぅ……。……ぁぁ。ぅぅ…………。…………ン。…………クぅ」
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く……。
誰にも聞こえないように。嗚咽する。
きいちゃんが死んでから今まで、まともに泣いた事がなかった。自分には泣く資格がないと思っていた。半ば茫然としたまま自分も死んでしまったから、整理すらできていなかった。やり直しという奇跡に遭遇してそれなりに時間が経った。完全に思い出したのは最近の事だが、心の中では徐々に事実を受け入れていたのだろう。そして今、ようやく現実を認識した。
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く……。
頭はクリアだ。やり直し前のように不慮の事故で死ねるなんて事はありえない。俺は生きなければならないのだ。……だから、何のために?
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く……。
誰か教えてほしい。助けてくれとは言わない。これから俺は何をするべきなのだろう。今まで通り結婚活動を続けて最適な幸せを掴む?……そんな事に、何の意味がある?
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く……。
誰か。誰か……。俺を助けてくれ。
誰か。誰か……。俺を助けないでくれ。
歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く……。
ああ……。俺はもう……。
「あら、久し振りね。こんな所で会うなんて、運命かしら。……なんだか今日はやけに酷い顔しているわね。彼女にフラれでもしたのかしら」
「……」
咲子ちゃん。俺に構わない方が良い。君の貴重な時間が無駄になる。
しかし言葉は出ない。嗚咽を止める事が出来なかったからだ。
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