第26話 願い叶うなら

「えっと、スーミは漬けマグロと海老とイクラと。他は何食べる?」


「えー!何で何で!?私の食べたいネタ良く分かったね。前田君って心理学的なアレに詳しいの?」


「あー。うん。顔に書いてあった。分かりやすかった」


 ……回転寿司はやり直し前も良く行っていた。タッチパネルでネタを選択するのは俺の役割だったから。寝不足も完全に治ってる訳じゃない。気を付けないと色々ボロが出る。


「すごーい!他にはどんな事が分かるの?」


 わざわざボロを引き出そうとするなや!……どうしたもんか。当たり障りのない事言っておくか。


「えーと、そうだな。スーミは多分一人っ子で、うーん。お母さんが亡くなってる?かな」


「……凄い。当たってる。え。なんで?」


「……いや。雰囲気から感じられることを適当に言ってるだけだよ。スーミはしっかり者に見えるから。で?他はどうする?」


「見えるかなぁ……。あ。タコとコウイカでお願い」


 スーミの分を注文表に書いた後で俺も自分の食べたいネタを書いていく。この頃ってまだタッチパネルもあんまり普及してなかったなぁ。懐かしい。


「良し。あとは塩ラーメンとアイスで良いか」


「え?ここ、ラーメンなんかあるの?」


「……。いや。ないな。うん。回転寿司だし……。メニューにあったら良いなって思っただけ」


「確かに!私もラーメン好きだよ。ちなみに私は味噌派」


 ……。無意識にきいちゃんの分を注文しようとしてた。偏食だったから頼むメニューはいつも同じだった。……駄目だ。スーミといると、スーミの隣にきいちゃんがいるような気がしてしまう。ただの錯覚だ。冷静になれ。でも。

 きいちゃんの目とスーミの目は良く似ていたのだ。否が応でも連想してしまう。抑えなければ。目頭が熱くなってくる。


「なんでさっきから私の隣の方を見てるの?まさか、前田君ってそういうの見える系?ちょ。止めて欲しいんですけど!」


「いやいや。うーん。見えるような見えないような……。恨みがましい視線を感じるような……」


「……前田君って、本当にそういうの分かるの?もしかして、お祓いとかも出来たりする?」


「やろうとしたことはないけど、なんで?」


 何かスーミの反応がガチっぽくて面白いから話しに乗ってみる。


「会って間もない前田君にこんな事言うのもなんだけどさ。まぁ、お互い浮気OKみたいだから相談するんだけど。私、子供を降ろした事があって、それからちょっと体が重いのね」


 ……乗らなければ良かったわ。いや。マジで聞きたくなかったんですけど。っていうかランチ時の話題としてとても不適切だと思うんですけど。……スーミって空気読まない所があったからなぁ。


「いやいや。いくら浮気OKっても、そういうのはちゃんと防がないと駄目だと思う。あと体が重いのはお祓いとかの前に食生活を見直した方が良いと思う」


「……反省はしてるの。お互い経験も知識もなくてさ。馬鹿だったとは思ってるんだけど」


「ちなみにその時の相手とは?」


「もちろん別れてるよ。やっぱり気まずいし」


「なるほど……。仮に生んでたとしてさ。子育てとか出来たと思う?」


「どうかなぁ。やってみないと分からないけど、多分無理だったと思う。私、母親いなかったから。仲の良い親戚もいないし。どういう風に育てれば良いか分からない」


「お父さんは?」


「いやぁ。お金はくれるんだけどそれだけっていうかさ。降ろすって話をした時も反応薄かったし、別に興味も無さそうだったから」


 そう言えば俺が結婚報告に行ったときも反応薄かったわ。あんまり付き合いもなかったし楽で良いわくらいに思ってたけど。


 注文した寿司が流れてくる。俺達はそれを食べ始める。ちなみに俺のオーダーは旬のセットみたいなやつ。旨い。


「ま。そんな暗い話は置いておいてさ。私達、お互い悪くないと思ってるんだから、もっと楽しもうよ。それとも私のこと嫌になっちゃった?」


「……いや。そうでもない。話してくれて良かったと思ってる」


 なんなら前の人生の成人式の後や結婚前に話してくれてたらもっと良かったのだが。知っていればもっとやりようがあったのかもしれない。……いや。そんな話を聞いたら当時の俺は結婚なんて選択肢を取らなかっただろうな。いずれにせよ過ぎたことだ。


「ちょっと、本気で好きになっちゃいそうだから止めて欲しいんだけど。話した事、後悔しちゃうじゃない」


 スーミは笑いながらそんな事を言う。


「いやいや。浮気OKで色々な人と出会えるんだから、本気で好きになれる人を探さないと損だろう?少なくとも、俺はそうしてる」


 嘘だけど。浮気OKじゃないし。むしろ本気で俺の事を好きになってくれる人を探してる。何故ならその方が相手を幸せにできる可能性が高いから。


「ほぇー。前田君、大人だねぇ。今までに遊んだことないタイプで面白いなぁ」


「俺もスーミみたいに開放的な子は初めてだよ。悪くない。この後どうする?カラオケでも行こうか」


「気が合うねぇ。賛成!私も今日は気分が良いから、歌いたいと思ってたんだ」


 俺も妻も歌は好きだった。結婚して子供が出来てからも頻度は減ったもののたまに行っていた。


 お互い寿司を食べ終わる。


「じゃ、先に支払い済ませておくから」


「うん?先に?私もすぐ用意出来るし、それに、自分で出すって言ったじゃない」


 ……ああ。またやってしまった。


「……そうだったな。じゃあ、行こうか」


「変なの。どういうこと?」


「なんというか、もしスーミと結婚して子供が出来たらさ。結構手の掛かる子供なんだ。食べ終わってからお店を出るのに少し時間がいる。だから俺が先に会計を済ませておくんだ。……っていうシミュレーション」


「……プハ。アハハハハハハッ!ウケるんだけど!何それ!気が早いよ!早過ぎる!前田君、面白いなぁ。あ。でもそれ、人によってはキモがられるから気を付けなよ?いやぁでも、久し振りにこんなに笑った」


「……そうだな。気を付けるよ。……スーミ、笑いすぎだ」


「ハハハッ!ごめんごめん。いやぁ、何?前田君には、そういう未来でも見えてるの?」


「当たらずとも遠からず。俺達は前世で夫婦だったんだ」


「止めてって!お腹痛い!フフッ!アハハ!私達、前世ではどうだったの!?」


「仲良くやってたよ。俺に似た可愛い子供がいて。とても幸せだったんだ」


 俺のその台詞で遂にスーミの笑いのツボが臨界点を越えたらしく彼女が落ち着くまで少し時間が掛かった。


 俺もスーミにつられて笑った。我ながらなんて馬鹿馬鹿しい妄想だろう。涙が出てきた。


 ……でもそれが俺の本当の願いなのだ。


 今からなら、間に合うのか?スーミとまた。今度は失敗しない。


 馬鹿な。止めておけ。そんな選択をしてもきいちゃんはいない。意味がない。


 ……優しい天使。もう一度、俺の前に現れてくれ。教えて欲しいのだ。絶対にきいちゃんは生まれて来ないという確信が欲しい。あるいは。


 俺の願いを叶えてくれないだろうか。もう一度チャンスを。このやり直しの人生において、きいちゃんと出会う奇跡を。



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