第25話 元妻とデートしてみる

 今度の土曜遊びませんか。


 良いよ。どこに行くの?


 相手は元妻。井上香住。どうやって知り合ったかって?部活の夏の大会。他校の女子バレー部として参加していた彼女に声を掛けた。初めて会った気がしないって言ってナンパ。そりゃそうだ。

 ……何のことはない。俺がバレー部を選択したのは心の底からきいちゃんを切望していたからだ。妻に会える機会を無意識の内に作っていた。まぁそんな事をしなくても前の人生で通っていた高校に入学すれば確実に会えた訳だが。


 ……妻を愛せなくなったのはいつからだったか。そんな事を言うと愛していたことが一度でもあったのかと誤解を生んでしまう。断言する。一度もない。じゃあ何で結婚したのか。前の人生におけるきっかけは。

 思い返せば同じ高校で同じクラスだったけどその時には何もなかった。あれは20歳の時だったか。成人式の後の同窓会でたまたま席が隣になり意気投合した。流れでセックスしてそのまま付き合い始めた。妻は当時県内で就職を決めていて俺も県内の大学に通っていたけど大学院は他県に行った。24歳の時に就活が終わって最終的には転勤を含むそれなりに大きな企業に就職が決まった。大学院時代にそうだったわけだが遠距離恋愛というのは時間の無駄としか思えなかったし俺は社会人生活を楽しみたかった。彼女と別れたかったのだ。だから言ってみた。俺は転勤族だけど付いてくるなら結婚してやるぞと。


 断られると思っていたのだ。妻は一人っ子だった。母は早くに他界していて父と二人暮らし。父を一人残して他県へ嫁ぐなんて俺基準では考えられなかった。家族仲が良くない事は後で知った。考えてみれば妻が子育てに熱心じゃなかったのも育った家庭環境によるものが大きいのだろう。本来であれば見本となる母の事をほとんど知らない。父とは折りが合わない。愛を知らない。

 俺は俺で誰かに愛してもらった覚えなんかないとか嘯いているけど実際には違う。父はともかくとして母は子供達の事を愛していたと断言出来る。だから俺もきいちゃんの事を愛する事が出来た。残念ながら他人の愛し方は分からず終いだったが。今は?どうだろう。分からない。前よりはマシだと思う。前回の反省を生かした打算的な考えから来ている可能性が高いが。


 ……とにかく。俺は妻と結婚したのだ。ろくに何も考えず。まぁ別に良いかという感じで。そう言えば大学も就職も適当に決めた気がする。俺が真剣に生き始めたのはそれこそきいちゃんが生まれてからだ。父親の自覚とかいう偉い話ではない。子供を前にして適当に生きている自分がダサいと思った。それだけ。


 ……不味いな。こんなことを考えていたらまた眠れなくなる。……しょうがないだろ。俺にとってきいちゃんはそういう存在だったのだ。


 とりあえず元妻に返信する。元妻の家からそう遠くない百貨店の最寄り駅で待ち合わせする事にする。さて。元妻と会って俺はどうしたいんだろうな。心の整理の仕方を考えないと……。




 約束の土曜日はすぐに来る。来週から学校が始まる。田舎だからかまだまだ蝉は五月蝿い。俺は早めに目的地の最寄り駅に着く。暑い。ふぅ。今までになく憂鬱だ。はぁ。マジで会って何するんだっけ。妻を愛せる可能性?そんなもんあり得るかい。……あり得ない事を確認するのが目的だからそれで正解だけど。約束忘れてて来なかったら良いのに。


「あ。前田君。ごめんね、待った?」


「……。うぉ!?スーミか。ごめん。ボーッとしてた。俺もさっき来た所だから」


 前田君?はい。俺です。呼びやすいためか周りの殆どは俺の事を名前呼びするから一瞬気付かなかった。そう言えばそうだった。結婚するまではずっと苗字呼びだったな……。


「スーミって私の事?」


 ……やべ。癖でいつもの渾名で呼んでた。咄嗟だったからね。仕方ないね。


「ああ、ごめん。馴れ馴れしかったね。なんか、つい」


「ううん。違和感なかったし別に良いよ。ちなみにどういう意味?」


「ええと、ゆるキャラ的な?雰囲気だから。悪い意味じゃないよ。人当たりが良さそうなイメージから来てます」


 妻は人当たりが良かった。少なくとも他人の前では。人との距離をどういう風に取れば良いか分からなかったのかもしれない。結婚してからは友人と連絡を取る姿を見たことが無かったし子供が生まれてもママ友を作ろうとしなかった。一人が好きなんだろうと思っていた。……いやそうでもないか。こうして俺と会っているしやり直し前では最終的に不倫してたし。


「さて。まずは腹ごなし。俺、あんまりこっちには来なくてさ。良い所知ってる?高めのところでもOKだよ、奢るから」


「え。悪いよ。自分で出すから。手頃な所にしようよ」


 ちなみに妻は学生時代結構お小遣いを貰ってたみたいだったから奢られる必要がないのだ。俺もそれを知ってるから無理に奢ろうとも思わない。


「うーん。分かった。じゃあ回転寿司でも行こうか。100円のやつ」


「良いね!行こう行こう!」


 例によって個人的には焼き肉が良かったが妻は寿司が好きだったのだ。……良くないな。無意識に合わせてしまっている。好感度上げてもしょうがないんだけど。


 100円寿司への道すがら。妻は喋らない。やり直し前の人生において高校時代に話した事はなかった。同窓会のあの日。あの時は酒が入っていたのが大きかったのかもしれない。


 何を話そうか。別に話すことはないのだ。何故なら俺は妻の事は大概知っているのだから。気になることもない。いや。あるか。


「いきなりアレなんだけどさ。スーミは浮気とかってどう思う?」


「本当にいきなりだね。私たち付き合ってもないのに。ああ、私に彼氏がいるかっていう遠回しな確認?残念でした。います」


 いるんかい。あれ?そうだっけ。俺の記憶では妻が初めて誰かと付き合ったのは高校からだった気が……。


「そっかぁ。いや、実は俺も彼女いるんだ。俺たち、似た者同士だな」


「ええ?じゃあ何で声掛けてきたの?まぁ彼氏がいながら連絡先交換した私も同じか。フフ。確かに似た者同士だね」


 ああ?お前と一緒にすんな!……いや言い出したの俺だし。冷静になれ。


「で、浮気についての答えだけど、さっきので既に答えているようなものだけど、私は別に良いと思うんだよね」


「おお……。真っ向から肯定する子もなかなか珍しい」


「いやだって前田君もカミングアウトしてるし。別に隠さなくても引かないでしょ?うん。なんかこう言うの気楽で良いかも」


「ああ、なるほど。それは言えるかも。それで、浮気肯定の理由はなんだろう」


 いや全く共感出来てませんけどね。俺は咲子ちゃんと話したりここに来ることにも綾香ちゃんに対して若干の罪悪感を覚えてしまう。浮気する気はゼロなんだけど。


「うーん。肯定というかさ。別に否定する理由もないというか。だって、良いなぁって思う人と楽しく喋りたいとか、えっちしたいとかって普通の反応だと思わない?生物としてさ。一人に固執する方が不自然だよ」


 えー。おまっ。そんな感じだったの? 


 え?もしかして俺って妻の事を何も知らなかったの?


 ……知ろうとしなかっただけかもしれないけど。



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